崩れる壁
一方、お花を摘みにいったはずのアデル・メレディアは、途中からトイレのある方向から回れ右をして廊下を歩き、玄関から外に出て、広い屋敷の庭の片隅、物置倉庫がある場所まで歩いてきていた。
花壇、噴水、池、そして庭木……どれも一流の職人が丹精込めて手入れしている、風光明媚な庭である。
その庭の、よりにもよって日も当たらない、人目につかない場所まで来たアデルは、倉庫の壁に手をつき、ドキドキといまだうるさい胸に右手を当てて深呼吸した。
さっき、自分に無遠慮に近づいて来たグレイスの表情、熱気、呼吸音、そして顎から胸元へ滴った汗のひとしずく――。
途端に、腹の底から怒りのような感情が湧き立ち、アデルは大きく額を振りかぶった。
「クッソォォあのアホ娘めぇぇぇぇぇ!! ちょっとドキッとさせやがってよぉ――!!」
瞬間、ゴツッ!! という重苦しい音が辺りに響き渡った。
怒りに任せた一撃によって倉庫の石壁が粉々に砕けた……などという事実はなく、それどころか直後に襲ってきた信じられないほどの激痛に、アデルは情けなくひっくり返った。
「だッはん……!!」
人生で一度も上げたことのない悲鳴を上げ、戦闘力がゼロになり、額を両手で押さえ、審判にイエローカードを要求するかのように身を捩って痙攣する美貌の貴族――。
思えば情けない光景だっただろうが、これしか発散の方法が思いつかなかったのである。
「ぐ、ぬぬ……! 痛い、痛いぞ……! くそ、これもみんなあのアホ娘のせいだ……!」
意味不明な理屈を捏ねながら、アデルは呪いの言葉を吐いた。
「くそ、ちくしょう……! あんな裸同然の格好で来られたら誰だって興奮するだろうが……! 私は悪くない、一ピコグラムも悪くない、悪いのはあのアホ娘なんだ……! お前は何も悪くない、悪くないぞアデル・メレディア……!」
そう、すべてはあのアホ娘が悪いのだ。あんな痴女みたいな格好で近づいてくるから……それになんか、めっちゃいい匂いしたし。。
いや……そうなのだろうか。
本当に悪いのはグレイスだけなのだろうか。
最初は単なるアホ娘としてしか見ていなかったが、ああやって常に塩対応の自分を無視することなく、ああやって斜め上の行動で自分の視界に居残ろうとするところ……ぶっちゃけた話、ちょっと可愛いのではないだろうか。
「あ――! いやいや、いやいやいやいや! それは違う、それは違うぞアデル! 何を考えてるんだお前は!! 間違っても可愛くはないだろうが……!」
そう、間違っても可愛いだなんて思っていない。思ってはいけない。
これは――そう、ウザい。ウザいのである。
延々と誘蛾灯に引き寄せられた蛾みたいに側を飛び回られるから、ちょっと鬱陶しく思ってるだけで、間違いなく気になってたりはしない。
そう、この胸のドキドキはそのウザさ故のもので、間違っても絆されかけている故のものではない。
だいたい――絆されるにしたって、もう少しいい絆され方をしたい。
あんな少し着飾られたぐらいでちょっといいなと思ってしまうとか、流石に貴族として男子として、ちょっと恥ずかしいではないか。
ようやく起き上がったアデルは、恨みの言葉とともに倉庫の壁を凝視した。
「うぉのれぇあのアホ娘め……! たとえ額を叩きつけ続けてこの倉庫の壁が崩れ落ちようとも、お前なんかに絆されたりしないからな……!」
まぁ結論から言えば――一年後にこの倉庫の壁は叩きつけ続けたアデルの額によって崩れ落ちることになるのだけれど……本人はこの時点では知る由もないことであった。
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