コボルトの悪戦苦闘
火星に住むコボルトの朝は早い。日の出は遅いが、昔いた住みかでの習性が早朝を告げる。
コボルト達は最初は戸惑った。各パーティー数体のみで、違う住みかからの寄せ集めだったから。だいたい、三十体。いや、妊婦もいるから、少し増えるか。
誰がリーダーになるか、炊事、警備のローテーションはどうするのか。
寝床と住みかの新調としての、テリトリーの選定もある。ナワバリは大事だ。
見たところ岩と石の荒野、だが、草木は無い。水辺、いや、海の匂いはする。
他のモンスターはゴブリンのみのようだ。向こうも三十体ほどいる。気配で分かるくらい近づいているのか、それとも近くにいるだけなのか。
連中の動きに統率感はない、おそらくは向こうも同じ状況なのだろう。
海からはモンスターの匂いはしない。
猫のコボルトが偵察に出る。犬のコボルトも周辺を偵察していく。
推薦とアニマル・プロレスの結果、狼のコボルト・パーティーのリーダーが、この寄せ集めのリーダーとなった。
「ボズなんでやりだぐないよぉー!」
「誰もやらないんだから、お前さんがやってくれ」
「ほとんどの連中の推薦もある。プロレスもワンパンで勝ったじゃないか」
「八百長だよぉ!」
ボスの名はチケゾー。本名はチケット。チケゾーはあだ名だ。ボスは周りから押し付けられたので、仕方なくやるしかないのだ。
「ボス、魚がいませんニャ」
「ボス、虫もいませんピー」
「ボス、ゴブリンの偵察が来ますウキ」
猫、ウサギ、猿のコボルトがチケゾーにどうするかを問う。
「ゴブリンを食べるぞぉ。マズイけど肉が無いんだから仕方ない!」
「ボスの出撃だ! みんな道を開けろ!」
チケゾーVSゴブリン三体、ファイッ!
「どうじで誰も加勢に来ないんだよぉ!!」
「ゴブリンはバッチぃからちょっと……」
「ボスの華麗な戦闘を邪魔しちゃ悪いし……」
「ボスの勇姿を語るためにも、三歩から五歩引いた場所で観戦するのが、吟遊詩人の役割なんですぅ」
「みんなもばだらいでよぉ!!」(テメーらも働け!)
チケゾーの奮闘記は前途多難であった。
岩を掘り出し、表面を石で削り、組み合わせては砂や小石を隙間に詰める。
簡易な石垣を作っていく。作業効率は最低である。
ツルハシやシャベルはおろか、木材すら無いのだ。素手で掘るには限度がある。
それはゴブリンも同じだが、連中は個人的な寝床を適当に掘って作るだけで終わる。
あとは略奪するだけのライフ・スタイルだ。
野蛮な連中に遅れをとるのは、忸怩たる思いでもある。
しかし、現状の打開策はない。掘って掘って、岩と石以外を見つけ、研いで加工するしかないのだ。
木材が、いや、草が無いから炎も無い。必然的に夜営は夜目が効くコボルトが行う。
かなりの危険度で、ゴブリンを見逃したら、仲間が全滅するプレッシャーと責任が、見張りには重くのし掛かる。
絶え間ない緊張感、ゴブリンの揺さぶり、仲間の寝息、痛む胃と渇く喉に、寝息につられて睡魔が見張りを襲う。
「しっかし、ここはどこなんだろうな?」
「星の位置が見覚えないから、まったく分からん。水も集めるので一苦労だしな」
全員の手荷物を集め、使えそうなモノでサバイバルを行う。
布を持っているコボルトがいて良かった。
携帯食糧、飲み水、薬品は貴重だ。ゴブリンに奪われたら全滅必死である。
子供もいるし、昨日は赤子がストレスで死んだ。
赤子の首を埋め、母親に全員が頭を下げてボスが詫びる。そうしてようやく、赤子の首から下を利用するべく、皮を剥ぎ口でなめす。
膀胱と胃はコップに、腸と大腸はロープ、指の骨は鏃、脚と腕は矢の本体部分、太ももは弓、ロープと組み合わせて弓矢とする。
