脳破壊
とある日。
学園の校舎屋上でのドリーム・フェスタ開催宣言の後、関係者顔合わせの場にて。
「久しぶり……。女の趣味は変わってないようだね」
「久しぶりだね、スーちゃん」
「詳しく……、説明してくれないかな。今、私は冷静さを欠こうとしている」
えーと……、ルナちゃんよりも前に出会って、世界を飛び回った関係……かな?
スーちゃんことスピードはシンボリ家のレディ。僕がシンボリ家に出入りしていたのは、スピードに招かれた経緯がある。
ルナちゃんと出会ったグラウンドにも居たし、中学生の時にもルナちゃんに挨拶した際は近くに居た。
まぁ、当時スーちゃんは高校生、僕は中学生、ルナちゃんは小学生という歳の差があったりもするね。
「昔は私のことをお姉ちゃんと呼んで懐いていたのに……」
小学三、四年生のスーちゃんと一緒に、集団登校していた時期もあった。ピカピカの一年生だった僕の手を引いてくれたっけ。
その頃からスピードお姉ちゃんとか、スーお姉ちゃんとか言ってたかも?
まぁ、僕が小学五年生くらいの時に、スーちゃん呼びで定着したね。
「その様子……。女の趣味は変わってないようだね」
ロリコンではないって、前にも言ったんだがなぁ。
「あのさ、連絡は取り合っていたんだから、久しぶりでもないよね?」
「それは声だけだろうに。直接的に会うのは久しぶりだろう」
ルナちゃんは鋭い視線で、僕とスーちゃんとの関係の説明を要求してくる。
「……彼、寝相が悪いだろう? ……おっと」
学生相手に意地が悪すぎるぞ、スーちゃんパイセン。
ライオンの如く牙を剥き出しにして、スーちゃんから僕を守るように前に出て、威嚇するルナちゃん。
それを少し離れた場所からシリウスとラモーヌが、くぅ~、コレよ! コレ! こんな修羅場が見たかったんだよ! みたいな頷きと満足げな顔をしている。
シービーはそれを見て苦笑いしているだけだ。助けてくれてもいいんだぞ? とある前例のアスリートさんや?
「ヒソヒソ。元鞘ルート……?」
「ヒソヒソ。仲良くしなルート……?」
「ヒソヒソ。ルナちゃんの脳が……」
サブトレ時代にも偶然出会って、同じチームに所属していた。既知で元々仲良かったし。
「休日には君が回すオープンカーで、レトロなオフを満喫したものだよ」
「遠征先のレンタカーがオープンカーしかなかっただけだよ。スーちゃんが強引に連れ回せってせっつくから、変な日焼けしたし」
ショッピングの荷物持ちもヤらされた上、スーちゃん直々のコーディネートでスーツとかを見繕って、これで先生の隣に立っても見劣りしないじゃないか。なんてスーちゃんがはにかむし。
「夕日の沈む海岸で、肩を寄せ合いながら、将来の展望を語り合う! これね!」
トレンディが好きなマルゼンさんは黙ってて!
「ヒソヒソ。ルナちゃんに勝ち目ない……」
「ヒソヒソ。胸ぐらい? それ以外はちょっと……」
いや、ルナちゃんとスーちゃんでは、年季の差があるから……。一概には比べるのはちょっと……。
「ルナのトレーナーの座を、写真で射止めたんだって? 君は変わってないな、昔は私の写真をよく撮ってくれていたのに……」
「写真?」
「あ、あの写真は、……とあるレンズなトレーナーの、お仲間に頼んで撮ってきて貰ったものだ……」
盗撮まがいのパパラッチがいたのって……。
ちょっと、ルナちゃん。あとでお話しよっか?
「ヒソヒソ。なんか焼けぼっくいに火がつきそう……」
「お互いの夢のために、空港で別れ話をした。指輪も二人分のチケットも買ってあった。みたいな関係ね!?」
別れてないとか、付き合っていたとかの話すらしてないのに、トレンディな展開を口に出すのはやめて下さい。
「ヒソヒソ。ルナトレとシリトレの憧れのお姉ちゃんがスピードだと、昼メロのようなドロドロが見れると思わんかね、クリトレ君」
なっ、この泥沼なカオスに、さらにシリウスのトレーナーとクリスエスのトレーナーを!?
「……wonderful」
クリスエス、自分のトレーナーを止めてー!?
「ヒソヒソ。会長とスピードさんの……」
「ヒソヒソ。スゴい展開です」
ドアか壁の向こうにテイオーとツヨシが耳を当てて盗み聞きしてるな!?
