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エピソード5      『学校裏サイト 掲示板(その四)』



意を決して、僕はヤーさんと卵の登校に行きました。

一本杉の中央がレンズの様にぐんにゃりと曲がると、ぼんぼりが明るく灯ります。


歌声にのって卵達がぴょんぴょんと跳ねてきます。


“あ、る、こ~。


あ、る、こ~、わたしは元気~。


歩くの大好き~、どんどんゆ、こ、う”


いつもの軽快なテーマに合わせて、色とりどり大小様々な卵がくるくる回ります。


「ノロマサ、よいな?」

「はい、お願いします」


ヤーさんは透明な壁をぺたたたたと曲線を描いて降りていきます。

僕は祈るように手を合わせました。


こ、こんなに緊張したのは初めてかもしれません。

こんな大役、自分にこなせるでしょうか?

心臓の音がばくばくと聞こえました。


「ルリ、ちょいと残ってくれるか?」


ころころ転がっていた青緑色の卵が、ぱくんと半分に割れて喋りました。


『なに?わたし、がっこうあるんだけど』


意外なことに、ルリさんは目もありませんでした。

僕はおろおろとその様子を伺っています。


ヤーさんはどっしりと構え、ルリさんを真っ直ぐに見ていました。

年の功と言いますか、僕にはとても出来そうにありません。


今にも高血圧で倒れそうです。


「直ぐに終わる。聞きたいことがあるんじゃ」


ヤーさんのノーと言わせぬ迫力に、ルリさんは丸くなってくるくると行列から離れます。

この時、ミルクさんがこちらをちらっと見たのに、僕はぎくりと縮み上がりました。


組んだ手の平に、びっしょりと大量の汗をかいています。


次にヤーさんは、同じ青緑の、ですがルリさんの二倍はありそうな大きさの卵に声を掛けます。


「アクアや、お前さんもちょっといいか?」


アクアと声を掛けられた卵は、むすっと何も言わぬままその場から素直に抜けます。

卵の行列は、二人をその場に残したまますうっと社の中へと消えていきました。


「ああ、あの、は、はじましめて」


ヤーさんの尻尾がぴしりと僕に当たります。

き、緊張して上手く喋れません。


僕はなにくそと自分を奮い立たせ、大きく息を吸って吐いてから改めてお二人に向き直りました。


「は、はじめまして。巡査のノロマサと申します」


頭を下げた僕に、二人は訝しげな雰囲気です。

お巡りさんが何の用?

