表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/5

エピソード4    『学校裏サイト 掲示板(その参)』


「ノロマサ、行くよ?」

「はい。ただいま」


駐在所に顔を出された李衣乃さんに、僕の隣で本を読んでいた佐波多さんが目を丸くしました。


「何だ?お前、何処行くんだ?」

「ちょっと動物園に行って参ります。

先日掴まえたハクビシンの様子も聞きたいので」


李衣乃さんがドア越しにぺこっと軽くお辞儀をしました。

僕は彼女の隣に立って二人を紹介します。


「こちらは梅さんのお孫さんの李衣乃さんです。

こちらは巡査長の佐波多さん」


佐波多さんは持ち前の爽やかな笑顔で李衣乃さんに「よろしく」と微笑んで手を出します。

「こちらこそ」と彼女もその手を取りました。


「梅さんの孫かぁ。

こんな可愛い子とどういった繋がりかとびっくりしたよ」

「僕も昨日知ったんです。縁て妙なものですね」

「本当だな。でも何で彼女も動物園に?」


佐波多さんが不思議そうに聞くのに、僕はそう言えばと考えました。


「おばあちゃんが飼育係の人と知り合いだから。

見てきて欲しいって頼まれたの」


そうです!

先日不倫騒動を起こされた辻さんは動物園の園長でした。


梅さんとも、同じ囲碁の会のメンバーです。


僕が李衣乃さんの言葉に頷くと、佐波多さんはにこやかに笑って、


「それでは、よろしくお願い致します」


と茶目っ気たっぷりに僕たちに敬礼して見せました。


「佐波多さんて感じの良いお巡りさんだね」


自転車を押す僕に並んで歩きながら、李衣乃さんはどこかわくわくしている様子です。


「はい。

とても良くして頂いております。

イケメン佐波多さんです!」


僕の言葉に、彼女は可笑しそうに笑いました。

あれ?なにか間違ったのでしょうか?


「そうだなぁ。

でも、佐波多さんは『雰囲気イケメン』じゃない?」


何と!

イケメンにも種類があるのですか。

これは驚きです。


ところで、違いはなんなのでしょう?


