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勇者に挑むは無職の少年  作者: nauji
第二章
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SS-25 団長が目にした地獄

 近付くほどに、その異様が明らかとなってゆく。


 人工物はおろか、自然界に於いても、異物感がある。


 青白い影だったものは、最早実像として確かに存在している。


 世界樹。


 産まれたときから、既に世界を分かつ巨大な壁として在った。


 存在していない世界など、想像できないほとに当たり前の光景。


 こんなものを壊せると?


 正気の沙汰じゃない。



「で? そろそろ荷の正体ってのを教えては貰えねぇか?」


「何度も申し上げましたが、聖騎士様直々に他言無用と厳命されておりますれば。何卒、ご容赦くださいませ」


「もうすぐ使うってのに、隠す意味があるのかい? むしろ、何が起きるか分からなけりゃ、守ってやることも難しいぞ」


「しかし……」



 中々に口を割りゃしねぇ。


 世界樹へと運んだのは荷物だけではなく、人もだった。


 明らかに危険だと分かる物と、それを唯一扱えるという者。


 厄ネタばかりでうんざりだ。



「言え」



 威圧を放ち、迫る。


 自分の命、部下の命、こいつの命、馬の命、壁の住民の命、等々。


 気を配る対象が多過ぎる。



「あ……あの……」


「言えば必ず守ってやる。そうでなけりゃ、どうなるかは保証できねぇぜ」



 きつく目を瞑り、逡巡している。


 こうして少しでも時間を無駄にしてくれるなら、避難の足しにもなるだろう。


 しばらく押し黙っていたが、ようやく口を開いた。



「荷は全て、火薬です」


「かやく……? 何だそりゃ?」


「鉱山などで使用している、周囲を一気に吹き飛ばす物です」


「ほぅ……つまり、山やら地面に穴を開けるヤツってわけか」



 背後の荷を見やる。


 荷馬車は11台。


 内1台はオレらの荷物だから、10台分ってことか。



「あの量なら、世界樹を吹っ飛ばせると?」


「量だけでなく、配置次第ではありますが。少なくとも、聖都は軽々と消滅させられる量はあるかと存じ上げます」



 おいおいおい!


 そんなヤバい代物を、聖都内に集めてたってのかよ。



「いや待て。ってことはつまり、どうしたって世界樹はこっち側に倒れてくるんじゃねぇか?」


「恐らくは」


「何故それを壁に居る内に言わなかった? 避難させなけりゃ、全員死ぬって分かってんだろうな?」


「……固く口止めされておりましたもので」


「なら、壁に家族が居たらどうしてたよ? それでも同じ真似ができたのか?」


「…………」


「いや、今のは意味のねぇ問いだったな」



 そう、今更意味がない。


 今重要なのはそんな問答ではないはずだ。



「選ばれたってことは、狙いどおりに破壊できるってことだよな?」


「火薬の扱いに関しては、一流と自負しております」


「なら、狙い違わず、壁に倒れるよう頼むぜ?」


「なッ⁉」


「理由は単純明快。壁からズレれば、避難中の誰かを巻き込みかねないからな。壁の避難は完了してるはずだ」



 出立時は、まだ住民が残ってはいた。


 だが、オレはオレの部下を信じてやることしかできない。


 物や家が壊れようが、命さえ助かればどうとでもなる。


 とは言え、懸念はある。


 この馬鹿デカい質量体が倒れた場合、周囲に一体全体どれだけの影響を及ぼすかってことだ。


 例え刻印武装を全力使用したとして、一瞬たりとも支えられやしないだろう。


 衝突の余波で、どれだけの人が巻き添えになるか……。


 壁の建物が、僅かでも緩衝材となってくれればいいのだが。






 世界樹の根元に馬車ごと荷物が配置されていく。


 手伝いを部下に任せ、周囲の警戒に努める。


 ここで魔物に襲われでもしたら、最悪この場の全員が死ぬ。


 周囲は予想に反して静かなもの。


 魔物も精霊とやらの姿も見掛けやしない。


 だってのに、嫌な予感だけが常に付き纏っていやがる。


 胸騒ぎ。


 警鐘。


 周囲の静けさが、余計に自身の焦燥を露わにする。


 オレの判断は正しいのか?


 今ならまだ、中断させられる。


 何も起きない代わりに、オレは降格だか投獄だかになるだろう。


 それはいい。


 構いやしない。


 が、次に嬢ちゃんが駆り出される可能性が高い。


 娘ほどの歳の部下に、重責を背負わせることはできねぇわな。


 これから起こる全ての事柄。


 全部がオレの罪。


 そう心得る。






 爆発するギリギリまで、馬の全速力で南下を続ける。


 爆破予定の世界樹の南側、それもできるだけ世界樹の根元側に陣取る。


 倒れてくるなら、根元の方がより被害は少ないはず。


 北からオレ、部下、馬車と例の職人だかの順で並ぶ。



≪召喚≫



 爆発に先駆け、刻印武装を身に纏う。


 全体的に丸みを帯びたフルプレート。


 銀色の表面には、無数の刻印が鈍く光を帯びている。


 カウントゼロと同時に刻印武装を全力使用。



冷盾スヴェル



 一瞬で視覚と聴覚がイカれた。


 閃光が世界を白一色に染め上げる。


 爆発の衝撃は想像以上。


 すぐにも浮き上がりそうになる身体。


 両手を地面に突き刺して全力で抗う。


 元よりデカい図体は、刻印武装を纏うことで、一回り以上大きくなっている。


 重量も当然増しているわけだ。


 刻印を使用したことで、背後への影響はかなり軽減できているはずだが。


 ――これは……ちと不味いか?


 爆発だけでこの有様。


 この上、世界樹が倒れてくれば、耐え切れる自信がまるでない。


 閃光、爆音、爆風、熱波。


 まるで地獄、まさに地獄。


 1秒が馬鹿みたいに長ったらしい。


 後どれだけ耐えれば終わるのか。


 歯を砕けんばかりに食いしばる。


 予め口に含んでいた、エーテル入りの丸薬が次々と噛み砕かれて、薬効が浸透してゆくのを感じる。


 僅かに魔力が回復してゆく。


 魔力切れは、即ち死と同義。


 耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ。


 終わりの見えぬ地獄は、更に段階を引き上げる。


 バキッだか、ベキッだか。


 爆音を超えて、世界の裂ける音が響き渡る。


 連続する。


 本当に……やっちまいやがったか……ッ!


 閃光を圧し潰すように、巨大な質量が移動を開始していた。


 逃げ場を求めた空気が、爆風を更に強めてみせる。


 これからだ。


 地面に落下した衝撃に耐えられなければ、今まで耐え続けた意味も消え失せる。


 タイミングを見誤るな。


 地面へ衝突する瞬間に、もう一度刻印を発動させるんだ!


 終わりの時が迫る。


 天より来たるは、実体化した絶望そのもの。


 脳裏を様々な記憶が蘇っては消えてゆく。


 ――ハッ、縁起でもねぇ。


 責任を負うためには、生き延びなきゃならねぇわなぁ。


 不安を、恐怖を、無理矢理ねじ伏せる。


 来たる瞬間に備えた。






本日の投稿は以上となります。

次回更新は来週土曜日。

お楽しみに。


【次回予告】

世界樹が人族により破壊された。

平和の終わり。

世界がまた、変わりゆく。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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お読みいただき有難うございます!

『勇者は転職して魔王になりました』 完結しました!

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