とでも言いたそうに体を揺らしています。


大きな青緑の卵がアクアさん。

アクアさんの半分ほどの大きさの青緑の卵がルリさんです。


「二人は兄妹じゃと聞いたが?」


ヤーさんの、決して問いつめるでもない問いかけにも二人は何も言いません。

お二人の位置もなぜか妙に余所余所しくあいています。

事実を反映しているようで、とても寂しくなりました。


「ルリさん、僕とお二人でお話しさせて頂いてもいいでしょうか?」


僕が正座して聞きますと、ルリさんは頷くでもなく嫌がるでもなく僕の手の平に載りました。

僕はヤーさんと無言で目を合わせてから、社の裏側へと回って座り、ルリさんを膝に載せました。


『なんのよう?』


くるうと一回転して真ん中をぱかと開きます。


「貴方はミルクさんやクルミさんの様に割れていらっしゃらないのですね」

『まあね』


ルリさんは半透明な青緑色の体を一、二度弾ませました。

僕はその様子に、思わず笑いかけます。


「とても綺麗な色をされています。

アクアさんと同じ、青くて、緑かかったとても綺麗な色です」


しかし、ルリさんは何も言いません。

僕の膝から降りると、空中を跳ねたり転がったりしています。


僕はそれ以上何も言わず、黙ってその様子を眺めていました。

まるで、トランポリンの上を自由にバク宙しているみたいです。


十分以上そんな状態が続いたでしょうか。


『なんでなにもいわないの?』


ルリさんはその場でスピンしながら僕に問いかけました。


「ルリさんは何か言いたいことがありますか?」


真ん中がぱくんと開いて、真っ白いけむりがほわっと上がりました。


『あんたがいいたいんでしょ?いえばいいじゃん』

「何をですか?」

『おまえがやったんだろう?って』


強い口調でした。

ですが、悲しみを帯びています。


僕は首を振ります。


「私は貴方に何も言いませんよ?」

『じゃあなんでこんなとこつれてきたの?』

「貴方が何か聞いて欲しいことがあるのではないかと思ったのです」


青緑色の卵は一瞬止まって、ぽんぽんぽんと三段跳びをしました。


『犯人探しをしてたんでしょ?』

「いいえ?」

『見つかったんでしょ?』

「いいえ?」

『じゃあ、なんでこんな所に連れてきたのさ』


僕はゆっくりと、ヤーさんが僕を宥めてくれる時のような口調で言います。


「何の犯人か分かりませんが、そんなことはしていません。


私は、ただ貴方が聞いて欲しいことがあるのではないかと思い、来て頂いただけです」

そしてにっこりと笑いかけました。


「私はお巡りさんですから」


ルリさんが微かに震えたのが見えました。

私はルリさんをそっと手で包み込みます。


「お一人で悩みを抱えるのはとても辛い、私は一切口外いたしません。

もし話したいことがあればお話して、少しでも気持ちが楽になれば私もこれ以上嬉しいことはないのです」


『なんで・・・?』


「私はお巡りさんです。

どんなことでも、誰かの役に立てることが私の望みなんです」


ルリさんは真っ直ぐに僕を見ていました。

正面が何処かはわかりませんが、それでも確かに向き合っていると感じます。


僕は、微笑んで頷きました。


『おれはなにもしらない』


一方ヤーさんは、大きなアクアさんにお話を聞いていました。

アクアさんはぶすっとしたまま、何も知らないの一点張りです。


「まだ何も言うとらんぞい」


アクアさんもまっぷたつにぱかっと割れて喋ります。


『おまわりなんか連れてきて、何のつもりだよ?』

「あいつは珍しくわしらと話が出来る奴じゃぞ?

いろいろ聞いてみるのも良かろう?」

『興味ないね』


アクアさんは強固な姿勢を崩しません。


ヤーさんはアクアさんの前に胡座をかいてぺろりと顔を舐めました。


「ルーアを知っておるかな?」


対して、アクアさんは無言です。


ここからは、アクアさんの黙秘権の施行が始まりました。


「あやつは噂好きじゃからのう。

あることないこと喋りまくって、皆困っとるようじゃ」


黙秘権。


「生前の話を吹聴しとると聞いたが、そんなもの、わしらには関係ない」


黙秘権。


「自由に何にも縛られない世界じゃ。

今更それがなんになろうのう。そう思わんかい」


黙秘権。


「お前さんが妹思いの良い兄じゃというのはよう知っておる」

『うるさい!』

「おや、黙るのはやめたのかい。

それがええ、黙っとると体の中に溜まってしまうドロドロで自分まで腐ってしまうわい」


『うるさいな、だまれよ!』

「なぜじゃい?どうした?」


ヤーさんはじいっとアクアさんを見つめます。


「お前さん、ルーアになにを吹きこまれたんじゃい?」


アクアさんは悔し気に俯きます。


『最近ね、アクアの様子がおかしいの。

ずっといっしょで仲良しだったのに…』


ルリさんの声は呟くように細く、壊れてしまいそうです。


「アクアさん、様子が変わられてしまったのですか?」

『急に冷たくなって、いっしょに遊んでくれない。

散歩も歌も一緒に歌ってくれない』


「それは、悲しいことです。

ずっと一緒だった方がいきなり変わってしまうなんて」


『なんでも、なんでもいつだっていっしょだったんだよ?

学校でもどこでも、すごく仲良かったの。

自慢のお兄ちゃんだったの』


ルリさんが泣いている気がして、僕は胸にそっと抱えました。

ルリさんは冷たく、震えているように感じます。


『どうして?全然わからないの。

ルリがなにかしたのかな?

