悪趣味なお人形
いた。
なんか、いた。
私がとっさに思いついたのはその一言だけだった。
とにかく――目の前を、夕暮れ時に差し掛かっている王都の石畳の上を、「なにか」としか形容できない存在が、圧倒的な存在感とともに移動していた。
まず目に入ったのは、そしてひと目見たら絶対に忘れないほどに入念に施された、ドギつく、そして毒々しい暗色の化粧が施された顔だった。
しかしその印象を圧倒して――否、ふっ飛ばして、強く強く心に刻み込まれる、厳つく張った顎と、ひと目見て頑強な印象の体躯。
え、男?
いや、女――?
否――その中間だ。
男でも、女でも、いやいっそ人間という概念の範疇に収まらなさそうな見た目もさることながら――一層奇抜なのはその服装である。
これは――なんだろう、なんと評価すればよいのだろう。
フワッフワのフリル付きの、黒と白を基調とした、なんだか私から見ても妙に時代遅れの印象があるドレスとスカート。
着ているドレスと同じ、これまた漆黒の布と白いフリルで飾られた大仰な日傘。
その頭巾から垂れ下がる、芸術的なまでに巻かれ、結われ、飾り込まれた金髪。
おそらく地毛ではないらしい金髪の頭を飾る、これまたフワッフワの飾りがついたヘッドドレス。
膝上までを覆う黒と白の縞々の靴下に、厚さが二十センチほどもありそうな厚底の靴。
そして極めつけは、そのフリフリのスカートから伸びる――どう見ても男のそれとしか言えない、ぶっとくてゴツい脚。
しばらく――私は何も言えずに、突如目の前に出現した「悪趣味なお人形」を見つめていた。
広場を行き交う人々もその「悪趣味なお人形」を視界に入れるなり、物凄くぎょっとした表情を浮かべ、一刻も早く遠ざかろうと去ってゆく。
なんだ、「これ」は。
私がその圧倒的な存在感に絶句していると、私の視線に気づいたのか、その人物が物凄く長いつけまつ毛で縁取られた目で私を見つめた。
その風貌に圧倒され、見つめられても反応ができない私を見てどう思ったのか――やおらその「悪趣味なお人形」がうふっと笑い、器用にウインクして微笑みかけてきた。
バチコーン! と音が鳴りそうな、それはそれは物凄いウインクだった。
思わず、私はうひっと短く悲鳴を上げた。
怯えられたというのに、何故かその「悪趣味なお人形」は喜んだらしかった。
どう見ても男のままの顔立ちでこれ以上なく満足げな笑みを深めた「悪趣味なお人形」は、もう一度私を一瞥すると、分厚い靴底をゴツゴツと鳴らしてどこかへとあるきさって言った。
しばらくの間、私は颯爽とした足取りで去ってゆくその「悪趣味なお人形」の背中を眺め続けた。
その「悪趣味なお人形」が広場の向こうに消え、完全に姿が見えなくなっても、私はまだそちらの方を向いて固まったままだった。
何分間そうしていたのだろう。
あんぐりと開けた口の中がパサパサに乾いた辺りで、ソフィが戻ってきた。
両手にカップを持ち、私に何事かを言いかけたソフィは、放心している私を不思議そうに見つめた。
「え、奥様――? どうなさいました?」
「――ソフィ、物凄いのがいた」
「へ?」
ようやく閉じた口で、私はごくりとつばを飲み込み、乾いた口中を慎重に湿らせながら――私はベンチから立ち上がって声を張り上げた。
「なんか――なんかよくわかんないけど、物凄い人がいた! 物凄く飾ってて、なんか、なんかよくわかんないけど、凄いのがいた――!」
「えっ、えぇ――!?」
「ごめんごめん、本ッ当になんて言っていいのかわかんないけど、とにかく物凄い存在感だった――! あんな凄い女の人、いや、男の人――!? いや、それすらわかんない人、初めて出会った――!」
そう、さっきあの謎の人物にウインクされた瞬間、私は心の中で確信したのだ。
この人こそ、私が求めていた人物なのだと。
この邂逅こそが、私が王都で求めていた事態なのだと。
あの人こそ――私がお飾ってお飾ってお飾り尽くすために必要な才能なのだと。
私は「悪趣味なお人形」が消えていった方を見つめながら拳を握りしめた。
「とにかく、さっきの人を追いかけよう! あの人だったら絶対力になってくれそう! なんか声かけるの怖いけど、多分悪い人じゃないと思う!」
「おっ、奥様! 奥様、一体何がいたんですか!? 私、奥様の言うことを聞いていてもなんだかよくわからないのですが――!」
「私だってわかんないよ! とにかく、よくわかんない人がいたんだって! よーし、ソフィ、私の後に続け!」
「あ、お、奥様、とりあえず歩き出すのはこのジュースを受け取ってからにしてください――!」
慌てふためくソフィからジュースを受け取って、私たちはあの「悪趣味なお人形」が消えていった方向へと歩き始めた。
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