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エピソード2    『学校裏サイト 掲示板(その壱)』


朝方になると、交代に来た一番貫禄のある鷹野木さんに後をお願いしまして、

僕は青いノートを持って家に帰りました。


次の出勤は翌日の朝です。

翌日はお昼過ぎに起き、ノートの中身を反芻しました。


本日も太陽がかっかと燃え盛っており、暑くて汗がだらだら流れます。

それを手拭いで拭いながら、外で鳴く「みーんみんみんみんみん」の声に耳栓をして考えを巡らせました。


何故僕なのだろう?


疑問は昨日から変わりません。


その後、制服の泥を必死になって落とし、夕方近くに家を出ました。

少し涼しくなったことにほっとします。


ヤモリさんの言葉からしますと、恐らく駐在所付近へ来ると言うことなのでしょう。

私服で駐在所へ行くと、見回りから返ってきていた佐波多さんが珍しそうに僕を見つめました。


「どうした?今日は休みだろう?」


「はい。ちょっと約束がありまして。


あの、この辺に女の子来ませんでしたか?」


佐波多さんは、なにやら計り知れない顔で僕を見ています。

最近は警察官の不祥事も多いですから。


僕は声を潜めて、上目遣いに佐波多さんの疑惑を払拭します。


「大丈夫です。変な事じゃないです」

「嫌、そうじゃないけど珍しいなって」


珍しい?


不思議そうに長身の佐波多さんを見上げました。


彼はにやにやした顔でこちらを見つめています。

何だろう?と僕は首を傾げます。


「おじいちゃん、おばあちゃんと囲碁の会に参加してると思ったら、今度は女の子。忙しいな」

「よく分からないもんで。一応護衛です」

「護衛?」


佐波多さんは益々意味の分からない顔をしました。


そして少し落とした声で言います。


「個人であまりそういうことを引き受けるのは良くないぞ?」

「十分承知しています」


僕が頷いた先に、ショートパンツに膝上までの靴下を履いた女の子が歩いてくるのが見えました。

しかし、彼女の履いている靴下は右左の柄が全く違います。


僕たちは思わず、目をパチパチとさせてしまいました。


あの靴下はわざとなのでしょうか?

間違ってしまったのを気づいていないのでしょうか?


佐波多さんもぽかんとした顔で眺めています。


キャミソールを着て、左上に一つに結わいた長い髪が歩くたびに左右に揺れています。

日に焼けて赤くなった顔はとても整っており、どこか知的な雰囲気を漂わせています。

この辺りでは珍しく垢抜けた子です。


彼女が『花音』でしょうか?


しかし、彼女は僕達に見向きもせずに前を通り過ぎて行きます。


違うのかな?と思っていると、その背中に昨日のヤモリさんが掴まっており、

「こっちこっち」と手招きをしました。


相変わらず白く半分透き通っています。


夜しか現れないと思ったら、そうでもないようです。

僕の幽霊概念は覆され、ほうと感嘆の息を漏らしました。


佐波多さんを見上げると、ロダンの考える人のポーズを取っていました。

あの靴下について考えているのでしょうか?