怒らせるようなこと、したのかな?』


「どうしてです?」


『だって、いきなり、ある日、ぷつっと喋ってくれなくなったから。

どんなに呼んでも、話しかけても…なんにも言ってくれなくなって』


ひっくひっくとしゃくり上げると、ルリさんは大声でわあああと泣き出しました。

うわあん、うわあんと、まるで小さな子供が棒立ちになって親を捜して泣いているようです。


その悲しい泣き声に、僕の目から涙が零れました。

僕の涙がぽたぽたと落ちてくると、ルリさんは僕を見上げて、


『なんでなくの?』


と言って、また大粒の涙を零しました。

どんな者でも悲しみは同じです。


いくら何にも縛られないと言っても、感情は自分の物です。


決して無くなることはありません。


僕たちは一緒になって、うわーんうわーんと泣き続けていました。


『ごめんなさい、ほんとは羨ましかったの。

ミルクとクルミが羨ましかったんだよう。

仲が良くて、いつもいっしょのふたりが、うらやましかったんだよう』


涙と一緒にルリさんの本音がぽろぽろと零れ落ちてゆきます。


ただ一緒にいてくれて、いつもの兄弟に戻ってくれることだけを望んでいたルリさん。


「いいんです。話してくださって、ありがとうございます」


僕はそう言って、ルリさんを抱きしめました。




『ルーアはずるがしこいから、なかがいいやつもあんまりいないんだ』


アクアさんは溜息を付きながら語り出しました。


『たぶん、おれのきをひきたかったんだとおもう』

「アクアは卵集団の中でも大きい方じゃからのう」

『クラスのなかではな、ほかにでかいのはいくらでもいる』


アクアさんの言葉にヤーさんはほほっと笑いました。

それにつられて、アクアさんも照れたように苦笑しました。


「わしが思うに、ルーアはお前さんに憧れとったんじゃろうな。

芯が強くて優しいお前さんに」

『…おれはそんなりっぱじゃない』

「実は、大体分かっておるんじゃ」


のんびりとしたヤーさんの言葉に、アクアさんはぐっと体を縮込ませます。

ヤーさんはそのまま何処か遠くを見つめています。


「ルーアは、『きみとぼくはおなじだ』とでも言ったのじゃないかのう」


アクアさんは黙っています。


「『ルリをおしのけてじぶんだけ、いきのころうとした』とでもな」

『な、なんでそれを』


顔面蒼白で飛び上がると、アクアさんはぱくぱくと割れた口からほわっと白いものを吐き出しました。


「アクア、お前さん自己嫌悪に陥ってルリに冷たく当たったのではないか?」


アクアさんは下を向いたまま答えません。


「いったい何を拘っとる。

お前さんはもう死んだんじゃぞ?

今更生前のことを悔やむつもりか?」


『でも…』

「悔やむために今があるんじゃない。

言ったじゃろう、何者にも囚われないために今があるんじゃ。

生前はもしかしたらそういうことがあったかもしれん。

じゃが、今お前さんがやっていることは更なる苦しみを生む事だけなんじゃぞ?」


アクアさんは顔を上げました。

苦渋に満ちた顔です。


「今、お前さんとルリは仲の良い兄妹じゃ。

それ以外の何者でもない。

大事な妹に寂しい思いをさせてどうする?」


『おれは、おれは』


小さく揺れる体から、迷う思いが伝わってきます。


「お前さんがそんな態度で、ルリがどれほど悲しい思いをしているか、分かっとらん訳じゃなかろう?」


そう言うと、ヤーさんは社奥を指さしました。

そこからは、ルリさんプラス若干一名がわんわんと泣いている声が聞こえてきます。


「お前さんの悔やむべきは、妹にあんな風に泣かせてしまうまで寂しい思いをさせたことじゃ」


そう言うと、すくっと立ってそちらを指さしました。


アクアさんは、目を大きく見開いてからぐっと頷くと、ぽんっとその場から跳ね上がりました。




『ルリ』


社の陰からいきなり現れたアクアさんに、僕は腰を抜かすほど驚いて後ろにつんのめってしまいました。

ルリさんは一瞬驚いて顔を上げると、泣きはらした目でアクアさんを見つめました。


『さみしいおもいさせて、ごめんな』


そう詫びるアクアさんに、ルリさんは大きく体を揺さぶると飛びつきました。


『アクア、アクア』

『ルリ、ごめん、ごめんな』


そう言って二人は何度もすり寄って卵を合わせました。


「これで、一件落着じゃの」


透明な壁を伝って、ヤーさんがひたたたったと僕の前に降りてきました。

それから僕の涙でぐしゃぐしゃの顔を見て、


「全く、なんて奴じゃ」


と笑いました。

僕も、すみませんと言いながら二人を見て思わず顔を綻ばせました。


強い絆を取り戻した兄妹は寄り添い、今まで以上にお互いを優しく包み込みます。


空には一面に輝く星が、絨毯の様に広がって二人を照らしていました。





『卵・殻の裏サイト 概要』



調査人   榊和正

依頼主   ヤモリ(通称ヤーさん)

