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ふさがれる帰り道 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 こーらくん、もしも道を歩いているとき、向かいから来る人が道を塞いで来るように動いたら、どうする?

 バスケットボールの試合とかなら、よく見る動きかもしれない。しかし、それが道の真ん前でされたら、どう思う? 図体のでかさで元から塞がれるでなく、ちょこちょこと動き回られたらさ。

 まず、気持ち悪いと思うだろう。次にどうにか避けたいなと思うだろう。許されるなら、はたき倒したいとさえ思うだろう。


 きっとそれは本能的に正しいもの。それでいて世界的には判断のつきかねるもの。

 個人にとっては、この身こそがすべての源。世界がどうなろうかなんて大ごとよりも、自分の身の方が何より大きい。

 たいていその直感は正しいのだけど、答え合わせは身をもって知るしかない。

 僕の以前の体験なんだけど、聞いてみないかい?



 あれは社会人になってから、一年ほどが経ったときだろうか。

 多少は仕事に慣れてきたとはいえ、それなりに遅い時間になることも多い。その仕事場から駅までの10分たらずの道も、終電のためには長く感じられることもあった。

 その晩もガードレールに守られた歩道に沿って、先を急いでいたのだけど。


 何メートルもガードレールが途切れない、長いストレートへ差し掛かったとき、向こうから来る人影があった。

 先に僕がこのレール付きの道を歩いていながら、そのまますっと、同じように歩道へ入ってきたものだから、ちょっと緊張したよ。

 道幅は二人がようやく並べるほどしかない。たいていは、このストレートに遅れて差し掛かった側が車道側に出ることで、道を譲ることがほとんどマナーとなっていた。

 これが小柄な子供相手だったらまだゆとりがあったものの、今回の相手は自分とほぼ同じ背格好。すれ違えこそすれ、肩くらいはこすれるかもしれない気がした。


 小さい時ならいざしらず、ある程度の歳以上になってからは、人からむやみに接触されるのは不快に思う人は増えると思う。僕もそのうちのひとりだったが、もう逃げを打つにはこの道に踏み入りすぎている。

 ここで後戻りしたり、ガードレールをまたいだりすれば、相手からその所作が丸見えだ。

「あんたとは『お近づき』になりたくありませんよ」という雄弁なアピールすぎて、受け取る側によっては、それだけで悪感情を抱かれかねない。礼を失した関係は、何をもたらすか分からないものだ。

 僕はそのまま歩いていく。互いに進んでいるから、その接近も早く、スーツ姿の僕に対して、相手は前を開いたジャンパーに、ジーンズを身につけたやや年上くらいの男性と見たよ。

 顔はまじまじとは見ていない。

 すれ違う際に、相手の顔をじっと見ながらいくのも、これまた失礼だからね。「わ、すげえ顔」と、目が離せずにいるのだと、相手にとられたときには、どうなってしまうのか。

 極力、そっぽを向きながら、近づいてくる男に対して端によって、かわそうとしたのだけど。


 ぐいっと、男が同じ側に寄ってきた。

 はじめは酔っぱらっているなりして、足元がおぼつかずに、ふらついたのかと思ったよ。

 それが左に寄れば左、右に寄れば右としつこくくっついてくる。


 ――こいつ、やばいヤツじゃないか。


 ちらりと、脇のガードレールを見る。

 前言をひるがえして、もうまたいでしまおうかと思った。こんな相手と、一瞬だって触れあう確率は減らしたい。

 つっとガードレールに寄っても、またそいつはついてくる。明らかにわざとだ。

 もう遠慮はいらないと、片足上げてレールをまたぎだしたところで。


 不意にそいつは加速してきた。

 まだ残っていた数歩くらいの距離をあっという間に詰め、僕の肩へぶつかってきたんだ。

 またぐことへ気をやりつつあったから、踏ん張りをきかせそこねて、あやうく車道へ横倒しされるところだったよ。

 体勢を整えたときには、すでにそいつの影はずっと遠くへ。追うどころか、文句を浴びせてやることもできなかった。

 仕事終わりの疲れもあって、苛ついている。つい小さく恨み言を吐きながら立ち上がり、電車の都合もあって、あらためて先を急いだんだよ。

 どうにか間に合い、募る不快感のまま、着替えてすぐにふて寝を決め込んだよ。


 いっそう、気を払うようになった行き来の道。

 ここを通らない選択もなくもないが、道のつながり方から考えると、少し遠回りが過ぎる上に、途中のスーパーに寄りがたくもなる。

 仕事場でそのままご飯を食べる派の僕にとって、出勤前に弁当をここで買ってしまうのが習慣になっていた。

 出勤時間でも、すでに開いている営業早めのお店。そこで用を済ませて仕事場へ歩いていったんだ。


 そして例の道。

 今度ははっきり見える。道の先に立つ、これから山に登ろうかという重装備をした、中年の男性の姿が。ひげをたっぷりたくわえたその顔、あの晩のあいつとは異なる相手のはず。

