6 無職の少年、帰宅
▼10秒で分かる前回までのあらすじ
少年は姉を追い駆け人族の町、聖都へと辿り着く
女騎士に助けられたが、騎士により姉は拘束されかけていた
助けようと騎士に挑むも敵わず、更に騎士の中に勇者を発見する
異形の力で勇者に挑むもあと一歩及ばず、姉に抱えられて脱出した
二度の移動を経て、故郷へと辿り着く。
人族の町とは明らかに異なる風景が広がる。
とても静かで清浄な空気に満ちた空間。
大地は遠く土も石もない。
世界で最も空に近い場所。
世界樹の上に存在する集落である。
足元は巨大に過ぎる枝が地面の代わりを成している。
一生の別れと覚悟して向かったはずが、こうして戻って来てしまった。
目的も遂げられぬままに。
「まずは怪我を治しましょうか」
「僕よりも先に、ブラックドッグを治療してあげて」
「この子は怪我を負っているわけではないわ。魔力が枯渇しているだけ。もちろん、そのままでは命が危ぶまれるところだけど、ここなら自然に回復していくわ」
「でもまだ苦しそうです」
「すぐには回復しないもの」
「姉さん」
「もう、分かった、分かりました。エーテルの備蓄はあるだろうけど……何年までなら飲んで大丈夫なのかしら」
姉さんに抱えられながらの家路。
見慣れた家が近づいてくる。
人族の町での印象が未だに強く残っているからか、変わった造りなのだと実感が湧いて来る。
木にできた瘤。
地面代わりの枝から隆起した球状の樹皮。
人族の家の二階建てと同じ規模感か。
後違うとすれば、天井が無い。
ここは雲よりも上。
雨の心配はない。
樹上ゆえに無暗に火を使うわけにもいかず、自然光を活かしているらしい。
階の仕切りも、中央は吹き抜け。
そんな我が家だ。
「あ、やっと帰って来た」
玄関の扉を開ければ、すぐに居間がある。
無人のはずの我が家から、出迎える声が。
「妹ちゃんたら、また勝手に入って」
「酷いよぉー。お出かけするなら、ウチも誘ってよー」
申し訳程度の布面積しかない衣服。
ほぼ露出している肌は薄桃色、肌より数倍は濃い桃色の短い髪。
人族は必ず肌色。
つまりは、肌の色が異なるのは人族ではない証。
「今日は構ってあげられないから、大人しく家に帰りなさい」
「エェーッ⁉ オネーチャン、酷い! ……ってオトートクン、どうしたの⁉」
「いちいち騒がないの」
「大丈夫⁉」
「い・い・か・ら! 出て行きなさいっての!」
「あー酷い! 足で押さないでよー!」
何度も振り返りながらも、ただならぬ様子を察してか、それ以上抵抗はせず家から出ていった。
「姉さん、流石にあれは酷いです」
「あの子が居ると話が脱線して進まないもの。さて、治療を済ませてお風呂で汚れを落としたらお説教よ」
「ブラックドッグも」
「分かってるってば。一旦椅子に座って待っててね」
横長の椅子に座らされ、ブラックドッグは体ごと横たえられる。
姉さんがローブを脱ぎ捨て、ようやくいつもの姿に戻った。
背に隠してあったらしい棒が外される。
肩が剥き出しでパンツと一体化したような黒い服。
身体にピッタリと貼り付き、否応なく起伏を主張している。
肘まで覆う黒い手袋に、膝まである長いブーツ。
覗く肌は褐色。
人ならざるモノの証。
艶のある黒髪が頭頂で束ねられ、背中へと垂らされている。
僕と似ている特徴は一つもない。
「ポーションとエーテルは、っと……確か貰ったのがどこかに……」
「姉さん」
「はいはい。どこにも行かないから、大人しく待ってなさい」
「違います。薬は台所じゃなく、この部屋です」
「あら? そ、そうだったかしら」
「部屋に入ってすぐの棚が、薬品棚です」
「そうそう、そーだったわね。アレが来る度に在庫が増えてばかりだったけど、偶には役に立つものね」
「賢姉さんに感謝しなといけませんね」
「弟くぅ~ん? アナタの姉は、アタシ一人だけよ。他は全部偽者だから」
また始まった。
何故だか僕の周りには、自称姉が複数居る。
姉さんも含めて。
実の家族はもう一人だって居やしないのに。
■い記憶。
過ぎる光景に顔をしかめる。
「先にブラックドッグにエーテルを与えてあげましょうか。弟君の治療はお風呂で一緒に済ませちゃいましょう」
緑色の液体が入った小瓶をブラックドッグの口元へと近づける。
反応は鈍く、グッタリとしたまま。
飲むのは難しそう。
「うーん、無理に飲ませるより、体にかけてあげた方がいいかしら」
「じゃあブラックドッグも一緒にお風呂で」
「そうしましょうか。あ、そのまま動かないでね? 抱っこして連れて行ってあげるから」
「お風呂まで歩くぐらい、できますよ」
「だーめ。お風呂の準備してくるから、大人しく待ってなさい」
黒髪を揺らして風呂場へと駆けて行く。
服を脱ぎ捨てながら。
姉さん……服を脱ぎながら移動するのは止めてください。
どうにも服の感触が苦手らしく、隙あらば脱ごうとする。
自宅内に限っての話ではあるけど。
寝るときも服は脱ぎ捨てて、下着姿だし。
しかも、僕の服まで脱がそうとしてくるのだから質が悪い。
抱き心地が悪いからって。
僕は服を着てないと落ち着かないのに。
「お待たせー。さぁ、お風呂で沢山可愛がってあげるわよー」
「治療が先、ですよね?」
「そうね! もちろん忘れてないわ!」
既に下着姿。
後で、服を拾っておかないとな。
器用に薬瓶と僕とブラックドッグを抱え、風呂場へと連行される。
「いつも通り、隅々まで綺麗に洗ってあげるからね」
「自分で洗えますよ」
「駄目よ。お姉ちゃん特権だから」
意味が分からないよ、姉さん。
そうしていつも通りに、一緒にお風呂へ入るのだった。
訳アリ姉弟の事情は追々と。
美人のお姉さんとお風呂も寝るときも一緒なのですよ。なにせ姉弟だからね!
ちなみに、姉の背には鉄棍を保持できるハーネスのような物を装着してる感じです。
更に補足として、世界樹で火や水が使えるのは、精霊の力ということでご理解ください。
本日は本編10話までとSSを1話投稿します。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。