旦那様の独占欲
「ええっ!? あなた、あのイケメン貴族の奥様なの!?」
ステイサム氏は素っ頓狂な声を上げて驚いた。
「そうなの、結婚したのも知らなかったわ! あんなに涼しい顔してる金満家なのに浮ついた話が一切ないから、私と同じ女装なんじゃないかと思ってたけど違うのね……!」
「うーん、確かにアデル様は女装さんではないですけど、生物学的にオスという以外オスであるかは甚だ微妙なところだというのが……」
「奥様、今はお笑い一切ナシでいきましょう。すごく真剣な話でしょう?」
「あ、そう? ソフィアがそう言うなら……まぁともかく、そのアデル様とは契約結婚なんです。契約結婚って言ってわかりますか?」
「あぁ、転生前にそのテの小説をよく読み漁ってたわね。『結婚はしたが、悪いが私は君を愛することはない』――そういうセリフから始まった感じでしょ?」
「か、解像度高ッ――! まさにその通り! 凄いですステイサムさん! 何者なんですか!?」
「まぁまぁ、単にあなたたちより少し歳を取ってるってだけよ。全く、異世界に来ても相変わらず例外なくバカよねオトコって。そもそも愛が根拠の結婚自体が世の中には稀だってのに――」
そう言って、ステイサム氏は組んだ足に肘をついて頬杖をし、遠い目をした。
なんだかこの人が「人生」とか「男」を語ると、これが理不尽なほどにカッコイイのである。
これが場末のバーのカウンターでの話だったら、私は今この場でステイサム氏の信者になっていただろう。
ほわぁ、素敵な女装さんだなぁ……と感動に打ち震えながらも、私は説明を優先する。
「でも、頭から契約結婚で愛がない夫婦生活なんてイヤじゃないですか。だからこっちから色々モーションかけたりもしたけど、全然なびいてくれなくて」
「そうでしょうね。でも大丈夫よ、契約結婚モノなんてそのうちちょっとした出来事から旦那様の独占欲に火が着いてトロトロの溺愛に――」
「あの、解像度高いところ悪いんですけど、あんまり先回りしないでもらえますか? そうでないとこの作品の連載が続けられなくなっちゃうんで」
「あぁ、これは失礼」
私はギリギリの手段に訴えてステイサム氏を諌め、それから続きを説明した。
「だから決めたんです。どうせお飾りの妻でいてくれって言うなら、着飾って着飾って着飾りまくって、私のことを無視できないようにしてやろうって。それも、普通にドレスとか宝飾品じゃなくて、なんていうか、まさにこんな感じ――」
私はカーニバルの衣装を目で示した。
「――こういう、無視しようと思っても無視できないような、物凄く派手で奇抜な格好をしてたら、アデル様も私を無視できないんじゃないかって……」
は、と、ステイサム氏が呆気に取られたような表情になる。
呆気に取られた後――ステイサム氏は破顔一笑、という感じで爆笑し始めた。
しばらく、その野太い笑い声に圧倒されてしまっていると、ステイサム氏は目尻の涙を厳つい指で拭った。
「あー……あーおかしい。こんな笑ったのいつぶりかしらね。なるほど、お飾りの妻ならば、逆に着飾って着飾って着飾りまくって無視できないように……。なるほど、その展開は流石に読んだことないわね……」
何故なのか感慨深げに頷いたステイサム氏は、そこで紙巻きタバコを踵で踏んで消し、立ち上がって私の前に進み出た。
面白いものを見つけた、というように妖しく笑ったステイサム氏は――ゆっくりと身をかがめ、私の顔を至近距離から覗き込んだ。
「――なるほど。あなた、恋してるわね?」
「へっ?」
「その旦那様によ。そうでなきゃそんな奇抜なことをしてまで気を惹こうなんて思わないでしょ。最初はなんとも思ってなかったのに、いつの間にか――そうなんでしょう?」
恋。そんな小っ恥ずかしいことを真正面から尋ねられたら、流石の私もいつものアホ面ではいられなかった。
途端に、昨日アデル様に抱き留められた時と同じムズムズが身体の中を這い回り、私は顔を俯けて縮こまってしまう。
例の「恋する乙女」状態になってしまった私を、ステイサム氏は満足そうに見つめ、ソフィは流石のミス・フレッシュらしく、黄色い声を上げた。
「こっ、恋、と言われるとよくわかんないんですけれど……その、なんだかアデル様に見つめられると、ムズムズするというか……」
「おっ、奥様――!? まさかそんな……! キャーッ素敵! 乙女ちっく!」
「そりゃあ当たり前よ。結婚なんて恋心より慣れだって言うしね。……しかし、罪な旦那様よ。こんな可愛い奥様にこんな表情させてるなんて……これは私の衣装でお灸を据えてやる必要があるわねぇ」
ステイサム氏は何かを企んだ笑みと共に、すい、と親指で背後のカーニバル衣装を示した。
「いいわよ、気に入った。物凄く気に入ったわ。このカーニバルの衣装、持っていって」
「えっ!? い、いいんですか!? 物凄く大事な衣装なんじゃないんですか!?」
「あのねぇお嬢さん、衣装なんてどこまで行っても衣装よ。あくまで着られるためにあるもので、飾っておくものじゃないわ」
ステイサム氏は透き通った声で私に言い聞かせた。
「どうせ誰かに着られるなら、私はあなたみたいな素敵な発想する人にこの子たちを預けたいの。この衣装で旦那様に目にもの見せてあげなさいな」
「や、やった! ありがとうございますステイサムさん!」
私が思わずステイサム氏の両手を取ると、ステイサム氏は照れて笑った。
「そのステイサムさん、ってのはよしてよ。どこぞのトランスポーターみたいで気に入ってないの。何か別の呼び方で呼んでくれるとありがたいのだけれど……」
「そっ、そうですか……じゃ、じゃあ、師匠! 人生の師匠と呼ばせてくださいッ!」
そう、師匠。女として、そしてお飾りまくりの妻として、そして人生の先輩として。
この百戦錬磨で経験豊富なステイサム氏は、私が人生の師として仰ぐのになんのためらいもない人物であった。
ステイサム氏、否、ステイサム師も、案の定満更でもなさそうに笑った。
「ほほう、師匠……嬉しいことを言ってくれるわね。ますます気に入った。ところであなた、いくらカーニバルの衣装が派手だって言っても、これ一着だと慣れが生まれるでしょう? もしよかったら、あなたが着飾り続けるための衣装の制作、私が専門に務めてもいいわよ?」
「えっ、いいんですか!?」
願ってもない申し出に、私は快哉を叫んだ。
ステイサム師は厳つい笑みを深くした。
「もちろん。あなたが私が作った衣装を着て、それを貴族様たちに宣伝してくれるなら、私にも利益はある。報酬はそれで相殺……ってことでどう?」
「やったぁ! 師匠ってめっちゃ太っ腹! ぜひぜひお願いしますッ!」
私は両手で握った師匠の手をぶんぶんと、一層強く振り回した。
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