ですが、どうやらヤモリさんは見えていない様です。


「あ、はい。ええと、それでは失礼します」


僕はヤモリさんに返事をして、佐波多さんに挨拶をしてからその子の後を追いました。


乾いた風に、夏の臭いが混じっています。

その風を受けて、あちこちでカエルが鳴き始めました。

毎夜大合唱が聞こえてきますから、今もその発声練習なのでしょう。


舗装されていない畦道をその子の後を静かに着いていきます。

もしヤモリさんがいなけえば、不審者に見える間隔です。


その子は、男の子達が楽しそうに遊んでいるのに見向きもせず、

鮮やかなスニーカーの足で水たまりを避けながら、ひょいひょい進みます。


僕はその軽快なリズムに付いていけず、ぜーぜーと息をしながら汗を拭いました。


「でえじょぶかい?アンタ重そうだねえ?」


いつの間にこちらへ来たのか、ヤモリさんが頭の上で呆れた声を出しました。


「しょ、小学生はなかなか、体力ありますね」


僕は荒い息を整えながら、ふうと溜息を付いて前を向き直しました。

と、先ほどまでそこにあった彼女の姿は見あたりません。


「あれ?」


慌てて四方八方振り向きますが、どこにもおらず。

すると、頭の上でヤモリさんがのんびり言いました。


「わしが連れてってやるよ。ただし急がんと間に合わなくなる」

「え?何にですか?」

「決まっとるじゃろう?授業だよ」


授業?僕はその言葉に目をぱちくりとしました。


ひぃひぃ言いながら階段を上り、着いた所は神社の境内でした。

周りを杉の木で囲まれ、階段以外から入る所はなく、ちょっと薄暗い所です。


地面の土はむき出しのままで、雑草があちこちに生い茂っています。

木に括り付けられたコードには、ぼんぼりが並んで下がっていました。

勿論あかりは灯っていません。


驚くほど静かで、僕はかいた汗をぶるっと震わせました。


何やら薄気味悪い気がしまして。


「遅いじゃない。もう始まっちゃうわよ?」


滑舌の良い高めの声に振り向くと、先ほどの少女が桜の木の幹に寄りかかって腕を組んでいました。


良かった。

追いつきました。


僕が近寄ると顔を顰めたのが分かったので、


「あ、す、すいません。気をつけます」


と急いで離れました。


びっしょりと濡れた脇の下をくんくんとかぎます。

きっとかなり汗臭かったのでしょう。


僕は彼女から少し離れた場所で成り行きを見守る事にしました。


「あ、あのう、貴方が花音さんでよろしいのでしょうか?」


彼女は僕を見ることもなく、つんとした顔で前を向いています。


「私は李衣乃」


「そうですか、それは大変失礼致しました。私は」


「ノロマサでしょ?」


その呼び名にびっくりです。

このあだ名はそれ程広がっていたのでしょうか?