まだ二人にはそういうの早いからね!
「ふ、二人は結局のところ、付き合ってるのか?!」
単刀直入に聞いてきたな、ルナちゃん。
そうだなぁ。友達以上、恋人未満な関係が近いかな?
疎遠になった切っ掛けはスーちゃんの海外挑戦が、思ったより長引いたことだ。
追い掛けても次の場所にいたり、小型の飛行機しか取れなかったりして、乗り継ぎやらパスポートやらの手続きで、また置いていかれたりしたものだ。
いや、電話では捕まえられたんだけど、先生にすら追い付けないのは、同期のサブトレ達とも苦笑いして困ったもんだったな。
困った事と言えば、執務中に後ろから忍び寄ったスーちゃんのあすなろ抱きもある。
「少し痩せたんじゃないか? 感心しないな」
と、笑うスーちゃん。
「鍛えて引き締まっただけだよ」
と、笑って返す僕。
その一部始終を見ていたルナちゃんが、怖い顔して近づき冒頭へと至る。
鉛筆が数本折れていたのは、見なかった事にした。
「彼の担当である君が羨ましいよ。私と彼はそういう縁がなかったからな」
しばらくして、スーちゃんがしんみり言う。僕のメンタルにダメージが! 何故か一番ショックを受けているルナちゃん!
いや、スーちゃんも自傷ダメージを受けている!?
普段から年上の男としての顔しか見せないトレーナーが、スーお姉ちゃんにだけは、年齢の近い男としての顔を覗かせていた。
三、四年の差しか離れていないが、スーお姉ちゃんの現役時代に、私のトレーナーは担当トレーナーになる事が出来なかったのだ。
「ヒソヒソ。従姉の姉と、同族の妹のほうと彼氏の三角関係みたいなヤツ。すごく……すごく好きです」
ナリタさんステイ!
「……そういえば、そのネクタイ、まだつけてくれているんだね」
「あぁ……。大切な贈り物だからな」
トレーナーのネクタイ、オシャレだな。と密かに気に入っていたものが、スーお姉ちゃんからの贈り物だと判明した瞬間だった。
誕生日プレゼントとサブトレーナー就任が被った際の贈り物なので、トレーナーからしてもお気に入りで印象深い。
「しかしまぁ、彼女が言っていた例のトレーナーが、君の事だったとは……。世間は狭いなぁ。いやはや、人が悪いな。教えてくれてもいいものを」
「僕も今日、はじめて知ったんだ」
「……すっかりトレーナー姿が様になっているじゃないか」
「……君と一緒に、先生に鍛えられたおかげだよ」
周りの面々が目を見開く中、気安く会話を続ける二人。
「ま、待ってくれトレーナー君……。スーお姉、スピードさんと知り合いなのか?」
「知り合いというか……君、言ってないのか? シンボリ家の娘を担当してるのに?」
「言ったら見る目が変わるかと思って」
ルナちゃんが割って入るが、スピードは気にした様子もなく、不躾な視線をトレーナーに送る。
「あー、彼と私は、いわゆる幼馴染でね」
歳の差はあるけど、幼馴染ではある。あとから知ったが、保育園時代から徐々に近づいていたみたい。
「こうして会うのは十年ぶりくらい……。それこそ、フランスの空港以来か……」
「……そうなるな……。歳を取ったな、君も私も……」
そう言って、スピードは左目を、トレーナーは右目を閉じた。
謎の寒気に襲われ、震えながらも、ルナはその仕草を見逃さなかった。
昔から、カッコつけるとき、何かの追及をかわしたいとき、トレーナーがよくする癖だった。
トレーナーと実家で再会した時も、こんな仕草をしていたものだ。
それを二人は、ほぼ同時に、鏡合わせのようにやってのけた。腰に手を当てるところまで含めて、鏡合わせとは。
トレーナーの癖にどこか見覚えがあったルナ。
頭の中で、記憶と知識の点と点が繋がった。これはミラーリングというもので、それをする者同士はつまり……。
「トレーナー君。……詳しく……もう少し丁寧に、説明してくれないかな……。私は、冷静さを欠こうとしているようだ」
「ルナちゃん!?」
ルナの頭の中で何かが焼けこげる音がした。
何故トレーナーの手料理に、ルナは親しみと安心感を覚えたのか。
それはトレーナーの料理スキルはスピード仕込み。すなわち、シンボリにルーツを持つ調理技法を、一般家庭レベルで再現出来るまで繰り返し、休日とかの外出に持参する弁当を作らせた経験があるから。