発起出来事 殻の裏サイトへの中傷に値する書き込みの多発によるため

調査方法  内部よりの聞き込み、及び書き込まれたサイト内の確認(資料一)

協力者   ヤモリ:霊体 楠李衣乃:生体

参考人   殻の裏サイト投稿者


      卵 ミルク 半透明赤味の有るチョコレート色 約三g

      卵 クルミ 半透明赤味の有るチョコレート色 約一.八五g(ミルクの弟)


      殻の裏サイトで投稿者ミルクに中傷された者


      卵 アクア 半透明青緑色          約五.九四g

      卵 ルリ  半透明青緑色          約二.七g (アクアの妹)

      卵 ルーア 半透明白地に茶褐色模様     約三.六九g


※ なお体重は生存時の資料を基に作成(資料二)


実態殻の裏サイトの、中傷を目的とした投稿者とされていた『ミルク』は容疑を否定。

弟の『クルミ』もこれを弁護する。


しかし親近者の発言は有力な証拠とされないため第一の容疑者と確定。


しかし、曖昧な点が多すぎるため、盛んに中傷を行っていた『ミルク』に対してのサイト内の発言に出てきた『アクア』と『ルリ』も同様に第二、第三の容疑者と確定。


自分への注目を集めたいが為とも取れたためである。

第二容疑者『アクア』は完全黙秘。

第三容疑者『ルリ』に事情を聞いたところ、ルリは自分が行った事を認めた。

原因は『ルーア』にそそにかされた『アクア』の行動に疑問を抱いてのこと。

(詳細は別紙にて)二度と他人を語って中傷的な書き込みを行わないことを認めたため、この件はこれで終了とする。


学校への提出資料は別紙にて。



※極秘事項


○『ミルク』と『クルミ』について。


『ミルク』は卵の大きさ、色からも生前はホトトギスであると推測される。

そして『クルミ』は大きさの対比、色からしてウグイスと推測される。


ホトトギスは自分で子育てをせず、「託卵」という形で別の鳥の巣に産卵する。

主に狙われる鳥はウグイス、ミソサザイ、クロツグミなどがあげられる。


『クルミ』の親と仮定されるウグイスの巣に『ミルク』の母親であるホトトギスが卵を産んだため、

この二人は兄弟として現在に至る。


二人ともひび割れた形状のため、卵のうちに下に落とされた可能性が高い。

ホトトギスなど託卵の習性を持つ鳥は、卵を産んだ時に代わりに仮親(この場合はウグイス)の卵を一つ抜き取る。


これは諸説有るようだが、卵が多すぎると仮親がうまく抱卵出来ないためとも言われている。

ちなみに、生み付ける卵は他の卵より少し大きくする。

これは、小鳥が大きい卵は積極的に受け入れるという事柄に由来するらしい。


抜き取られたと考えられる『クルミ』が割られただけでなく、仮親の巣に生まれた『ミルク』まで割れていた事だが、

仮親の中には自分の卵でない物を見分けて落とす鳥もいるらしい。


仮説としてこの事例があげられる。



○『アクア』と『ルリ』について。


『アクア』は卵の大きさ、色からしてもジュウイチではないかと推測される。

そして『ルリ』は大きさの対比、色からしてオオルリと推測される。


ジュウイチはホトトギスと同じ託卵で、主に狙われる鳥はオオルリ、コルリ、ルリビタキ、コマドリ、キビタキ、ビンズイなどがあげられる。

二人とも割れた形跡がないため、仮説としてオオルリの育児放棄の線があげられる。


託卵の卵は一日おきに産むそうだが、うまく託卵に適した巣を見付けられるとは限らない。

誤って造巣中の巣に産卵してしまったり、卵が少なくなりすぎると仮親が巣を放棄してしまうこともあるそうだ。

いくらかの要因があるため、絞り込むことは困難かとも思われる。


託卵された卵は大きさの割に殻が厚く、低温耐性が高いというが、巣を放棄されてしまえばどうすることも出来ないであろう。



