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現代魔術師の暇潰し  作者: 元音ヴェル
惑星魔改造(SF)
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ハウツー本

 頭の回転はいいが、要領が悪いヤツ。それが学生時代の評価だった。

 ボクはそこそこの本の虫で、勉強は誰よりも出来た。

 けれども、主席に選ばれたのは試験の成績が一つ下の、生徒会長として先生や後輩に慕われながら雑用をしていた、顔のいい同級生である。


 いつもテストで赤点を取っていたが、明るくてクラスの人気者だった友人は、今や教職に就き熱血体育教師として、生徒の一部や親の評判もいいらしい。


 ボクはというと、コンプレックスに負けないように勉強を励み、有名大学に通い、人間関係に躓き、道端に倒れていたサトノ・グループの幹部の人を助けたり、紆余曲折あって今は学園のトレーナーになっている。

 しかし、そこでもボクは人付き合いに躓いていた。


 走り込みを続けるボクの担当、サトノのお嬢様に目をやると、彼女と目が合うも、慌てて顔をそらされた。

 担当するアスリートと上手くいっていない。


 勉強は出来たから、学園のトレーナーとして就職したのに、人付き合いが苦手で担当契約を誰とも結べないままだった。

 三ヶ月経った頃、人手不足から遊兵化している人員は半強制的に、他のトレーナーのサポートとして駆り出され、以降サブ・トレーナー(パシり)を続けいた。

 アスリート達を相手にしているものの、踏み込んだ声かけには至らない。

 そんな契約へ至る前の足踏み状態が長く続き、内心焦っていたところに、彼女から逆指名を受けたのが出会いだった。


 直感で決めたと言っていたが、要するに運が良かったのだ。

 渡りに船なので、彼女からの申し出を喜んで受けて、念願の専属トレーナーとなったものの、彼女のデビュー戦があと一ヶ月と迫っているのに、ボク達は未だにギクシャクしている。


 今日の彼女との会話、合計時間は一分もあっただろうか。

 メニューを伝え、彼女が返事をして、トレーニングに励むのを見届ける。バインダーやノートPCの映像と現状を見比べる傍ら、彼女に目を向けると、目が合うもそらされて気まずくなって、ボクは逃げた。

 何か言いたげな彼女の口が開く前に、契約解除の申し出を言われる前に、メモだけ残して逃げるように帰った。


 このままではいけないとは思っているものの、勉強しか取り柄のないボクに、自信のある者が志願し、時に懇願するような売り込みをする者もいる、そんな名家の令嬢といきなり打ち解けろというのは、無理難題であった。


 そんな時、一冊の本と出会う。たまたま立ち寄った本屋で、すがるようにコミュニケーション能力について書かれた、エッセイやら啓発本をあさっていた。

 普段、ボクは前書き、後書きを読むのだが、手に取った本だけは読まなかった。

 その時、たまたま開いたページに、アスリートの写真が載っていたからだ。

 それはトレーナーを志す者なら、誰もが知っている有名アスリート。そして、現役時代の若い姿の彼女に、腕を抱かれているトレーナーと思わしき人物が、一枚の写真に収められていた。


 本の題名は、僕が巧くイキすぎた訳。

 あの有名アスリートのトレーナーが書く、担当との過去を振り返る自伝のようだ。

 ……シンボリの背中。という自伝的怪文書もあるから、こういうのは当たりハズレが激しい。理論的ではなく、感覚的なヤツだ。よほど親和性が高いか、近いかしないと、参考にはならない類いである。


「おはようお嬢様。今日も調子が良さそうだね」


 爽やかに挨拶するボクに、一瞬呆気にとられたような顔をした彼女は、いつもよりやや遅れて挨拶を返してくれる。


 自分から声を掛けて、少しずつ打ち解けよう。毎日、挨拶程度でもいいから話をしよう。


 買った本に書いてあった事を、早速取り入れてみる。単純接触効果というものがあり、簡単に言えば、毎日何かしら関わりがある人には、わずかずつではあるが好意的になっていくというものだ。

 彼女は生まれ持った素質に恵まれていて、ボクのトレーニングで基礎を改造する必要はないので、しっかりと基礎の土台を固めていく事に、メニューは絞ってある。土台がしっかりしていないと、ムチャなトレーニングで変な成長をしてしまい、アスリートとして短命となってしまう事に成りかねない。

 まぁ、デビュー戦は変に意識しなくても素質だけで勝てる。その見込みが大きいとも言えるのだが。

 デビュー戦までの間、彼女と打ち解ける事に、時間を充分に割いていける。


 ……トレーナー本意すぎで、アスリート的には迷惑かもしれないが、打ち解けないとメンタル・ケアに支障をきたすので、ウザがらないで下さい。


 必ず挨拶をして、彼女に気を配って声をかけ、トレーニング中も会話を続ける。このメニューなら会話しながらでも出来る、それだけのスタミナはあると思っての事だ。

 キツいトレーニングとかだったら、声かけすらしない。または、本人の集中力が持たない時は、会話をただの声出しに切り替える。


 これは個人差もあるし、個人的には黙々と体を動かす方が(しょう)に合っているのだが。


 最初はボクの変わりように驚いていた彼女も、生来の明るさからか、すぐに受け入れてくれた。

 すると彼女の方から自分の体についての所感や、トレーニングを通じて思うところを、ボクに発してくれるようになったのだ。

 これは思わぬ収穫だった。

 早速、彼女が感じる体の違和感から筋肉量をデータ化して、何度か測定し、効率のいいトレーニング・メニューを考え、また、ボクが考える大学で学んだものだけでなく、彼女の思う事もトレーニングに取り入れていった。


 トレーニングは十人十色、必ずしも教科書通りの最善をすればいい訳ではなく、その人に合ったものを選択していく方が良い。

 ただ声を掛けて会話を続けるだけで、これほどまで変化があるとは思ってもみなかった。

 そんな風にようやくパートナーとして動き始めたボク達は、デビュー戦を華々しく飾ったのだった。


 一緒にトレーニングや、レースを繰り返すうちに彼女の欠点が見えてきた。メンタル面だ。

 一族の悲願であるグレード1制覇に、彼女は燃えている。それは彼女のモチベーションであり、起爆剤だが、同時にプレッシャーにもなっているようだ。


 もちろん本人は尾首(おくび)にも出さないが、どうしても本番に力が入りすぎて、(りき)み過ぎからペース配分が乱れ、練習では勝っていた相手に、僅差で勝利を譲ってしまう事もあった。

 自覚のないプレッシャーからスタミナを消費し、ベスト・コンディションな走りを出せない。

 それが彼女の現在の課題である。

 ちなみに、単純接触効果は、ユマニチュードという認知症ケアの本にもある。

 しかしながら、現実と実戦、理論と理想は解離するもの。ぶっちゃけデイ・サービス向けであり、特別養護の利用者には効果が無い。

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