李衣乃さんに聞いてみますと、


「かっこいいっていうより、雰囲気でかっこよく見える人のこと」


と教えて頂きました。

どちらも同じかっこいいで、あまり差はないように感じますが。


そんな僕の内心を見透かしたのか、彼女はじろっと僕を見ながらにやりと笑い、


「アンタとは正反対」


とからかいながら駆け出していってしまいました。

僕はぽよんと突き出た自分のお腹をぺいと叩いてから、頭を掻きます。

いやはや、全くその通りであります。


でも、李衣乃さんが明るくなられて、大変喜ばしい限りです。


「早く行くよ~」


道の先から、彼女が手でメガホンを作って叫ぶのが聞こえました。


「はい、ただいま」


僕は慌ててでこぼこ道の上に、自転車を走らせます。

自転車のベルが、乾いた空気の中でチリンと良い音を立てました。


「やあ、マサちゃん。こっちこっち」


辻さんは動物園の前で僕達を待ってくれていました。


李衣乃さんは礼儀正しくぺこんと頭を下げます。

僕はふうふうと息を吐きながらそれに続き、敬礼をいたしました。


「お仕事中にお手間を取らせてしまってすみません」

「なあに、そんなことは気にしなさんな」


僕が頭を下げると、辻さんは相好を崩しました。

真っ黒に日焼けした姿がとてもセクシーです。


口元からのぞく白い歯がまさに夏の男を象徴しております。

暑い中で作業しておられたせいか、白いタンクトップには汗の模様が出来ており、重ね着をしているみたいに見えます。


つなぎの上半身部分を腰に巻きつけ、黒い長靴をがっぽがっぽと鳴らしながら歩き出します。


僕と李衣乃さんもその後に続きました。


これ程のナイスガイを、女性が放っておく訳がありません。

僕は先日起こった事件がまざまざと刻まれた辻さんの頭をじっと見つめてしまいました。


辻さんは僕の視線に気が付いたのか、ちょっと照れたように首にかけたタオルでごしごしと頭をこすりました。

磨きのかかったそのてっぺんは、つるんと太陽の光を反射して輝きます。


輝きの元には、今も掌の赤い痕が残っておりました。


「先日は見苦しいところを見せてしまって、悪かったね」

「いえいえ、そんなことはありません。その後、大丈夫ですか?」

「ま、この手形が治るまではおとなくしとくわ」


辻さんはがははと豪快に笑いました。


先達の不倫騒動とは、辻さんの三十年目の浮気が奥様にばれてしまったために起こった一大騒動です。

辻さんのお家ではよくある内輪もめだったらしいのですが、今度という今度は頭にきたのか、激情した奥様は辻さんの頭を思い切りひっぱたいたそうです。


その拍子に辻さんは柱に頭をぶつけ、脳震盪を起こして気を失ってしまいました。

慌てた奥様は、すぐさま近所の人に連絡し、辻さんは診療所へと運ばれました。


診療所へついた頃には辻さんも目を覚ましており、柱に打った部分もこぶができただけのようでした。

が、そのあまりにもくっきりと浮き上がった手形に、先生の方が仰天したそうです。


事情を聞きに僕がお伺いした時も、真っ赤に腫れた頭を見て傷害事件だと勘違いしてしまった程です。


辻さんが村を歩けば自然と目に付いてしまうため、この不倫騒動は一気に村中を駆け巡ってしまったのでした。


「これを見た若いもんが『辻さんは男前だ』なんて言うてな」


当事者はあまり反省されていないようですが、一躍村の有名人になったのは言うまでもありません。

僕はその武勇伝を感心しながら何度か聞かせていただいたのですが、李衣乃さんからすると


「色男ならぬ色黒男」


だそうで。

なんとも厳しいご意見です。



辻さんはこちらの動物園で飼育員をされております。

動物園といってもライオンやヒョウやトラなどの猛獣はおらず、

柵もあまりいらないような動物達がのんびりと昼寝をしているところです。


てくてくと歩いてきたプードルが、こちらを一瞥すると興味なさそうに僕達の前を横切って行きました。


大きなプードルで、僕よりも背が高いので吃驚しました。


辻さんに聞くとあれは「アルパカ」というラクダ科の哺乳類で、暑さに弱いため頭と足を残して毛を刈っているそうです。

なるほど、おしゃれな動物なのですね。


動物達は思い思いの格好で日陰に寝転んでおりました。


時折半分透き通った体を持つ方達が僕達に手を振ってくれました。

ぺちゃくちゃと騒がしい声に顔を向けると、あんぐりと口を開けたワニと目が合いました。


『あら嫌だ。お行儀悪いところみられちゃったわ』


そういうと即座に口を閉じてしまいます。

鋭い目が細まり、尖った歯が奇麗に並んでいます。


その隙間からにょきりと顔を出したのは、縞模様の入ったリスでした。


『ちょっと、ねえさん動かないでよ。

掃除してる最中なんだから』


リスは、僕と李衣乃さんに気付くと尻尾を振ってあっちへ行けというサインを寄越しました。


『ねえさんは神経が細かいのよ。

そんなところで見物してないであっち行って頂戴。

全く気が散るったらしょうがない』

「も、申し訳ありません」


僕が赤面して顔を背けると、辻さんが不思議そうに振り返りました。

李衣乃さんは大げさに溜息を付いて見せます。


「どうかしたかい?」

「ねえ、辻さん。

ワニって奇麗好きではにかみや?

