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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

最初で最後の裏切り

「私たち、ずっと一緒にいようね」


 そう誓いあってから一年。私とさつきは高校三年生になった。

 先生たちはいつも、「受験生としての自覚が」とか「それでも受験生か」とかうるさい。私は割と頑張った方だと思う。その結果、学校推薦で無事に合格できたし。でも、皐は違った。

「あやめ〜〜わかんないよ〜〜」

 私の名前を呼びながら、皐が倒れ込んでくる。

「皐、私にくっついてないで早く続きをやりなさい」

「え〜〜」

 そう言いながら、私の太腿に顔を押し込んでくる皐。そっと綺麗な髪の毛を撫でながらも、無理やり私の横に座らせる。


 こうやって皐の部屋で彼女と勉強をするのは、当たり前の日常だった。皐が私に甘えてくることも、そのせいでなかなか勉強が捗らないことも。

 秋の文化祭も終わり、時々刻々と一般入試が近づいてくる。

 受験勉強も大詰めを迎え、本格的に皐のことが心配になってくる。模試での成績もあまり芳しくない皐は、先生からも目をつけられていた。


 私たちが出会ったのは、校内での成績上位者のみが受けられる模試の会場だった。私たちは隣同士で、皐は消しゴムを忘れた私に、親切に貸してくれた。

 模試が終わったあと、私は皐に声をかけた。

「消しゴム、本当にありがとう」

「いやいや、どういたしまして」

 消しゴムを差し出す私の指に、皐の華奢な指先が触れた。その瞬間、私は思わず心臓が高鳴ってしまった。

「あ、あの……名前は何て言うの?」

「えっ? 皐だよ」

「皐……」

 思わず、その美しい名前を吟味する様に反芻してしまう。

「あなたは?」

「わ、私は、あやめ……です」

「あはは! 何でそんなに自信なさげなの!」

 なぜだか緊張してしまった私に、太陽の様な笑顔が向けられる。その時、私の心の中は皐の笑顔で全てを塗りつぶされてしまった。皐以外のことは全て忘れてしまった。


 そこから紆余曲折あって、私たちは付き合うことになった。

「私たち、ずっと一緒にいようね」

 そう私から声をかけたのも、今では懐かしい思い出だ。


 皐をここまで落ちこぼれさせたのは、間違いなく私だ。私と付き合い始めて、皐は私以外のことが考えられなくなっていた。自分のことよりも私。勉強よりも私。そんな生活が一年も続けば、成績の低下は免れない。

 私はそんな皐のことを危惧していた。一つのことにのめり込むと、それ以外のことを考えられなくなる皐。そんな皐のことが、申し訳なく感じていた。

 だから今日こそは言うんだ。「さよなら」と。私なんかに囚われるより、もっと皐自身の人生を有意義なものにして欲しい。


「ねぇ皐、大切な話があるんだけど」

「ん? なぁに?」

 私に抱きつきながら、皐はくぐもった声で返事をする。

「私たち、別れない?」

 そう言い放った瞬間、皐の体が震えた。

「え……それってどういう」

「だって皐は私がいると何もできないじゃん。受験勉強も、皐のしたいことも」

「……っ! なんでそんなこと言うの! あやめがいれば、あたしはどうなってもいいよ! あやめさえいれば、どうなっても……」

 体の震えは段々と大きくなっていく。それと同時に、すすり泣くような声も聞こえてきた。

「私だって、本当は嫌だよ。でも、皐のこれからの人生がめちゃくちゃになる方がもっと嫌」

「だから! あたしは大丈夫だって……」

 いつの間にか私の視界も歪んでいた。頬を伝っていく雫が、私の胸の中の皐に落ちた。

「……ごめん。今までありがとう」

「待って!」

 私は皐から逃げるように、彼女の腕を振り解いて立ち上がる。

「さよなら」

 涙で歪んだ視界で玄関を探すのは難しい。でも、通い慣れた皐の家だからこそ、私は壁にぶつからずに走り去ることが出来た。


「これで良かったんだよ」

 自分を慰めるように呟く。これが、最初で最後の皐への裏切りだ。

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