 この時も、僕が先に歩道へ入っていた。けれども、夜のあいつと違って男性は道を譲ったまま、ガードレール端から動かずにいる。

 わきまえてくれる人で助かったと、僕は足を早めた。急ぎたいのは向こうも同じだろうし、気づかいにこたえなくては……と、この時はその一心だったよ。


 それが道の終わり。譲ってくれた男性の真ん前まで来た、ほんの一瞬で。

 どんと、横合いから衝撃を受けた。

 またもぐらつかされるが、仕事前ということもあり体力がある。あの晩みたいに倒れ掛かることはなく耐えたものの、よもやの事態に一瞬、思考が停止しかけた。

 クラクションの音が響く。見ると、あの重装備の男性が車道を渡っていくところで、その遠慮ない動きに、ドライバーが抗議の音をかもしながら急ブレーキをかけていたんだ。

 男性はろくに車を見やらず、ドライバーもまた先を急ぐ身なのか、男性が目の前からどくや急発進。黄色に差し掛かった車用の信号を突っ切り、彼方へと去っていく。



 押された。またしても。

 いらだちとともに、少し気味の悪さを覚えたよ。いったい、自分はなんの恨みをかっていたんだとね。

 ミステリーものの小説を読んでいた影響もある。あの二人がはかりしれない因縁で、僕とつながっているやもしれない、とも思った。

 いち読者であったなら、すでに背景も明かされ、納得してしまう行動なのかもしれないが、あいにく僕はこの世界のいち登場人物に過ぎない。

 当然かつ必然も、呆然かつ偶然と受け取るよりなかった。

 仕事中も、ふとした拍子に押されたところをなでてしまう。彼らはいったい、なぜに僕へ触れようとしてきたのだろうと。

 その日の仕事は定時あがりということもあり、そうっとまたくだんの道の様子を見てみる。

 触られこそしなかったが、スーパー対面にある紳士服の店。

 その道路に面した駐車場入り口わきに、長い首でおじぎをするようなタカサゴユリが一本生えていたんだ。

 ふと記憶をたどってしまう。あの手の草花が店の入り口から排水溝までのわずかなすき間で顔をのぞかせることは、なくもない。

 けれども、ああして堂々と生えていると前々からあったか、覚えに自信がなくなってしまうんだ。



 いぶかしく思いながらも、僕はそのまま駅で電車に乗る。

 たまたまガラガラの車両に乗れて、これ幸いと8人がけほどの座席の端っこに陣取り、荷物を置いて目を閉じる。

 社会人になってからの、至福の時間のひとつだ。暗闇が覆ってきてからほどなく、記憶が少し飛んでしまったよ。自覚はなかったけれど、疲れていたんだなあ。

 それでも、今まで乗り過ごしたことはない。めぐり合わせがよくて、毎度目的の駅の前で自然と目が覚めるからだ。

 けれども、その日は違う。


 どん、と座っている肩を押されて目覚めた。

 顔をあげた先を見て、息を呑む。先ほどぶつかられた肩の延長線。席を立ったばかりでこちらへ背を向ける乗客は、今朝見た男とそっくりのいで立ちをしていたからだ。

 おりしも駅へ電車が停まる。男はそのまま手近なドアから外へ出て行ってしまい、僕はついその姿を目で追ってしまった。

 彼以外に降りた者はない。その姿も駅の名前を掲げる一本の柱の影へ重なるや、それきり出てこなくなってしまったんだよ。


 隠れているのか。

 衝動的に電車を降りて確かめた僕が見たのは、柱の裏に生える一本のタカサゴユリ。

 あの紳士服の駐車場前で見たものと同じ一本だったんだ。


 夜にぶつかってきた奴と、朝と今も接触してきた男性。

 二人、と称していいかは分からない。ただ彼らは僕を仲介として、繁殖かそれに類することにのぞんでいたんじゃないかと思うんだよ。


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― 新着の感想 ―
[一言] わざとぶつかってくる人って実際にいますが、あれってすごく怖いですよね……。何か言って逆ギレされても怖いし、でも泣き寝入りもモヤモヤします。 今回被害に遭った彼は、花粉を運ぶ昆虫のような役回り…
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