レディ・オスカル
「アンドレ!」
「お、オスカル……」
「アンドレーっ!!」
「オスカル……」
「どうしたぁ、味方の砲撃音が聞こえないぞ!! 撃て! 落とせ! むしり取っちまえ! なにがあってもバスティーユを落とせってんだよ畜生めが!!!」
「い、いや、そんな元気なんだったら自分でなんとかしようよ!」
仕方なく自分の奇行に付き合ってくれている様子のアデルが台本から顔を上げ、派手な軍装と軍靴で完全武装し、勇壮な男装の麗人と化した私を見た。
相変わらずこの人はツッコミ性だなぁ、と私は呆れ、カツラである金髪を大きく掻き上げた。
「もう、ノリが悪いなぁ。感動のシーンじゃないですか。水をささないでくださいよね。もう間もなくオスカル死ぬんですよ?」
「だってだって今の君の口調、もう間もなく死ぬような人間の口調じゃなかったじゃん。むしろそんな元気なら単騎突撃でバスティーユ牢獄も落とせる感じだったっていうか」
「いくらオスカルでもそんな無茶しませんよ。でもホント名作ですよねぇ『ベルサイユの韮』。ロングラン公演してるのも頷けますねぇ」
「そ、そんな気の抜けたタイトルの作品なんだなコレ。韮って……。それで、今日の君はその主人公であるオスカルとやらみたく、着飾ってる訳か?」
へっへん、と自慢気に鼻を鳴らし、真紅の軍装を手で示し、あらかじめ用意してあった薔薇を口に咥えた。
最初はもっと派手な格好のほうが目につくかと思ったのだけれど、ステイサム師が所有していた金髪のかつらまでつければ、これはこれでなかなか豪華で優雅である。
「御名答。どうです、カッコイイでしょう? 如何にも女を捨てた女の感じしますでしょう? どやどやどや?」
「そりゃカッコイイけど……どうせ飾るならマリー・アントワネットの方がよかったんじゃないのか? 飾り甲斐はあっちの方があるだろ?」
「オッ、遂にアデル様が飾り方の指南までしてくるようになりましたか」
私が指摘すると、はっ、となったアデル様が気まずく押し黙った。
してやったりの笑顔で私は笑った。
「それに今日は執務の手を止めて私の小芝居に付き合ってくれている……ふむふむ、飾った甲斐は確実に現れてきてるようですね。よしよし」
「……うるさいよ。ただ言ってみただけじゃないか。それにマリー・アントワネットだろうがオスカルだろうがアンドレだろうが、私が君を愛することは絶対にない。毎日言わせるな」
「愛することはなくても慣れてはきてくれてますよね? よかったよかった。……うーん、でもちょっとやっぱり胸がキツいなぁ。サラシでは潰しきれないんだよなぁ。オスカルは小さかったから気にならなかったのかなぁ」
私がボソボソと不平を述べると、ぐっ、とアデル様が視線を背けた。
あ……と気づいた私も、殿方の前で流石にはしたない話題だったかなと舌を出した。
「一応聞いときますけど――触ってみます?」
「さっ、触らないし揉まないッ! 何考えてるんだ君は! っていうか聞くなよ!」
「だってこれでも私は奥様ですよ? 契約結婚したときから書類上はアデル様のものなんだし、夫として遠慮とかは全然……」
「ああもう、なんでそんなに自分を大事にしないかな君は! もう少し自分を大事にしろ!
こんな契約結婚とか言い出す旦那に触らせていいもんじゃないだろうが!!」
アデル様は真っ赤になった顔で私を叱った。
なんでんかんでん、この人は私のことを大事に思ってくれてるんだなぁ……と思い、十九年経ってようやく目覚めた乙女心がトゥンクトゥンクと喜んだ、その時。
「旦那様、至急確認していただきたい手紙が――」
そう言ってドアをノックしたのはソフィの声だ。
ハッと顔を上げたアデル様が咳払いをひとつし、貴族の声で応じた。
「あ、ああ。入ってよい」
「失礼いたします。お手紙はこちらです」
ソフィが一礼して部屋に入ってくる。ソフィは男装の麗人と化した私を見て、遠慮なく笑い声を上げた。
「奥様その格好、レディ・オスカル……ですね?」
「おっ、ソフィもわかるんだ! ……どう、カッコイイ?」
「えぇそりゃあもう、とても目立ちますわ。これならアンドレも惚れ直しますわよ」
うふふ、と笑い合い、私たちは「アンドレ」を見つめた。
まるで示し合わせたような私たちに呆れ顔をしたアデル様が、ソフィから手紙を受け取った。
机に戻って封を開け、しげしげと手紙の紙面に視線を落としたアデル様の顔が――数秒間で真っ青になった。
「うぇ――?! ほ、本気か!?」
「え、アデル様、どうしたんです?」
私が何の気なしに尋ねると、ハッとアデル様が私を見た。
「ぐっ、グレイス! 悪いんだが今日のお飾りはここまでだ! 至急どこかに身を隠していてくれないか!」
「は――? 身を隠す? どうしてです?」
「どうしたもこうしたもないんだ! いいかグレイス! これからこの屋敷には大事なお客様が来る! ということで今日一日は屋敷に帰ってきちゃダメ! どこかうんと遠いところに遊びに行って、なおかつ夜遅くに帰ってきてくれ!」
「え? え? どうしたんですアデル様? 借金取りでも尋ねてくるとか?」
「馬鹿にするな! 君の家の基準でモノを考え――ああいや、なんでもない! とっ、とにかく! さぁさぁ屋敷から出て! あと、これでなんか美味しいものでも食べていいから!」
そう言ってアデル様はポケットから金貨を三枚取り出し、私に押し付けた。
金貨三枚。普通の勤め人なら一ヶ月は暮らしていける金額に私は色めき立った。
「え、いいんですかこんなにもらっちゃって!?」
「いいともいいとも! だから今日は帰ってくるんじゃないいぞ! いいか、くれぐれも夜遅くに帰ってくるんだ! わかったな!?」
そのままぐいぐいと部屋の外に押し出された私は、バタンと目の前で閉じられた執務室のドアをしげしげと眺めてしまった。
なんだろう、何をそんなに慌てていたんだろう、あの人は。
なんだかよくわからないけれど、さっきソフィは「急ぎで確認していただきたい手紙」と言っていたから、あの手紙には相当ヤバい内容が書かれていたに違いない。
そんなに私に会わせたくない人が来るのだろうか。まぁ、今の私の格好はこんなんだし、それなりにアホな自覚もあるから妻として紹介したくない気持ちもわからんではないけれど……。
「まぁ、でも……」
私は手の中の金貨三枚を見た。
これはお小遣い兼追い出し料、ということなのだろうから、好きに使っていいだろう。
仕方ない、街に行ってこれで何か美味しいものでも食べようか……私は生来の呑気ぶりを発揮して回れ右をし、言われた通り街へゆく一歩を踏み出し始めた。
ごめん、ちょっと一年ほどドドスランプに陥っておりました。
今読み返したらやっぱり個人的に面白いし、シコシコ続き書いてみます。
「面白そう」
「続きが気になる」
「何故だ――何故こんなにもこの小説が気になるんだ――!?」
そう思っていただけましたら下から★★★★★で評価願います。
何卒よろしくお願い致します。