そんでもってシマリスってお喋りで口うるさい?」

「なんだい?そら」


僕は慌てて李衣乃さんの口を塞ぐ代わりに、自分の口を塞いでワニ達の方へ頭を下げました。

後ろからは、


『だから人間ってマナーがなってないのよ』


という憤慨に満ちた声が聞こえてきます。


「す、すみません。すみません」


辻さんが、僕の謝罪を見て眉間に皺をよせると首を傾げました。


動物達独特の匂いがぬわんと立ち込める中、

僕と李衣乃さんは辻さんは動物園の中をぐねぐねと巡り、やっとの思いで宿舎へと辿り着きました。


小さな小部屋の中で、僕は孵卵器という物を初めて目にしました。

卵を人工孵化させるために用いる道具だそうです。


ガラス張りの電子レンジの中には、約十センチ程の大きさの白い卵が一つ。

それに比べて一回りか二回り程小さな黄色みのある卵が三つ載っています。

まるでホットプレート上に卵を並べ、上から蓋をかぶせたみたいです。


「本当にこれで卵温めてるんだ」


李衣乃さんは目を丸くして覗き込みます。

興味津々といった感じです。


僕はその様子をじっと見つめてから辻さんに伺いました。


「これは全部フラミンゴの卵なんでしょうか?色も違いますが」

「どうみても違うでしょ」


李衣乃さんにぴしりと言われて背を縮めます。

辻さんはがははと笑いました。


「一番でかい奴がチリフラミンゴの卵だ。

その隣はカルガモの卵だよ」


「カルガモ?」


「ああ、恐らくな。

何処からか入ってきたらしいんだが、卵だけ残っててね。

割れずに残っていたのがその三つだ。

親はいなくなっちまったのさ」


「いなくなった、とは?」

「営巣放棄だろうね。

卵を温めるのをやめて、巣を離れちまうのさ。まあ、鳥にはよくあることだ」

「そう、なんですか?」


李衣乃さんはじっと卵を見つめています。


「鳥はストレスに敏感なんだ。

フラミンゴもそうだが、自分で産んだ卵を温めることをしないものも多い」


辻さんは唸って腕を組みます。


「割と神経質で外敵が近づくと巣を放棄してしまうこともあってなあ。

完全抱卵の後はそれほどでもないんだが…

まあ誰だって神経過敏な所に追い打ちをかけられたら、仕方ないのかもしれん」


「あの、それはフラミンゴの場合も当てはまるのですか?」

「フラミンゴ?あいつらの場合雄と雌は交互に卵を温めるんだが…先日雄が死んでしまってな」


辻さんが偲ぶように僅かに目を伏せます。

僕もいたたまれなくなり目を瞑って頭を下げてから、ふと首を傾げます。


オス?


あれほど上品な言葉遣いと仕草だったので、てっきり雌だと思ってしまいましたが。

お会いしたのは、どうやら雄のフラミンゴさんだったようです。


「そのせいかどうかはわからんが、雌が抱卵をあきらめてしまってな。

先日人工孵化に切り替えたんだが。

通常なら30日前後で雛が孵るんが…今回は無理かもしれん」


「どうして?まだわからないじゃない」


李衣乃さんが無理という言葉に反応してすがるような目を向けます。


「いや、検査をしとらんからなんとも言えんが、無精卵の可能性があってな。

去年も同様、温めてはいたが雛が孵ることはなかったからなあ」


「そんな…事があるんですね」


僕達は辻さんの言葉を噛みしめながら、人工孵化されている卵を眺めました。

無精卵の場合、卵が孵える可能性はありません。

また、卵自体も命を持っていないため、霊体となることも不可能です。


あれほど卵のことを気にかけていたフラミンゴさんになんと告げれば良いのでしょうか。

意気消沈して項垂れる僕の横で、李衣乃さんがじっと卵に魅入っています。


例えそれが孵らぬ卵だとしても、そんな事はどうでもいいといった様子で瞬きすらしていません。

その姿に気づかされます。


まだ希望を捨てることはないと。

力一杯頷いた僕に、辻さんが不思議そうに頭をかきました。


森の中から、


「テッペンカケタカ」


と響く、綺麗な鳴き声が聞こえました。

僕はどこで鳴いたのかもわからない鳥の行方を追うように、孵卵器から顔を上げて森を見つめました。



僕はその夜、早速買ってきた鳥類図鑑を開いて調べ始めました。

確か、ミルクさんとクルミさんは半分透き通った赤味のある「チョコレート色」です。


鳥を調べるのは楽しいのですが、卵の色を調べるとなると、なかなか大変な事に気付き、僕は頭を抱えました。

参りました。

さっぱりです。


「ぐ~ぐが~、ぐ~ぐが~」


この眠気を誘う声は、僕の頭の上で大の字に寝っ転がっているヤーさんのいびきです。


なにくそ、諦めてたまるか。

僕は地道にページをめくります。


ここは中部地方に当たるので、その近辺に生息する鳥から絞り出します。


皆さん、なかなか綺麗ですね。


汗を拭いながら思わず、感嘆の息を洩らしてしまいます。

鳥にこれほど種類がいたというのも驚きです。


そう言えば、僕はふと昼間の動物園での出来事を思い出しました。

とても綺麗な鳴き声を聞きましたが、あれはどなたでしょう?


