66 無職の少年、平和の終わり
▼10秒で分かる前回までのあらすじ
グノーシスの住処にて訓練に明け暮れる日々。
姉の提案で、一日休みを取り家に戻ることになったのだが。
同じ頃、人族が世界樹の破壊を決行してしまう。
長い長い揺れが続いた。
最早、揺れているのか治まったのかも定まらない。
それでも、地鳴りは止んだように思える。
揺れている感覚が残っていて、気持ちが悪い。
いつの間にか瞑っていた目を開くと、巨大化したブラックドッグに覆い被さられていた。
もしかしなくても、守ってくれていたみたい。
「ありがと。もう大丈夫だよ」
お礼を言いつつ、そばの体を撫でる。
『否。ここは外界とは異なる精霊の住処。今のは尋常ならざる異変だ』
えっと……退いてくれる気は無いみたい?
仕方なく、自由な首だけを巡らして周囲を確認してみる。
「あ」
見つけたのは、見知った姿。
友達のスライムだ。
地面に落ちてしまったのか、半ば潰れた状態で動きを見せない。
「スライムが! ブラックドッグ、退いてよ!」
『助けは不要。怪我を負ってはいない』
「え⁉ け、けど、放ってはおけないよ!」
頑なに退こうとはしないブラックドッグに、少し苛立っても来る。
這い出そうにも、上から強く押し付けられて動けない。
地面には他に倒れてるモノは居ない。
視線を上に向けてやれば、多数の緑の球体があった。
コロポックルは浮くことで難を逃れたようだ。
『何が起こったコロ?』
『びっくりしたポー!』
『揺れてたポー』
『みんな、大丈夫コロ?』
『下に倒れてるポー!』
僕たちに気が付いたのか、フヨフヨと下りて来る。
『大丈夫コロ?』
「僕は大丈夫だよ。だけど、スライムが──」
『スライム、動かないコロ?』
『怪我しちゃったコロ?』
視線の先で、スライムにコロポックルが群がってゆく。
しきりに体を揺すってみせる。
『マダ、ユレテル?』
『気が付いたコロ?』
『大丈夫コロ?』
『ダイジョブ』
『スライム、無事みたいポー』
そっか、よかったぁ。
体が柔らかいから、落ちても大丈夫だったのかな。
僕も、ブラックドッグが居てくれなかったら、無事じゃ済まなかったのかも。
と、次第に近づいて来る声に気が付いた。
「弟くーん! 無事なら返事してーーー!」
姉さんだ!
「姉さん! 僕は大丈夫です!」
できるだけ声を張り上げ、返事をする。
「弟君⁉ あ、ブラックドッグが庇ってくれたのね。ありがと、助かったわ」
声と共に、足音が近づいてくる。
ようやく視界内に姉さんの姿を捉えることができた。
『無論。だが、先の異変は何だ?』
「やっぱり、此処でも揺れたってことね。アタシにも原因までは分からないわ。ドリアードも酷く混乱してるみたいだったし」
姉さんが来たからか、ブラックドッグが体を浮かせる。
やっと動ける。
這い出しつつ、身体を起こす。
「まだ立ち上がらない方がいいわ」
すぐに姉さんがそばにしゃがみ込み、横抱きにしてくる。
間近で見る姉さんの表情も、普段とは違って不安そうだ。
やっぱり、さっきの揺れは普通じゃないってことなのかな。
「怪我してる子は居ない?」
「スライムが心配でしたけど……」
『ダイジョブ』
もう動けるようになったのか、ポヨポヨと跳ねてきた。
そのまま抱きとめてあげる。
「本当に?」
『トモダチ、ヘイキ?』
「僕は大丈夫だよ。ブラックドッグが守ってくれたし」
『ワンコ、エライ!』
『……フン』
ブラックドッグが元の大きさに戻りながら、そっぽを向いてしまう。
もしかして、恥ずかしかったのかな?
何だかんだ、2体は仲が良いよね。
「もう少し待ってみて、揺れが起きないようなら、ドリアードのところへ行きましょうか」
「分かりました」
腕の中のスライムを抱きしめて。
姉さんの腕の中に抱きしめられて。
しばらくその場で過ごした。
あれから揺れは起きない。
姉さんに手を引かれ、ドリアードさんの元へと移動することに。
部屋を出て通路を進めば、すぐに広間へと到着する。
「どう? 何が起きたか分かった?」
「──赦せぬ。度し難い、不遜極まる所業じゃ」
声は静かに発せられる。
けれどその分、抑圧された感情が込められている気がした。
「つまりは分かったのよね?」
「──ああ。まさかこのような真似を仕出かすとはな」
「何があったの?」
「──世界樹の1本が倒された」
「…………え?」
姉さんが反応するのに、少し時間差が生じていた。
世界樹って、この世界樹だよね?
こんなに大きな木が倒れたってこと?
「まさか、魔王が暴れ出したってこと?」
「──人の仕業じゃ。魔法も無しに、あれほどの破壊をやってのけるとは」
「人ですって⁉ なら、教会の仕業ってことよね」
「──恐らくは、な。町一つを犠牲にしてまで、強行しおったようじゃ」
「なら、結界はどうなったの?」
「──境界は破られ、結界も機能しておらん。それに何より、要たる世界樹が欠けたことで、魔法の封印が破られおった」
「魔法が⁉ ってことは、人はともかく、魔物や魔族が……」
「──動くじゃろうな。これで長く続いた平和も御破算じゃ」
深刻そうな話が続けられる。
魔法とか平和がどうこうって聞こえたけど。
「倒されたのは1本だけなのよね?」
「──ああ、そうじゃ。母の分身をよくも……ッ」
「元には戻せないの?」
「──そう容易いことではない。十分に育つまでは格好の的じゃ。それに……」
「人の用いた手段も問題になるってわけよね」
「──そのとおりじゃ。容易く用意できるとも思えんが、楽観などできぬ」
「すぐに実現できそうなのは、魔王と話を付けることでしょうけど」
「──いや、そうでもない」
「? どうしてよ?」
「──世界樹が倒された影響で、魔力の流れが不安定になっておる。しばらくは門での移動は難しいじゃろう」
「そんな⁉」
「──間の悪いことに、アルラウネとオーガの娘がケンタウロスの集落に行ったきりでな。あちらの状況も心配じゃ」
「道理で見かけないと思ったわ。もう、こんなときにッ!」
「──いや、むしろあちらの方が状況は深刻じゃろう。世界樹倒壊の影響は地上なら尚更じゃろうしな。その上、侵攻の懸念すらあるしのう」
「……それもそうね。けど、ゴーレムも居るし」
「──相手の弱さを期待するでない。ともかく、移動ができるよう、しばらく注力せねばならん。その間の守り、任せても構わぬか?」
「分かったわ。精々、世界樹を破壊したっていう攻撃が来ないことを祈ってるわ」
「──頼む」
終盤、会話ばっかりになってしまった。
本日は本編70話までと、SSを1話投稿します。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




