65 無職の少年、休日
いつもどおりに、姉さんと一緒に寝た。
いつもと違ったのは、少し寝付きが悪かったことだろうか。
久しぶりに家に帰れる。
そう思うとやっぱり嬉しくて、寝るまでに時間が掛かってしまった。
まだここに来て、一ヵ月どころか、半月も経って無いかもだけど。
体感的には、随分と長く居た気がする。
過ごした時間よりも、余り成長してないことがショックでもある。
頑張って、努力して、何度も何度も倒された。
それでもまだ全然足りやしない。
このまま続けていけば、いつかは望む強さが得られるのかな。
期待と、それよりも大きな不安を抱えながら。
けれども今日だけは、忘れることにしよう。
「忘れ物は無い?」
「大丈夫です」
いつの間にか増えていた荷物。
その多くは僕の着替え。
姉さんが時折、取りに戻っていたみたい。
頻繁に倒されるので、服もすぐに汚れてしまう。
戻るついでに、洗濯を済ませておきたいところ。
「結構あるわね。ほら、お姉ちゃんが持ってあげるわ」
「これぐらい、僕でも持てますよ」
「もう。じゃあ、半分こしましょ?」
これ以上拒否しても、聞き入れては貰えそうにない。
差し出される手に、気持ち少な目に半分ほどの荷物を手渡す。
「やっぱり、もっと小まめに帰らないと駄目かしらね」
「そうですかね」
「週に一度ぐらいは帰るようにしましょうか」
確かに、定期的に帰った方が良さそうな気はする。
洗濯物もそうだけど、家に残した食材だって、放置し続ければ駄目になってしまうわけだし。
姉さんを先頭に、僕とブラックドッグが続く。
「準備は済んだか」
「ええ。けど明日には戻って来るんだけどね」
いつも食事やら訓練やらで使う広間には、既にグノーシスさんの姿があった。
だけではなく、あの茶色い毛玉たちが何体も集っている。
「ノームたちも見送り有難うね。いつか弟君と遊んであげて頂戴」
「んだ」
「だべ」
えっと……流石に数が多過ぎるかなって思う。
1体だけで、僕を持ち上げてみせる力持ちみたいだし。
こちらの身が持たなそう。
頭上には、フヨフヨと浮いているコロポックルたちの姿もある。
「あ、どうせなら、コロポックルたちも里帰りしとく?」
「構わんぞ。既に大樹はここに無い。居つく理由もとうに失せて久しい」
『ドリアード様のところに帰れるコロ?』
「そうよ。母が言うには、もうここに帰ってこなくてもいいみたい」
ドクン。
不意の言葉に、胸が疼く。
『グノーシス様に追い出されるコロ?』
「そういうわけじゃないわ。ここが好きなら、また戻ってくればいいわ」
『なら、仲間に会いに行きたいポー』
『とっても久々ポー』
「明日には戻ってくるから、他の子と交代してもいいかもね」
『ありがとうポー』
コロポックルたちが、姉さんの周りに集まってくる。
け、結構居たんだね。
「じゃあ、また明日」
「ああ」
短い挨拶を済ませると、姉さんが1体のコロポックルを抱える。
≪門≫
空間に歪みが生じ、随分と大所帯になって入っていく。
間際に振り返ると、毛玉たちが手を振っていた。
出てきた先は、植物に覆われた空間。
一瞬、同じ場所かと錯覚する。
「――おかえり。随分と戻るのが早かったのう」
「ただいま。今日一日だけね」
「ただいまです」
『ドリアード様ポー!』
『ただいまポー!』
「――おぉ、皆も共に帰ったか。ゆるりと休むがよい」
「ついでと思って一緒にね。明日また戻るから、他の子を選ぶとかは任せるわ」
「――そうそう、少年よ。スライムが大層寂しがっておったでな。顔を見せてやっておくれ」
「あ、はい。分かりました」
「洗濯はお姉ちゃんがやっておくから、弟君は好きに過ごしなさい」