少し感激してしまいました。


「何涙ぐんでるの?意味わかんない…」

「あ、皆さんに知って頂いてると思うと嬉しくて」


李衣乃さんは心底呆れた顔をしてからふんと顔を背けました。


「本当は『花音』が来るはずだったんだけど、急遽予定が入っちゃって。

私がピンチヒッターで来たの」


なるほど。

頭の上でヤモリさんが居眠り途中にかくんと頭を下げたのが分かりました。


李衣乃さんも友情に厚い、とても良い方だということが伝わってきます。

嬉しい限りです。

ですが、ひとつ疑問が浮かび上がりました。


「あの、失礼を承知でお伺いしますが、貴方も見えていらっしゃるのですか?」

「何が?」

「ええと、ヤモリさんの様な霊体の方を」

「見えてるから居るんでしょう?こいつ、本当に使えるの?」


李衣乃さんは疑いの眼差しで、僕を上から下まで品定めするように見ました。


僕が笑って頭を掻くと、しかめ面をふんと背けてしまわれました。

頼りなくて大変、申し訳ありません。


しゅんと肩を落としてから彼女の色鮮やかな可愛らしいスニーカーを見て、はて?と思い返しました。

何処かで見た記憶があったのです。


「あの、李衣乃さんとお呼びして宜しいですか?」


彼女は何も言わずに前を向いています。


「以前、落とし物を拾って下さって交番までいらして下さいませんでしたか?」


僕が両手を前で合わせてにこにこと体を揺すると、彼女は流し目で僕を見て頷きました。


「やはり。有り難うございました。

数日後、落とし主の方が現れてお礼を申しておりました。

梅さんという古いお屋敷に住んでおられる方なんですが、是非貴方にお礼をと言っておられました。

お会い出来て本当に良かったです。

今度梅さんにも報告しておきますね」


「あっそ」


素っ気なく言って李衣乃さんは長い足を組み替えました。


彼女が拾得物の書類を書いて下さらなかったのでお礼が出来ずにいたのです。

僕はほっとして、この巡り合わせにとても感謝しました。


にこにこしている僕を、李衣乃さんは不思議な目付きでちらっと見ただけでした。


その時、

ジ、ジジ、ジ、ジジジと変な音がし始めました。


ぐるりと周りを見渡すと、

先程まで消えていたぼんぼりが飛ばし飛ばしに点いたり消えたりを繰り返しています。


辺りがぼんやりと明るくなったり暗くなったりを繰り返します。


僕は昨日の事を思い出して、ごくりと唾を飲み込みました。

喉からへんな音が出て、李衣乃さんが顔を顰めます。


す、すみません。


「そろそろ登校時間だぞえ」


ヤモリさんが頭の上にぴんと立って、一本の太い杉の木を見ました。

僕は目を細めてから首を傾げてごしごしと目を擦りました。


暗くなってきたからでしょうか?

地面から半分くらいの所がレンズを通して見るように、ぐんにゃりと曲がっていた気がしたのです。


それに気温も一気にすうと下がり、寒いくらいです。


李衣乃さんは腕時計を見ながらヤモリさんに言います。


「ヤーさん、終わった後の方が良いかな?先に話聞く?」


ヤーさん?

僕は膝に手を突いて、腰を曲げてじーっと見ていた姿勢のまま李衣乃さんを振り返りました。


「ヤ、ヤーさんてどなたですか?」

「わしじゃい」


ヤモリさんがひょーいひょいと僕の頭の上で二、三度高く飛び上がります。


「そ、そうなんですか。私もそう呼ばせて頂いてよろしいですか?」

「おう、好きにしろい」


ヤモリのヤーさんは、無い壁をぺたたたたたと下へ降りて行きます。


「先にするぞ。坊主を捕まえる」


坊主?お坊さんでも出てくるのでしょうか?


僕はそのどんどろとした空気に背中をべろっっと舐められた様で、鳥肌がぶわっと立つのを感じました。


百鬼夜行の様な物が始まるのでしょうか?

空想の世界の鬼に食べられてしまわない様に、じっと息を殺してひや汗をだらだら流し続けていると。


どん、どどん、どん、どどん、どん・・・


低い太鼓の音が杉の幹から聞こえてきます。


そのぐにゃりと歪んだレンズの部分がぼんやりと白く浮き上がりました。


く、来る。

僕は李衣乃さんのもたれていた桜の木にひしっとしがみつきました。


〝た~たらららら、た~たらららら、た~たららたったたったたっっ、たららら♪〟


あ、あれ?どこかで聞いたことのある音楽が・・・


“あ、る、こ~。


あ、る、こ~、


わたしは元気~。


歩くの大好き~、どんどんゆ、こ、う~”


それにつられて丸々したものがひょこひょこと出てきました。

皆きゃあきゃあと楽しそうに。


言うまでも無いですが、空中を跳ねる様に歩いているのです。


このテーマ曲に乗って、と言うより皆が歌っているのです。


中には往生してころころ転がっている者もいました。

た、確かに登校です。


皆さんそのまま社の中へすうっと吸い込まれるように消えていきます。


僕は『シェー』のポーズを取って固まったまま、

前を楽しそうにゾロゾロと飛び跳ねていく半分透けた卵達をぽかんと眺めていました。


このあまりに不思議で奇妙とは言い難い可愛らしい行進を、

僕はそのままの姿勢で眺め続けました。


ぼんぼりには柔らかいあかりが灯り、飛び跳ねながら不思議そうに僕を見る生徒達に、我に返って慌てて頭を下げます。


「行ってらっしゃい、気をつけて」


大声で言ってから馬鹿だなとへこみました。

皆さん亡くなってらっしゃるのに気をつけては無いよな、と。


ですが、


「はーい」

「いってきまーす」

の声が返って来ました。


僕は嬉しくなり、頭を上げて涙を一杯に溜めていました。

何て強い子達なのだろう。

ここにいられて、とても光栄です。


ズボンからハンカチを出すと、鼻をずびっとかみました。


「何なの?このおっさん?」


李衣乃さんが本当に意味不明の顔をして僕を見ています。


「李衣乃さんはこの登校を見たことがおありなんですか?」


僕はぐしゃぐしゃになったハンカチをポケットにしまいます。

彼女は何も言わず、ヤモリのヤーさんの方へすたすた歩いていきます。

僕も、急いでそれに従いました。


ヤーさんは行列の上で浮いており、皆さんに声を掛けて手を振っています。

慕われているお爺ちゃんと言った所でしょうか?


