前世の記憶
前世の記憶――その言葉に、私とソフィは顔を見合わせた。
「何を言ってるんだこの女装、って顔ね。でも本当。少なくとも、私は前世、どんな国に生き、どこで何をしていたかまで完璧に思い出せる。そしてその世界では、自分が女だったことも――」
ステイサム氏はそこでもう一度タバコを咥えた。
「私の前世、これでも結構やり手だったのよ。苦労して服飾デザイナーになって、下積みもやって、やっと自分のお店とブランドが持てた。死にもの狂いで働いて、どんどんお店も大きくして、都内の一流百貨店にテナントで入って……。そんな無理が祟ったんでしょうね。ある日の夜、私は過労から倒れて――そこで前世の記憶は終わってるわ。多分、そのまま死んだんでしょ」
物凄く壮絶な内容のその話、そしてそれをぼんやりとした表情で語るステイサム氏の表情は、とても作り話をしている雰囲気ではなかった。
私たちが息を呑んでその話を聞いていると、ステイサム氏はそこで過去を見つめるかのように遠い目をした。
「そして気がついたらこの身体、私はレイモンド・ステイサムっていう男になっていた、ってワケ。子供の頃から、この男の身体に違和感があって仕方がなかった。私は女だったはずなのに、気がついたらいきなり男になっていて、どんどん大人の男に成長していくんだもの。若い頃は一回も慣れることはなかったわね」
フウ、とそこでステイサム氏は長く細く煙を吐き出し、ニカッという感じで笑った。
「でもね、ある日思ったのよ。悩んでるばかりなんて馬鹿らしい、こんなの私らしくない、ってね――」
私らしくない。着飾ることを覚えた私が今、現在進行系で感じている驚き。
ステイサム氏は遠い目をした。
「そこからはもう、男も女も関係がなくなった。男の身体だろうが異世界だろうが、私は私のやりたいことをやる。私が美しい、可愛いと思うものを信じて突き進む――それが生前の私が魂に誓った生き方だった。だったらその魂が変わらない限り、やることは同じじゃないか、ってね」
ステイサム氏はそこで、キラキラと輝く億千万の星のようなカーニバル衣装を眺めた。
まるで遠くの空の綺羅星を眺める視線だと、私には思えた。
「そう決めて、まず最初に作ったのがそのリオのカーニバルの衣装。その衣装はまさにやり直しを始めた私の人生に輝く綺羅星。何ものにも囚われず、世界に羽ばたくための自由の翼なの。だから――凄く綺麗でしょ?」
そう言われて、私は思わず胸が熱くなった。
魂に誓った生き方、己の道を突き進む生き方、人生の綺羅星――。
私にはよくわからなかったけれど、なんというか――とにかく、滅茶苦茶にアツい話であることだけは、何故なのかわかってしまった。
私は大きく大きく頷いた。
「はい、綺麗――とても、綺麗です! 凄く、凄くよくわかりますッ!」
――と、私が言うはずだった言葉を先に口にしたのはソフィだった。
流石はミス・フレッシュのソフィ。今レイモンド氏によって語られた半生に激しく感動したのか、目の縁に涙を浮かべている。
そんなソフィを見てレイモンド氏は笑い、吸っていたタバコを靴の底に押し付けて消火した。
「さて、いい歳した女装の自分語りは終わりよ。――それで、あなたたち、どうして私の衣装がご入用なのかしら?」
「えっ?」
「これでも前世は百戦錬磨のやり手だったしね。あなたたちの顔を見てればわかるわ。私と、私が作るこの妙な衣装に用があるんでしょう?」
「はっ、はい! あの――!」
「悪いけれど、私は賑やかしや物珍しさだけのお客さんはお断りすることにしてるの」
そこで、ステイサム氏の目が真剣になった。
鋭く見つめられて、私は思わず続くはずだった言葉を飲み込んだ。
「あなたたちが悪い子じゃないってことはわかる。けれどそれとこれとは別の問題よ。私の作る衣装を仮装行列のためのものだと思っているなら、たとえ一億ポチタ積まれてもこれらの衣装は売れないわ。私の魂だもの。だから、まず最初に聞かせて。あなたたちはどうして私が必要なの?」
その質問に、私も相応の覚悟が必要だということはわかった。
私も腹を括り、慎重に言葉を選んで説明を始めた。
「ステイサムさん。私、実は夫がいるんです。アデル・メレディア伯爵――ご存知ですよね?」
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