言うが早いか、こちらの荷物をさっさと奪い取ってゆく。
「短剣は無くさないようにね」
「はい。洗濯物は力まずお願いします」
「き、気を付けるわ。じゃあ、弟君のことは一旦、ブラックドッグとドリアードに任せるから。お願いね」
「――うむ」
『是非もない』
颯爽と姉さんの姿が消える。
もう家に向かってしまったみたいだ。
「――慌ただしいことじゃな。して、成果のほどはどうじゃ?」
「いっぱい倒されてます」
「――カッカッカ。左様か。その割には元気そうじゃな」
「姉さんのお蔭です」
「――これ、ブラックドッグのことを忘れるでないぞ」
「もちろんです」
普通に会話してるけど、グノーシスさんの所から付いて来た大量のコロポックルに埋もれ気味だ。
最初、姉さんと一緒にドリアードさんも来ていたから、それほど久々の再会でも無い気がするけど。
やっぱり、会えるのは嬉しいんだね。
「――そうそう、スライムはその通路の先じゃ」
緑の群れの中から、腕が伸ばされる。
指が指し示した先の壁がポッカリと開き、通路が現れていた。
一度、ドリアードさんに頭を下げてから、ブラックドッグと一緒にそちらへと向かう。
緑の通路を抜けると、やっぱり緑の空間が広がっている。
けど、ちょっと見たことの無い感じに変貌を遂げていた。
蔦だらけ。
それも、壁がじゃなく、壁から反対側の壁へと、縄のように幾本も伸びている。
コロポックルたちがその上を跳ね回っているのだ。
訳が分からず、しばし茫然と立ち尽くす。
『トモダチ、オヒサ!』
と、不意に頭上から降ってくる物体。
慌てて受け止めると、スライムだった。
『オカエリ!』
「ただいま。けど、また明日には出掛けちゃうんだけどね」
『マタ、オデケケ?』
「お出掛け、ね」
『オデカケ』
「そうそれ」
『サビシイ』
「ごめんね。今度からは定期的に戻ってくるよ」
『ツイテク、ダメ?』
「結構危ないからね。ここに居た方が安全だよ」
『トモダチ、キケン?』
「僕は大丈夫。姉さんも一緒だし、心配しないで」
表面を撫でてあげると、目を細めて気持ち良さそうにしてる。
改めて周囲を見渡す。
「この部屋、何か凄いね」
『ツクッテ、モラッタ』
「ドリアードさんにってことだよね」
もう部屋の中って感じじゃない。
見たこと無いけど、森の中とかはこんな感じなんだろうか。
「そうだ。今日は休みだから、一緒に遊べるよ」
『ナント⁉』
「でも、この蔦で遊ぶのは無理そうかも」
『ウエ、ナゲテ』
「? スライムを投げろってこと?」
『トビノル』
「そんなに上手くいくかな?」
『ダイジョブ!』
「……じゃあ、最初は低い位置からね」
『バッチコイ!』
「それ!」
蔦の多そうな場所を目掛けて、スライムを投げる。
すると、体を広げて蔦に纏わり付いてみせた。
そういうのもアリなんだね。
『投げて欲しいポー』
その様子を見ていたのか、コロポックルが群がってきた。
「えぇっと、順番にね」
数が数なので、片手ずつ乗せて投げていく。
ブラックドッグも手伝ってくれるつもりなのか、鼻先で器用に弾いてみせる。
『新感覚ポー』
『もっとやりたいポー』
『ヨコハイリ、ダメ!』
なんだか、この賑やかな感じが妙に懐かしい。
けどこれ、ずっと続けると疲れちゃいそうだな。
――それは唐突に起こった。
浮遊感。
次いで、世界が激しく揺れる。
しゃがみ込むこともできず、地面に倒れ込んだ。
さて、2章が本格的に始動します。
本日はあとSSを2話投稿します。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