「おう、ミルクとクルミはちょっと残ってくれるか?」


ヤーさんに呼び止められた二つの透き通った卵は、その場でくるくると回転して行列から抜けました。


ミルクと呼ばれた方は割れた上から、クルミと呼ばれた方は割れた真ん中から真っ黒な目だけを覗かせました。

二人ともなぜ止められたのか分かっていた顔付き、もとい目付きです。


半分透き通った赤味のあるチョコレート色といった所でしょうか?

それ程大きくもない彼らはくるくると回り続けています。


ふと目が合いました。

これはいけません。

自己紹介しなければ。


「は、初めまして。榊と申します」


「ノロマサ」


「あ、はい。ノロマサと申します」


李衣乃さんの低い声に慌てて言い直した僕を、二人は可笑しそうに笑いながら交互に飛び上がりました。

なんて可愛らしいのでしょう。

暫く、卵は食べられそうにありません。


その場に正座をしておずおず手を差し伸べると、彼らは僕の手の上に載ってくれました。

いえ、重さは感じないんですが、ほんのり温かい様に感じられました。


僕が顔を近づけると、きゃあと言って中に隠れてしまいました。


「目しかお見受け出来ませんが?」


僕が笑いながらそう言って覗き込みますと、


『目、以外はまだない時にしんじゃったから』


ミルクと呼ばれた卵さんがころんと一回転して答えました。


不躾なことを聞いてしまいました。

なんとデリカシーのかけらもないのでしょう。


僕が頭を下げたのに対して、ミルクさんとクルミさんは可笑しそうに笑ってころころ転がります。


『気にしてないから』

「とてもお優しいのですね。有り難うございます」


僕はミルクさんとクルミさんに励まされ、二人を抱きしめました。

二人の感触はありませんが、半透明な姿を点滅させ、どこかくすぐったそうでした。


僕らが遊んでいる姿を、李衣乃さんは驚いた顔でじっと見つめています。


ヤーさんは、彼女の頭の上に胡座をかいて優しく頷きました。


「あのお人が言うたんじゃ。やはり間違いないのう」


僕は、巡査官としてこの地に赴任してこれて、本当に良かったと思いました。


卵の行進は五分程続いた後、静かにぼんぼりの灯りと共に消えてしまいました。


僕が二人を持ったまま、ヤーさんが李衣乃さんの頭に載って対談ならぬ座談会が開かれます。


「実はのう、変な書き込みがあってのう」

「書き込みですか?一体どちらにでしょう?」

「サイトよサイト。裏サイト。アンタ警官でしょ?

学校裏サイト知らないの?」


僕はなるほど、と大きく頷きました。

それは存じております。

様々な事件の引き金にもなっている様です。


しかし、それは人間界の事ではないのでしょうか?


「存じておりますが、見たことはないもので」


僕がそう言うと、李衣乃さんは溜息を付いて、ぱちっと手早く携帯電話を開けてサイトに繋ぎ始めました。


「これよ」


突き出された携帯電話に映し出されていたのは、確かに『裏サイト』と書かれてありました。


「どちらの学校のですか?」

「東京の。こんなど田舎の学校に有るわけ無いでしょ?」


李衣乃さんは殊更『ど』を強調して言いました。


そうですよね。

僕が覗き込んだそこには、なんと中傷の嵐でした。


誰かを非難したり、ターゲットを決めてめった打ちにしたり。


これを読んで、悲しまない方はいるんでしょうか?

なぜこんな事を書き込むのでしょうか?


僕はあまりのことに打ちひしがれて、顔面蒼白になり項垂れました。


李衣乃さんはそんな僕を見て、二つ折りの携帯電話をぱくんと折り曲げてから、


「これが普通なんだよ」


色のない声でそう言われました。


普通ってなんでしょう?

僕らの時代には無かったものです。


止める術はないのでしょうか?

