温泉
「疲れた……」
トレーナー室に入るなり、そう呟くルナちゃん。
「お疲れ様、ルドーー」
「ーーやー! ルナ、トレーナー君とデートしたいもん! たまには視察お休みするもん!! ……という訳だ、トレーナー君。早く行こうではないか」
「でもねルドルフ。今日は視察の予定が……」
「や! 温泉! という訳で、温泉施設の健全視察、という事になったよトレーナー君」
視察と温泉、両立すればいい話だ。ルナてんさい!
「ルドルフ、使い分けやめて?」
「やー! ルナって呼んで! 呼んで欲しいんだ……今だけでもいいから……」
「ル……ドルフ」
「や!!! …………話は変わるが、君のあすと明後日の業務だが、理事長と秘書さんに話を通して、休日にしてきてあるのでね」
根回しはきちんとしてある。
「ルナ、トレーナー君と一緒に行きたいんだもん! 言っただろう? 君を手放す気は毛頭ないと」
「ルドルフの背を朗読しよっか」
「怪文書は、や!!!!」
生徒会長を解任させられそうだが、学園側も一生徒に押し付けすぎなところがあるため、一概に強くは言えない。
ルナちゃんが生徒会長を辞めたら、その業務全般をこなす生徒が必要となる。つまり、次のルドルフ、ないしはルドルフに匹敵する者が生け贄となるのだ。
「だいたい、卒業も近いし、解任なんて怖くないもん!」
「ルナちゃんの後釜が見つかればね……」
「……ルナ、いつまで会長やってなきゃいけないの!?」
後進に後を譲りたいのだが、適任はいない。
「では、我々は視察に行きますので、後はよろしく頼むぞ。シリウス会長」
「お前等のプレイに巻き込むんじゃねぇ」
会長代行のたすき掛けを着けているシリウスに、手で追い払われる。
「ナニ、視察だ、安心してくれ。この前桐生院トレーナー君、都留岐、駿川、たづなさん、樫本トレーナー君とハローさんと、スーお姉ちゃんともか。で、トレーナー君がそれぞれ行っていた温泉だ」
「怒ってます?」
「ルナしーらないっ」
「そんなに怒ルナ」
「私にそんな、クソ寒いギャグを投げるな、トレーナー君。ぶちのめすぞ」
「理不尽!? 緩急の使い分けがちょっと怖いんだよ。ルナちゃん……」
でも、こんな感じで、ワガママを言われたい気持ちもある。
「ルナちゃんが正直に、自分の気持ちを言えるようになって嬉しいよ」
スーちゃんも無言で着いてきてるし、頷いている。
「シリウスで大丈夫だろうか……」
「大丈夫だ、問題ない。シリウスは生徒会室、オグリが別の視察場所へ一日生徒会長、タマも手伝ってくれる手筈だよ」
「そ、そうかぁ」
視察現地から食い物が無くなりそう……。
「ルナのワガママを聞けてこその、皇帝の杖だぞ」
スーちゃんが、可愛い愛娘のワガママくらい聞いてあげようではないか。と諭してくる。
確かに、自分勝手に振る舞えば何でも叶う超人スペックなのに、自分を殺して粉骨砕身し、学園に尽くしている。
なのに、ルドルフへの周囲の風当たりが強すぎる。
「でもさ、落差スゴいよな。皇帝だけに凄まじい高低差と言う訳だ」
「ふふふ……」
使い分けも過ぎると、多重人格になりかねないから、気をつけてくれよ?
たまたま通りすがったカツラギは、道理を通して生徒会入りを断っておいて良かった。と思った。
「完璧を演じるのも疲れるもんね……」
トレーナーの父性に、スーお姉ちゃんの母性へと、甘えたいルナちゃんだった。
三月は卒業シーズン。卒業したらトレーナーともお別れなんだから、一回くらいワガママを聞いてやるか。
ただ、トレーナーによってはその一回の為に、それまでの経歴や生活を捨ててドイツやアイルランドに移住したり、半ば強制的に名家へ婿入りさせられたりもする。
僕は覚悟以前に囲みが完了していたので、あとは誰を選んでも、スーちゃんが横からかっさらうのだ。
生徒会長の膨大な事務仕事をこなしつつ、学園への大まかな方針を定めて、施策を遂行しつつ、URA各方面と折衝する。
これを一人でこなせるのがルナちゃんこと、ルドルフのみ。
ルナちゃん抜きだと、オルフェが代理で会長して面倒見つつ、女帝が事務仕事を猛烈な勢いで片付ける位の分業。そうしないと破綻するレベル。
会長が心の暴君抑えて、みんなのために駆けずり回っているのに、ライバル連中がつまんねー、もっと自分を出せとか、好き勝手言うし、そのくせあんまり手伝わねえしで、それはストレスも溜まるというモノ。
温泉の視察という体裁で、そのまま泊まる事になった。
トレーナー、ルナちゃん、スーちゃんの川の字で寝る。
え、トレーナーが真ん中じゃないのかって? 一応親子という設定なので、子供が真ん中になっただけだ。
(私の理想を理解して協力してくれる、ラモーヌとシリウス……)
(私と全身全霊をかけて勝負してくれる、マルゼンとシービー……)
(レースの前に緊張する生徒へ駄洒落を伝えた結果、あの会長のダジャレで肩の力が抜けて勝ちに繋がりました! と感謝される私……)
(ダジャレが切っ掛けで、後輩達からも気軽に声をかけられるようになる私……)
(居なくなったオグリの代わりにオルフェとアイススケートする私……)
(皆で仲良くたこ焼きパーティーをする私……。いや、それは高望み過ぎか)
自分に都合がいい夢を見るルナちゃん。親しい相手にも素を見せないから距離を置かれる事に気づいていないのだった。
そして、ナニも起きなかったので、ルナちゃんは少し不機嫌な朝を迎える。
素で接するのは、トレーナーとスーお姉ちゃん、シリウスくらいなものだろう。
ちなみに、トレーナーとスーちゃんは後日、またこの温泉へと向かったとか。