○『ルーア』について。


『ルーア』は卵の大きさ、色からしてもカッコウではないかと推測される。


『アクア』に対して「おなじだ」と発言していたことからも、自分が他の仮親の卵を全て排除してまでも生き残ろうとする生に背徳感を持っていたのかもしれない。

『ルーア』がどこからこの情報を手に入れたかは不明。


しかし、そんな孤独感から『アクア』の様な仲間を求めた形跡が伺える。



○上記より伺われる事件全貌



『ルーア』が生前のこの事実を『アクア』に打ち明けたため、『アクア』は『ルリ』を避けるようになった。

供述によると、出生の秘密を知ったアクアは「自分はルリの兄に相応しくない」とわざと距離を置いた様だ。


だがそれを敏感に察知した『ルリ』が、自分達と境遇が同じだが仲の良い『ミルク』兄弟を妬み、『ミルク』の名を語って殻の裏掲示板に中傷の書き込みを行った。


それにより今事件は浮かび上がったとされる。


『アクア』は協力者であるヤモリ(通称ヤーさん)に現状教を再認識するよう促され、態度を改めたとの事。

『ルリ』も自分の非を詫びた事でこの事件は終了とする。



○参考事項



カッコウ、ホトトギス、ジュウイチの様な託卵行為を行う鳥にはそれなりの理由がある。

毛虫などを食することに適したため、雛を上手く育てられなかった。


更に、自身の体温を保つ体温調節能力が低いため、自身で卵を暖めて育てることが不可能であるらしい。

託卵するための巣を探し、何日も飲まず食わずでその巣を見張る。

仮親が離れたほんのわずかな間に卵を産まなければならない。


そんな苦労をしてまで託卵を行う親鳥は、本当は自分で卵を暖めて育てたくても出来ない鳥なのだそうだ。

「テッペンカケタカ」の声が物寂しく聞こえるのは、そんな背景があるからかもしれない。




その夜、僕は誰に見せるわけでもない供述書を必死になって書きました。


卵の学校宛には、『ミルク』さんは中傷的な書き込みをしていないこと。

そしてそれが結局誰であるかは不明であること。

結果的に、犯人捜しをする必要はないこと。


などを曖昧に書いておきました。

ヤーさんがそれを書き直し、学校へ提出する書類として渡してくださることになりました。


「誰かを名指ししなくていいんか?」


ヤーさんはさかさかと器用に文字を写しながら僕に尋ねます。


「犯人捜しはする必要はないと思います」

「なぜじゃい?」

「だって、皆が被害者ですよ。

生前のことを言い出したらきりがありませんから」


ヤーさんは神妙に頷くと、ぼうっとどこか遠くを眺めています。


「便利になるとは、自分の知りたくない事もどこかから入ってきてしまうのかのぅ」

「本当ですね」


僕はしんみりとヤーさんを見ました。


「そうじゃそうじゃ、李衣から伝言を受け取ってきてるんじゃ」

「あ、はい」


僕が慌てて座り直すと、ヤーさんはうむっと目を瞑ってからカッと開いたと思うと、


『私を差し置いて勝手なことして只で済むと思わないでね、ノロマサ』


と甲高い声で叫びました。

僕はその声量に驚いて、思わず椅子のまま後ろに派手な音を立てて倒れ込んでしまいました。


「っどどど、どこから声を出されてるんですか?」

「な~に、裏声じゃ」


ヤーさんは何事も無いようにしれっと言うと、僕を見てわっはっはと大声で笑いました。


僕は机に肘でよじ登って、溜息を付かずにはいられません。

きっと明日はこれ以上の雷が僕に落ちてくることでしょう。


李依乃さんの怒った顔が目に浮かび、思わずヤーさんと顔を見合わせて苦笑してしまいました。



こうして、『卵・殻の裏サイト 事件』は無事幕を下ろしたのです。









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