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現代魔術師の暇潰し  作者: 元音ヴェル
惑星魔改造(SF)
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休む事も鍛練の一貫

 あるレース、その日も彼女は後半から、精彩を欠いた走りをしていた。

 しかし序盤のリードという貯金のおかげでまだ二位、端正な顔(プリティ)歪ませ(捨てた)気迫の表情(シンデレラ・グレイ)で必死に食らいついている。

 そして一位と並び、最後は突き出した胸の分だけ先にゴールした。うそん……そんな事あるのか?

 彼女は腕を突き上げて喜び、ボクの元へと駆けてくる。


「トレーナーさーん!」


 ボクの胸に抱きつき背中に腕を回して、何度も連呼しながら頭を擦りつけ喜ぶ彼女。今回の徒競走で、自分の限界を超えた事を理解しているのだろうか。喜びもひとしおなのかもしれない。

 だが、しかし、豊満な胸を押し付けられながら、顔の近くにシャンプーの香りがする頭部を擦りつけられると、よろしくない気持ちになっていくので、彼女にバレないよう、引き剥がそうと肩を掴みかけて、止めた。


 担当の全てを受け入れよう。他人の目よりも、担当の好きな事をして、あるいは、させてあげよう。


「お嬢様、ハグってリラックス出来る?」


「えっ……と。はい!」


 彼女が|へんたいふしんしゃさんを《ナニ言ってるんだコイツはと》見るように、こちらを見て答えたので、ボクも彼女を抱きしめ返した。


「トレーナーさん!?」


「これから君がリラックスするために、いっぱいこうしよう」


 ハグには脳からリラックス効果や、ストレス軽減効果のあるホルモンが分泌されるらしい。それに単純接触効果にも応用できる。

 ボクが強く彼女を抱きしめると、戸惑って緩んだ手が強くボクを抱きしめ返した。

 周囲のギャラリーがこっちを注目しているのを感じるし、なにやらフラッシュもたかれているが、関係ない。


 彼女がリラックス出来るなら、ボクはこれからもハグを続けようと思った。

 練習前のハグ、休憩中のハグ、練習後のハグ、レース前のハグ、ボク達は暇さえあれば抱きあった。

 いつでもハグしたくなれば来るように伝えると、こうして彼女の方から何かある事に、いや、ナニもなくともハグをするのが日課となった。

 彼女がこちらに近づいて、おもむろにボクを抱きしめる。ボクも彼女を抱きしめ返す。その度に押し付けられる胸で、股間が硬くならないよう、キライなモノを考える事で抑え込み、それを悟られないよう必死だった。


 メンタル面の課題を克服した彼女は快勝を続けた。大きい大会にも参加し、グレード制覇への道を踏み出している。


 とある休日、ボクは彼女を連れて映画館へと向かった。レース制覇を目前にした今、休日の彼女のストレス・コントロールもボクの仕事である。

 疲れやストレスを自覚していないし、練習も多少は無理をするべきだと思っているので、こちらから誘って休ませる必要がある。

 私服姿の彼女と待ち合わせし、映画館へ向かう際、彼女がボクの手に触れておずおずと握ってくる。これもハグの一貫と考え、ボクも握り返す。彼女は犬っぽい雰囲気を醸し出す事がたまにあり、幻影の尻尾が激しく左右へと振られているのを幻視してしまう。


 アスリートに限らず、見た目や雰囲気で動物的に例えられたり、動物並みに分かりやすい人って、結構多い気もする。

 これが、ケモナー? 日本人は擬人化が性癖だから、犬や猫の獣人、いや、耳と尻尾があるなら割りと何でもいいとか、外国人が呟いていたな。

 八重歯の塗り分けがあるキャラと、肌色に塗られた八重歯キャラの違いが分からないとも聞く。

 細かい事はいいんだ、考えるな、萌えろ。フォースと共にあらん事を。考えるな、感じろ。


「君とはここまでだ……」


「どうして?! 一緒に逃げようって約束したのに!」


 見た映画がクライマックスに差し掛かる。戦争を阻止しようと、二国間を飛び交う工作員たる主人公が、敵国の王女であるヒロインに背を向ける。


「僕は君を、王女として利用しただけさ」


 その王女は馬の獣人の血筋が強く、特徴的な耳と尻尾が目立つ。亡命したとしても彼女に待っているのは、人目から逃げ続ける薄暗い生活だけ。

 それが分かっている主人公は、敢えて彼女に対し、心無い言葉で突き放す。


「さようなら。今までの事は忘れて、達者で暮らせ」


「あなたってワルい人……」


 涙をこぼす王女の目尻を拭いつつ、すれ違いざまに主人公は小さく囁く。


「いずれ……お前を殺す」


「何なの、この人……!?」


 エンドロールが流れ、ふと隣の彼女を見ると、ちょっと前までハンカチで顔を覆って大泣きしていたが、突然のキル・ユー宣言に涙が引っ込んだ表情をしていた。

 声優さんが英語版の試写会でアメリカへ行ったら、大勢のファンから言われた事があるらしい。


「……これ、続くんですか?」


「人気だったら、続けるんじゃないかな」


「MS要素を抜いても、ラヴ・ロマンスに出来るって事なんですかね?」


「ロボットの戦闘描写は、いらない派なんでしょ」


「……終盤の、あんな嘘。私だったら言われてもついていきますけどね!」


「主人公も幸せだろうね。つきたくない嘘を、嘘だってわかってくれるんだから」


 勘のいいガキはキライだよ。


「いえ、王女もわかってますよ。だから、全部自分のせいにしようとする主人公を、ワルい人って言ったんですよ!」


 そういう見方も出来るか。

 でも、最後のセリフは……。いや、たぶん炎上商法的な、衝撃の結末! ラスト十秒で全てがひっくり返る! みたいなキャッチ・コピーなんだろう。ハローワー〇ド的な。

 ……予告編やポスターには無かったけど。


「そういえば、下の階にクレーンゲームがあったよ。何かお土産でも取りに行こうか」


 ボクが手を引いて、彼女をゲームに連れて行くと、小さく「それ、うちの……」とだけ呟いた。

 硬貨を入れてスタート。かわいいぬいぐるみやポーチが入っている筐体で、ボクは大きなぬいぐるみに狙いを定めて、アームを動かしていく。

 ぬいぐるみが持ち上がり、排出口にたどり着いたところでアームからこぼれ落ち、衝撃で排出口の近くにあった箱が落ちた。


「おや、何か落ちましたね」


 開けてみると中には、子供がおままごとに使うような、イミテーションの指輪が入っている。装飾もなにもなく、ただ銀メッキのアルミ製の指輪だ。

 手榴弾の安全ピン、ナットを加工した指輪。……そうか。


「お嬢様に献上したく存じます」


 さっきの映画のセリフを真似て、膝を着いて目線を合わせつつ指輪を出すと、彼女は口は両手で覆って驚いたあと、徐々に左手を差し出してきた。

 ……勢いでやったから、乗ってくるとは思っていなかったんだ。曖昧に笑うくらいの反応だと思ってたが、ハメて欲しそうな顔と行動は予想外だよ。

 内心テンパってしまい、とりあえず薬指にはめておく。映画では右手の薬指だったけど。

 お嬢様はその日、暇さえあれば指輪を太陽にかざして眺めていた。

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