何も出来ない自分が、悔しくてなりません。


その時、膝にヤーさんが載って、僕を叩いてくれました。

しっかりしろと。


感触はなくても、霊体の方に触れられると様々な思いを強く感じます。


そうですよね、こんな所で落ち込んでいたって何の解決にもなりません。

目の前の事をまず見なければ。


「有り難うございます」


そうヤーさんにお礼を言います。


「便利になってくるとやたらと問題が起きてのう。それは人間界だけじゃないんじゃ」


ヤーさんの言葉に思わず納得しました。

全くその通りです。


するとここでまた別の疑問が浮かんできます。


僕は首を傾げながら卵のお二人に向き直りました。


「あの、ミルクさんとクルミさんも携帯電話をお持ちなのですか?」

『あたりまえじゃん』

『携帯、持ってない子なんていないよ?』


二人の言葉に心底吃驚しました。

あわあわあわ、と泡を吹いていると、ミルクさんが使用している携帯電話を見せて下さいました。


我々が使っている物よりも小さく丸くてコンパクトです。


ほう、こんな携帯電話が普及しているのですね。


「使い方を見せて頂いてもよろしいですか?」

『いいよ』


ミルクさんはその小さな携帯電話の様な物を、縦ではなく横に開けました。

そして、映写機の如く前に座っていた李衣乃さんの服に映し出します。


「おお、これはすごいですね」


僕は思わずそれに顔を近づけました。


その途端、

「変態」

と、李衣乃さんに平手ビンタを食らってしまいました。


申し訳ありません。

初めて見るものについ興奮してしまって。


頭を掻きながら謝ります。


「これは卵携帯なんじゃ。殻の内側に映して見るようになっておる」


ヤーさんの解説に両腕を組んで何度もこくこくと頷きます。

なるほど、一人映画館という訳ですね。


誰がお作りになられたのでしょうか?

良く考えておいでになられる。


「それで、その変な書き込みのされたサイトというのは?」


僕がヤーさんに聞くと、ミルクさんは僕にそのサイトを映しだしてくれました。

今度は李衣乃さんにではなく、桜の木の幹に。


『卵用のサイトなんだ』


そこには先ほど見せて頂いたのと同様に、書き込みがずらずらとされていました。

次々に映し出される内容を見て、はて?と僕は首を傾げました。


ヤーさんも李衣乃さんも黙って見ておられます。


僕は苦い思いでミルクさんに尋ねました。

ミルクさんは中に入ってしまわれています。


「こちらに書き込まれている中に、貴方のお名前を拝見致しました。

間違いありませんか?」


ミルクさんは俯いて黙っています。

僕は落ち着かせる声で聞きます。


「しかも全て投稿された名前に〝ミルク〟とあります。

この投稿者は貴方なのですか?」

『ミルクはそんなことしない』


クルミさんが庇うように幼い声を挙げます。


「クルミさん、お気持ちは分かります。

ですが、貴方を中傷する内容もあるのですよ?」


クルミさんはびくっと跳ねてから、悲しそうに中に入ってしまいました。


「ミルクさん、大丈夫です。

私は何もこの書き込みが貴方で、貴方の事を非難しようと思い言っている訳ではありません。

正直に言って下さったことを、私は貴方を信用します」

『そんなことしてない』


ミルクさんは消え入りそうな声で小さく呟きました。

僕はゆっくり頷くと、ミルクさんをそっと包みます。


「私もそう思います。

私は貴方を信じていますから」


ミルクさんは上が割れた殻から目だけを出して、ぽろぽろと涙を零しました。


「大丈夫です」


そう言った僕に、身を委ねるようにわんわんと泣きました。

きっと見付けた時から身の凍えるような思いをして一人でお辛かったのでしょう。


僕はそんなミルクさんを、ずっと優しく包んでいました。


相手が見えないからこそ書き込むのに偽名を使っても問題ない。

そんな心ない、悪戯にしては酷い仕打ちが、サイトの中にははびこっているのでしょう。


「このサイト、何という名前のサイトなんですか?」


「裏サイトじゃ。卵・殻の裏サイトじゃ」


そうしてこの『殻の裏サイト 事件』は幕を開けたのです。





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