62 無職の少年、教え
あれ?
最初は僅かな違和感。
何か、いつもと違うような?
けど、具体的に何がどう違うのか、理解が及ばない。
手元をジッと見つめて、違和感の正体を探ってみる。
「敵を前にして、随分な余裕だな」
ハッと顔を上げるも、既に相手は動いた後。
避ける間を与えず、石剣が迫る。
正面からの横薙ぎ。
威力は正に痛いほどに見知っている。
反射的に石剣を払うよう腕が動いた。
後方へ倒れ込みながらも、下から弾く様に魔装化で具現化した短剣を振るう。
いつもならば、短剣が砕け散るのみ。
しかし、今回は違った。
石剣の軌道を僅かに逸らす。
胴を薙ぐはずの剣閃が、眼前を横切って行く。
そうしてそのまま、背後へと倒れ込んだ。
「どう? 成果はあったでしょ」
「確かに。偶然とは言えまいな」
頭上で言葉が交わされる。
けど、状況への理解が追い付かない。
痛くない。
それがとにかく不思議でならなかった。
いつもなら吹き飛ばされていたのに。
どうしてそうはならなかったのか。
視線は答えを求めて彷徨い、手元に行き着く。
未だ健在の短剣。
おかしい。
どうしてまだ砕けていないのか。
「ウフフッ。そんなに不思議?」
「姉さん?」
声に釣られるように、姉さんへと視線を向ける。
「痛ッ⁉」
と、頭に鈍痛が走った。
「初撃を凌いだぐらいで、敵から意識を逸らすな」
「ちょっと!」
「続きだ。さっさと立て」
石剣の腹で叩かれたらしい。
またやられては堪らない。
急いで立ち上がり、距離を取る。
「倒れて終いでは詰みだ。動きを止めるな」
「は、はい」
昨日習ったとおりに、身体の前に短剣を構える。
「先の一撃。まぐれではないと証明して見せろ」
数歩分の距離が一瞬で詰め寄られ、石剣の横薙ぎが迫る。
けど、さっきとは違って、身構えていた分、多少の余裕があった。
石剣を弾く様に、短剣を下側から振るう。
「二度も同じ動きをすると思うか?」
「ッ⁉」
石剣の軌道が変わる。
横から縦へ。
短剣が上から叩き付けられた。
結果、まともに打ち合う形となり、砕け散ってしまう。
「状況は常に変化する。勝手な思い込みは、却って命取りだ」
石剣が首元に当てられる。
「敵を信用するな。言葉、動き、全てを疑ってかかれ」
吹き飛ばされる!
そう身構えて目を瞑る。
…………あれ?
衝撃が来ない。
恐る恐る薄目を開ければ、また距離が空いていた。
「目を逸らすなと言ったはずだが? トドメを刺される瞬間ですら、諦めなければ反撃の機会はあろう」
石剣が地面に突き立てられる。
「痛かろうが怖かろうが、己で視界を閉ざすな」
「はい」
返事の直後、勢いよく石剣が引き抜かれる。
だけでなく、地面を抉ってこちらへと土塊が飛ばされてきた。
「うわッ⁉」
咄嗟に腕を交差させて、顔を庇う。
「言ったそばから、その様か」
声は至近から。
視界は腕で塞いでしまったので、攻撃がどこから来るのか分からない。
短剣を生み出しても迎撃できない。
けど、動かなければ、吹き飛ばされてしまう。
一番安全そうなのは背後だけど。
すぐに追撃が来るだろう。
ならばと、防御を強めて前方へと跳び込む。
「意表を突いたつもりか?」
横っ腹に激痛。
「ガハッ⁉」
身体を不自然に曲げられ、吹き飛ばされた。
地面を何度も転がる。
痛みに苛まれながらも、滲む視界で相手の姿を探す。
「視界を閉ざすことの愚かさを知れ」
ゆっくりと近づく姿を捉える。
動かないと、また攻撃されるだけだ。
早く武器を構えないと。
痛む身体を無理矢理動かす。
立ち上がりつつ、短剣を生成する。
「今度は捌けるか?」
歯を食いしばって声を押し殺す。
視界は閉ざさずに。
相手の動きを良く観察する。
攻撃は剣だけとは限らない。
殴りもするし、蹴りもする。
さっきみたいに、地面を抉り飛ばしてもくる。
何をされるか分からない。
怖い。
身体の震えは痛みの所為か、それとも恐怖の所為か。
「最後まで目を瞑るなよ」
結局、魔力が切れるまでボコボコにされた。
いつもどおりに。
違ったのは、最初だけだった。
「もう、相変わらず容赦ってものをしないんだから」
こちらもいつもどおりに。
姉さんとブラックドッグと共に、緑の泉に浸かり、魔力の回復に努める。
「でも少しだけ違いが実感できたんじゃない?」
「そうなんですかね。結局、よく分かりませんでした」
「型の訓練を続ければ、短剣の具現化もより改善されると思うわよ。当然、攻撃への対処に関してもね」
そうだったんだ。
やっぱり、短剣の精度が違った気がしたのだ。
気の所為かとも思ったけど。
「母は意地が悪過ぎるのよ。折角、成果が出てたのに、態と短剣で戦わせないんだから」
ドクン。
単語に反応し、胸が僅かに痛む。
「戦いって難しいんですね」
「そうね。相手は何をしてくるか分からないし。相手に何もさせないのが、一番イイんでしょうけどね」
「考えることが多くて、動けなくなっちゃいます」
「最初は誰でもそうよ。母も言ってたけど、目を瞑らないようにしないとね」
ドクン。
再びの疼き。
「頑張ってみます」
全然強くはなれてない。
戦えるようにもなってはいない。
けれども、ほんの少しずつ。
成長はしている。
……ような気がする。
ほんの僅かな歩みでは、まだ何処にも届きそうにない。
本日は本編65話までと、SSを2話投稿します。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