泣き声で探し始めます。

こういうことをするから、僕はいつまでたっても書類の整理が終わらないんです。


「あ」


なんと!見付けました。

素晴らしいです!


図鑑に載っていたのは、

「ホトトギス」


詳細を読んでみますと、なるほど、なかなか情緒あるその声は様々な歌人に読まれている様です。


物悲しい泣き声。

とも載っており、はて?と疑問が湧き上がります。

何が悲しいの でしょう?


ページをめくる内に、僕はそこに書かれている事にショックを隠しきれません。


こ、これは。

確かに何とも切ない話です。


そして、卵の色を見てまたまた仰天しました。


「ややややっや、ヤーさん!起きて下さい起きて下さい!!」


僕のどもり声に、ヤーさんは頭から机の上にほいっと投げられました。


「なんじゃい、やかましいのう」

「ここ、これです。見て下さい」


ヤーさんは眠たそうに目を擦りこすり、僕が指し示す部分を見つめました。

と、即座にがばっと体勢を整えます。


「こりゃあ…」


ヤーさんが目で追っている間に、僕は先日の『殻の裏サイト』の用紙を広げました。


「こ、この子、この子です」


なんども読み返して、いくつかチェックを付けた一つを指さしました。

ミルクさんを名乗り書き込みをしていたと思われる投稿者です。


「この、『アクア』と『ルリ』と言う子です」


僕は図鑑のページを捲ると、別の部分を指さします。


「二人は、この姿ではなかったですか?」


そこには、青緑色の卵が載っていました。

ヤーさんは僕を見ながら、静かに頷きます。


「けれど、おかしいわい。親は知らんはずなのにのう」

「誰かが吹き込んだとか?恨んだりするものでしょうか?」


眉を下げて話す僕に、ヤーさんはゆっくり首のような部分を振ります。


「多くの卵がおる。それを恨んでおったら切りがない。恐らく、違うのぅ」

「じゃあ…」

「確かに絡んどるとは思うが」


僕とヤーさんは顔を見合わせました。

一番、難しい問題が勃発してしまいました。


この裏サイトの投稿者は、恐らくはルリさんです。

ですが、本人に聞くにしても全てが露呈してしまう。


最悪、ミルクさんとクルミさんにも害が及んでしまいます。

僕たちは一晩中案を出し合いましたが、良い答えは見つかる気配すら見えませんでした。


「今日のことは内密にお願いします」

「うむ、わかっとる」


明け方、ヤーさんは透明な壁をぱたたたったと登って姿を消しました。

ほぼ同時に入ってこられた鷹野木さんが、僕の顔を見てぎょぎょっとしました。


「お前、夜中に何があった?」


「何も、ないです」


僕はしゅんとなって肩を落としました。

鷹野木さんは詮索するていでもなく、交代の準備をしています。


「あの、お聞きしてもよろしいですか?」


げっそりとした僕が尋ねると、鷹野木さんは鋭い目でこちらを見ながらゆっくりと頷きました。


「他人が立ち入れないような事情があったとして、

それでも何かを伝えたがっている子がいたら、

その子に会うべきでしょうか?」


訳の分からない説明になってしまいました。

もう頭が限界の様です。

項垂れている僕を鷹野木さんは真っ直ぐ見つめて告げます。


「伝えたい子に会えばいい」

「ですが、会ったら全てのことが公になってしまうかもしれないんです」

「公に出来ないことなのか?」

「・・・え?」


僕は躊躇しました。


「知らなくていいことを知る必要はないと思います」

「本当に、知らないのか?」


この言葉に、僕はがばっと顔を上げました。

鷹野木さんは、そのままじっと僕を見つめています。


確かに、分かりません。

でも、もし知らなかったら?


胸がドクンと大きな音を立てます。


「最善の答えなんてもんはない。

いつでも結果は後から付いてくる。

何を悩んでるか知らんが、少し休め。

そんな頭で考えたって良いことは浮かばないぞ」


そう言うと、自分の席に座られてしまいました。

最もなご意見です。


僕は「有り難うございました」と述べて深々とお辞儀をしてから、駐在所を後にしました。


家に着くと、着の身着のまま、ベットにふらふらと倒れ込んで泥のように眠りこけたのでした。









評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