60 無職の少年、我慢の限界
何度も何度も砕かれる。
歪で脆い、模造の短剣。
それでも、実物を見て触れるお蔭か、多少はマシに思える。
「同じことを繰り返してどうする。少しは進歩を見せろ」
「ッ⁉」
そんな思いすら、言葉で崩されてしまう。
頭の中で思い描く。
大きさを、形を、硬さを。
手の中に魔力によって編まれていくソレは、どうしても想像とは異なってゆく。
薄っぺらくてガタガタしてる。
想像どおりにすら形を成せていない。
当然のように打ち砕かれてしまう。
「武器がそのざまでは、鎧とて同じ。刃はその身を切り裂くぞ」
石剣の腹で殴り飛ばされる。
容易く宙に浮く身体。
すぐさま衝撃と共に地面へと叩きつけられる。
何もかも上手くできない。
悔しくて、情けなくて。
少しも成長できてやしない。
「敵を前に呆けるな」
言葉と同時に蹴り飛ばされた。
纏った鎧が砕かれる。
またしても身体は宙を移動し、壁に激突する。
「どれも不出来。危機感がまるで足りん。訓練とて、怪我も負えば死にもするぞ」
叱責が続く。
時に攻撃を伴って。
上手くできない自分に対して。
理不尽に思える言動に対して。
暗い感情ばかりが募ってゆく。
「また娘に縋るつもりか? 独りでは何もまともにできぬか」
攻撃に、言葉に、打ちのめされる。
気力が削がれていく。
逆に暗い感情は膨れ上がり続けて。
遂には限界を迎えた。
「ガアアアァァァァァーーー!!!」
頭の中が、怒りに染め上げられてゆく。
感情に呼応してか、姿も変わる。
暗く黒く。
鎧は消え失せ、人の姿でも無くなって。
頭と言わず、身体と言わず。
腕とも呼べない植物の蔦のようなモノが無数に生える。
炎のように影のようにユラユラと。
「弟君⁉」
「手を出すな! 子供が癇癪を起しただけだ」
無数の触手が敵へと襲い掛かる。
先端を硬く鋭く尖らせて。
黒の群れが殺到する。
≪魔装化≫
刺し穿つ寸前で細断された。
群れの先頭が消え失せる。
黒の群れから姿を現わすのは、黒い鎧。
身の丈ほどもある大剣が振り抜かれている。
――好機。
攻撃直後の硬直をすかさず狙う。
切り裂かれた触手を分ける。
その後に復元させれば、数は倍化。
密度を増して、再び襲い掛かる。
「そもそもが――」
正面だけでなく、横や上からも覆い尽くす。
こちらからは、もう姿は見えないほどに。
けれど、声が届く。
「――速さがまるで足りん」
得られるのは達成感ではなく喪失感。
一瞬ごとに、黒の群れが消え失せてゆく。
「攻撃に力を費やしているなら、当然、防御は殊更に疎かだろうな」
声は驚くほど至近から。
眼前に横から大剣が振り下ろされた。
触手が根元から切断される。
「ギッ⁉」
いつの間に接近されていたのか。
まるで気が付かなかった。
斬られた痛みで、身体が竦む。
「無造作に力を揮えば、その分、消耗も激しい」
眼前に脚。
「ガハッ⁉」
と思ったら、もう蹴り飛ばされていた。
力が急速に失われていく感覚。
脱力感が襲いくる。
「力任せで敵うは、所詮は己よりも弱い相手のみと知れ」
姿が元に戻っていく。
壁にめり込んだこちらへと、足裏が迫ってきた。
「怒るのも無理はないと思うけどね。でも、母には通用しないわ」
ズキリ。
言葉に反応し、胸が痛みを返す。
いつもよりも、鋭く強い。
「ごめんなさい」
「お姉ちゃんに謝る必要はないわよ。むしろ、無理に感情を溜め込まず、発散させていく方が健全だと思うぐらいだもの」
魔力切れを起こしたので、今は緑の泉に浸かっている。
「ブラックドッグも、ゴメンね」
『力及ばず、申し訳ない』
一緒に入っているブラックドッグにも謝っておく。
僕が負けるってことは、ブラックドッグも巻き添えになってしまう。
いつも僕の都合にばかり付き合わせてしまっている。
もし逆の立場だったら、どう思うだろう。
相手の都合で、命懸けで戦わされるなんて。
とてもじゃないけど、気分の良いものじゃないよね。
「いっつも、ゴメンね」
『謝罪は不要。守るのが務め』
「つとめ?」
『遠い昔の誓い。それを果たすのみ』
それってつまり、僕のためってわけじゃないのかな。
なんだかモヤモヤする。
「と、取り敢えず、武器の具現化には、実物を常に持ち歩くのが一番だと思うわ。イメージがより明確になってゆくはずよ」
「……分かりました。やってみます」
姉さんに言われて、あの短剣のことを思い出す。
時間が経つにつれ、形が曖昧になっている。
ハッキリと思い浮かべられるようになれば、上手くできるだろうか。
だけど、それで終わりじゃない。
目的はもっと先にある。
技を覚えなくちゃいけないんだ。
魔装化で放つ技。
それが今、僕が目指す強さの形なのだから。
本日はあと、SSを2話投稿します
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