61 無職の少年、型稽古
▼10秒で分かる前回までのあらすじ
グノーシスの住処での訓練は続く
姉から短剣を貰い、技の習得に向けて更に訓練内容が増える
魔装化や身体作りの他に、剣術の訓練も加わった。
貰った短剣を手に、指示に従い身体を動かす。
素振りかと思ったら、型っていう動作を言われた通りに繰り返すだけ。
最初こそ簡単にできたものの、次第に動きは鈍くなってゆく。
だけでなく、言われた動作が咄嗟に判断できなくなる。
「この程度も満足にこなせんか」
「追い詰めないでってば! 初めてなんだから、できるわけないでしょ」
「わけがない、とは思わんがな」
「一旦休憩しましょ。大丈夫、繰り返しやれば身体が覚えるわ」
思っていた以上に疲れていたのか、返事もできずにその場にへたり込む。
そのまま脱力して、荒い呼吸を繰り返す。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ」
「抜き身のままじゃ危ないわ。短剣は鞘に納めておいてね」
返事の代わりに、プルプル震える腕で短剣を鞘に納める。
あんな単調な動作だけで、こんなに疲れるなんて。
「最初は覚えるのも大変だろうけど、身に付いちゃえば、後は身体が勝手に動いてくれるようになるはずよ」
姉さんが隣に腰を下ろす。
どこから取り出したのか、水の入ったコップを手渡される。
有難く受け取り、中身を飲み干す。
「型がある程度身に付いたら、素振りも始めましょうね。今日はまだ型だけにしておきましょう」
「分かり、ハァ、ました」
少し呼吸が落ち着いてきた。
途切れながらも返事をする。
このまま素振りをしても、すぐにバテてしまうのは目に見えてる。
大人しく従うしかない。
「お姉ちゃん的には、短剣が向いてると思うんだけど。弟君的にはどう?」
「ハァッハァッ、まだ分かり、ませんよ」
ただ言われるがままに、動いているだけで精一杯。
向き不向きとか、そういう以前の段階だ。
これだけ疲れてしまうのだから、もっと重い武器とかは向いてないとは思う。
「短剣が役に立って良かったわ。もう1本あるし、二刀流とかできたらカッコイイかもね」
1本だけで身体の方が振り回されてる感じなのに、2本とか無理。
息を整えながら答える。
「フゥーッ。2本使うなんて無理ですよ」
「そうかな? 魔装化で作れば重さも無いから、できそうに思うけど」
「え? ああ」
なるほど。
重さが無いなら、できるのかも。
けど、訓練は本物の短剣を使うんだろうし、2倍疲れるわけだよね。
「無駄な期待だ。1本だけで人並みに届くまで、どれだけ掛かるか知れん」
「もう! 口を挟まないでよ!」
「高望みはせぬことだ。娘の言は理想ではなく妄想の類いだからな」
「うっさい!」
なんだろう。
こういうのを、飴と鞭って言うのだろうか。
なんか違う気もするけど。
姉さんとグノーシスさんって、仲が良いのか悪いのか、よく分からないや。
休憩を終えたら、また型稽古。
対面に姉さんが立ち、石剣でゆっくりと攻撃を加えてくる。
それに対し、これまた姉さんの指示で、攻撃に型で応じる。
意味が分からなかった動作に、意味が通ずる。
「そうそう。慌てなくていいから、動作の意味も理解してね」
「はい」
実際に攻撃が見えているから、動くべき方向が分かり易い。
もっとも、攻撃に力が加えられていないから、防ぐのは実際よりも遥かに楽。
そう、実際に打ち合えば、すぐに対処できなくなるだろう。
グノーシスさんが相手だったら、もう倒されているに違いない。
「ほら、集中を切らさない。次行くわよ」
「はい」
短剣だと、対処できる範囲が狭い。
当然、打ち合ったり、受け止めたりは向いてない。
弾く、逸らす、が基本的な動きになる。
ゆっくりと迫る石剣の向きを確認する。
まともに打ち合うのではなく、身体に当たらないように向きを逸らす感じ。
正面からじゃなく、横から当てる感じで。
「身体を外に開いちゃ駄目よ。攻撃を逸らしたら、すぐ元の姿勢に戻すこと。短剣は常に身体の前で構え続けるようにね」
「はい」
攻撃に対処したら、すぐ元の位置に戻す。
簡単なことなのだろう。
けど、回数を重ねていくと、身体が楽な動きをしようとしてしまう。
動きは最小限に。
姿勢を保てなくなってくる。
「そろそろ限界? もう終わりにする?」
「いえ、まだやれます」
「なら、姿勢を元に戻しなさい。今は速さじゃなくて、正しい動きを身体に覚えさせることが大事なの」
「はい」
身体の勝手な動きを、意識して正しい動きに制御する。
全身が重たい。
特に、短剣を持っている腕が、酷く重い。
関節も曲げ辛くて、棒になったみたいだ。
ゆっくり迫る石剣に、どんどん対処できなくなってくる。
そうして遂に、短剣を取り落としてしまった。
「終わりにしましょう」
「けど」
姉さんがしゃがみ込んで、短剣を拾い上げてくれる。
こちらの手を通り過ぎ、腰の鞘に納めてしまった。
「焦らないの。明日だってあるのよ? でもまぁ、魔装化は少しだけ、楽になってるかもね」
「???」
どういう意味だろう。
フラフラと揺れる身体を、姉さんに抱きとめられる。
「さ、汗を流しちゃいましょう」
「そう、ですね」
「後で短剣の手入れもしないとだし」
「フゥッ……何とも手緩いことだ」
広間を後にしようとすると、そんな声が聞こえてきた。
すぐさま姉さんが反応する。
「普通はこれぐらいでいいのよ」
「普通とは悠長なことだな」
「剣術はアタシが担当なんだから、口を挟まないで」
「成果のほどは、明日にも分かろう」
「フン。弟君、行きましょ」
姉さんに手を引かれ、緑の泉を目指す。
きっと明日も大変そうだな。
本日は本編65話までと、SSを2話投稿します。
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