使い捨ての飛び道具だが、あるとないとでは士気に大きく差が出るものだ。
肝臓と心臓は乾燥させて非常食。血液、胆のう、膵臓は磨り潰して毒にする。
最初の犠牲だ。何が悪いかというと環境が悪い。
気が付いた時にはこんな辺鄙な場所に居た。草木が無い、鉄も火も無い。敵はしっかりいる。
元の住みかでは名の知れたコボルトも、こんな極限な環境下では無力であった。
そんな限界ギリギリなサバイバル生活を送っていると、オートマトンと殻付きのタコの一行がテリトリーの近くにやって来た。
オートマトンはタコと会話している。どうやら流木を寄越すらしい。
ものスゴい豪速球で、雑草をゴブリンの偵察に当てているオートマトン。流木はタコ達が適当なところに捨てていく。
「草だ! 流木だ! つまり、ここ以外には草木があるんだ!」
天気の拠点以外は、荒野が広がっているので、よくて雑草が疎らにあるのみだ。
知らなくてもいい事だし、知れば絶望が深くなるだろう。
「ゴブリンを殺せ! 雑草だろうと草は草。育てれば火を点けられるぞ!」
「流木を手にとれ! 撲殺じゃあ!」
「墓荒らし! 子供の恨み! 女の仇!」
「殺せ! 殺せ! 殺せ!」
「手早く解体しろ! タコが捨てていった死骸も集めろ!」
まさに天国と地獄。
いや、煉獄と地獄と天国の外側だ。
そうとは知らずにオムリン達とブルボンは、不定期に現れてはナニかしらを置いて立ち去る。
「円筒形の、鉄!? こっちは、金属だが柔らかいぞ?」
「四角い箱だ。錆びた金属とカビ臭い部分があるな」
「折れたスコップだぁ!! これでもっと掘れるぞ!」
「丸いなコレ。細長い金属の棒が多数あるけど、何に使ってたんだろう?」
自転車や炊飯器、スチール・ラック等の不法投棄されたゴミも、とうとう持ち込み始めたようだ。
火星に配慮してか、比較的使えそうな金属の塊が、多く取れるゴミを対象としている。
コボルト達は粗大ゴミに群がり、力ずくでひっぺがして、使える金属をさらに加工する。
鍛冶の炉も何とか形になったし、採掘道具も揃って来た。
武器もゴブリンに取られない限りは優位に立てる。
「炭坑部隊は掘れー! 金銀見つけ出せ! 死んだ子に報いろ!」
「おー!」
「やってやるっ!」
コボルトが穴を掘る理由の一つに、金属を探しているとか、宝石を探しているとかの理由付けがされる。
しかしながら、金属を探して加工するのは、人類史からすれば普通の事だ。
同じようにコボルト達からしても、必要だから金属を掘り出して、鍛冶で製錬して加工する。宝石は恋人への贈り物として探していく。
何も無いなら、掘ってでも価値のあるモノを探す。ただそれだけである。
必死に掘って探して、苦労しているのを知っているから、恋人や妻はそれを大事にする。
コボルトはコバルトが目当てで掘っている訳では無いのだ。まったく、誰が言い出したのか分からないが、コバルトよりも金属として硬い鉄の方が好みなのに。
ドワーフには劣るが、鍛冶が出来る。エルフには劣るが森では狩りが出来る。人間には劣るが、集団行動もする。
獣人には劣るが、格闘も得意だ。ゴブリンには劣るが、繁殖力もある。だからメスは狙われやすい。
他種族と比較して劣る部分があるものの、コボルトはしぶとく生き残ってきた。
環境適応力もあり、二足歩行で道具を使える。丸っきり人間の劣化版だが、それは人間が居なかったら、コボルトが人類にとって代われるポテンシャルを持っている事と同義だと言えよう。
獣人もいないなら、モンスターの中で一番文明的でもある。
ゴブリンは他者から略奪して、生存圏を広げているに過ぎない。一から文化を築く知能は無いのだ。
故に、コボルトから見てもゴブリンは害獣となる。




