68 無職の少年、片付け
姉さんたちの話し合いが終わりを迎えたのは、日が傾き出してからしばらくしてのことだった。
結局のところ、不安や不満を姉さんにぶつけていただけに見えた。
別に、姉さんが悪いわけじゃないのに。
話を聞いていた限りだと、人が世界樹を壊したはず。
どうしてそんなことを仕出かしたのかは、よく分からないけど。
教会がどうとかも言ってた気がする。
教会、騎士。
連想するのは、アイツの──勇者の姿。
ズキン。
頭が痛む。
「具合でも悪いの? もしかして、さっきの話し合いで疲れちゃったかな?」
「いえ、大丈夫です。それに、疲れるって言うなら、訓練の方が大変でしたから」
「そう? けど、状況が状況だけに、母の所にも当分は行けそうにないわね」
ドクン。
単語に反応して胸が疼く。
「そう、ですね」
世界樹に人や魔物なんかが襲ってくるかもしれない。
それこそ、また世界樹を破壊するなんてことも。
この場所を守らないといけないのだ。
僕はともかく、姉さんはここを離れられやしない。
『クダモノ、タベレル?』
「え? 家の中が無事なら、多分ね」
『シンパイ』
それはどっちに対する心配なんだろう。
家の様子なのか、果物の様子なのか。
家への道のりは、否が応でも空が目に入る。
空色を砂煙が汚している。
いつだって、世界樹の上からの景色は変わることはなかった。
あるのは、日が昇って沈むってことだけで。
だから、いつもと違う空は、違和感しかない。
絶句。
家の中は、まるで見知らぬ場所のよう。
足の踏み場が無いほどに、物が散乱していた。
棚の中身は床にぶちまけられて、棚自体も倒れている。
「弟君はまだ入らないで」
「え?」
玄関の扉の前に、姉さんが立ち塞がる。
「片付けないと駄目なのは確かだけど、また揺れたら怪我しちゃうわ」
「けど……」
見る限り、すぐにどうこうできる状態じゃない。
姉さんだけで片付けられるとも思えないんだけど。
「まずは床の上をどうにかしないとね」
『タベル?』
「食べられないわよ。さてと、鎧以外は得意じゃないんだけど……」
姉さんが何をするつもりなのか。
それはすぐに明らかとなる。
≪魔装化≫
姉さんの姿は変わらない。
変化は家の中で起きていた。
姉さんが手を伸ばした先から、床へと箒のようなものが幾本も生じている。
掃除を魔装化でやるつもりらしい。
「うーんと……縦じゃなく横の方がいいのかしら」
何事かを呟きつつ、床を箒のようなものが掃いてゆく。
玄関から徐々に物が退かされ、姉さんがズンズンと侵入する。
倒れた棚など、大きい物を直接元の位置へと戻している。
「細かい破片とかが残るかもだし、雑巾がけも必要かしらね」
物が多いのは、一階の居間と台所、後は二階の物置きぐらいかな。
一階がこの有様じゃあ、二階も酷そう。
『クダモノ、ブジ?』
「どうかな。姉さんが片付けてくれるまで、もう少し待ってようね」
『ソワソワ』
もう果物のことしか考えてないんだね。
居間は粗方片付いたように見える。
既に姉さんは、台所へと移動していた。
「雑巾がけ、しておきましょうか?」
「まだ入っちゃ駄目よ。家具を固定しておかないと、また倒れるかもしれないわ」
再び制されてしまった。
僕だって何か役に立ちたいのに。
庇われたり守られたりばっかり。
立ち尽くす。
ボーッと姉さんの様子を眺め続ける。
そう言えば、姉さんと一緒に家に帰っていたなら、どうなっていたんだろう。
持ち帰った衣服を、洗濯しようとしていたはずで。
もし、姉さんが出掛けてしまっていたならば。
無事に済んだのだろうか。
偶然にも、ドリアードさんの住処に残ったから。
そして、ブラックドッグが庇ってくれたから、無事に済んだけど。
偶々運が良かっただけ。
何事もなく家に帰っていたなら、命すら危うかったかもしれない。
何も成せぬままに。
後悔を抱いてか、それすら考えられずに。
『マタ、フルエタ?』
「……ちょっと、怖くなっちゃった」
『トモダチ、マモル!』
「ありがと。でも、もう守って貰ったよ」
『ドユコト?』
スライムに会いに行かなかったら。
きっと家の中で揺れに見舞われていたことだろう。
「弟くーん。もう入っても大丈夫よー。けど、十分気を付けてね。あと、スライムを放さないようにお願いね」
「あ、はーい」
気が付けば、もう姉さんの姿が無かった。
どこから用意したのか、家具は紐でグルグル巻きに固定されている。
床にはまだ破片とかが残っていそう。
雑巾がけはまだみたい。
あぁ、だからスライムを放さないようにって言ってたのかも。
『クダモノ!』
「あ、うん、探してみるね」
雑巾がけの前に、台所で果物を探そう。
多分、精霊様の力で、保存は効いてると思うんだけど。
いつも以上に慎重に、歩を進める。
あー、お皿とか全滅かも。
食器棚の中身が無い。
食事とかどうしようかな。
食器よりも、そもそも食材が持つかの方が問題か。
外に取りに行けないなら、どうにかある分で食い繋ぐしかない。
食糧庫を調べてみる。
「あ、こっちは大丈夫そう」
『タベレル?』
「うん。はい、リンゴもあったよ」
『ヤッター!』
色味や匂いがおかしいものは見受けられない。
一週間か、少なくとも数日ぐらいなら大丈夫そうかな。
忙しなく動くスライムに、リンゴを渡す。
すぐさま体内に取り込み、嬉しそうな声を上げる。
『ウマウマ』
「良かったね」
あとは床の雑巾がけかな。
本日は本編70話までと、SSを1話投稿します。
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