59 無職の少年、短剣
朝――と言っても、この場所じゃあ昼も夜も無いに等しいけれど。
ともかく、食事を終えていざ訓練という寸前、姉さんから声を掛けられた。
だけじゃなく、何かを差し出される。
「武器を具現化するのに、きっと役に立つだろうと思ってね。家へ取りにパパっと戻ったの」
手渡されたのは、鞘に納められた1本の短剣。
「これは?」
「弟君のご両親から預かってたモノよ。2本あったんだけど、こっちを持ってきたわ。結構古いけど、まだ十分――」
ズギン!!!!
最大級の痛みが胸を襲う。
短剣を取り落とし、堪らず地面に蹲る。
「弟君⁉」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
頭の中が痛みだけで埋め尽くされる。
あまりの痛みに、悲鳴すら上げられない。
代わりとばかりに、涙だけが零れていく。
胸を掴むように手で押さえ、どうにか痛みを打ち消そうとする。
けど、届かない。
もっと奥の方で、猛烈な痛みを発し続けている。
「弟君、しっかりして!」
誰かに抱きしめられる。
けれどもすぐに、意識は痛みに持っていかれてしまう。
「こうすれば容易かろうに」
首元に衝撃。
唐突に意識が途絶えた。
目覚めは心地よいものではなかった。
首がやたらと痛い。
「弟君! よかったぁ、目が覚めたのね」
「姉、さん?」
伝わる感触は地面のものか。
どうしてだか、地面に横たわっているらしい。
「大丈夫? どこか痛かったり、苦しかったりしない?」
「首が痛いです」
「乱暴な母で御免ね。他はどう?」
ドクン。
胸が僅かな痛みを返す。
姉さんに手を添えられながら、ゆっくりと上体を起こしてゆく。
身体を動かしながら、調子を確かめてみる。
やっぱり、首だけ痛いみたい。
「他は大丈夫そうです」
「そう……でも御免ね。まさかあんなに取り乱すだなんて思ってなくて」
「?」
訳が分からず、首を傾げる。
「詳しく説明すると、また発作みたいになると思うわ。けど、この短剣だけは受け取っておいて」
手渡されるのは、鞘に納められた20センチほどの短剣。
何だっけ?
つい最近、見たような気もする。
「魔装化の武器の参考にしてみて。実物がある方が捗ると思うから」
「ありがとうございます」
大して装飾が施されているわけでもない。
実用性重視なのかも。
魔族の集落で借りたモノよりかは、何となく高価そうな感じがする。
試しに鞘から抜いてみると、綺麗な剣身が露わとなった。
鏡のように、僕の顔が映り込んでいる。
錆も刃毀れも無い。
両刃の短剣。
「そうそう、魔装化で武器を扱う際、方法が2種類あってね」
姉さんの話を聞くため、短剣を鞘に戻してから視線を向ける。
「1つは、弟君がやろうとしてるみたいに、武器そのものを生成する方法。そしてもう1つが、実際にある武器に魔装化を纏わせる方法よ」
「えっと……何が変わるんですか?」
「魔装化だけで作った武器は、重さが無いから圧倒的に軽いわ。普段、武器を持ち歩かなくて済むのも利点かしらね」
言われてみれば、重さは無かったかもしれない。
実感する前に、全部砕かれてしまったけど。
「武器に纏わせる場合は、当然重さが残るわね。その代わり、武器に攻撃力を上乗せできるわ。あとは、疑似的な武器の変形ができるってところかしら」
「変形って、どういう意味ですか?」
「えっと、例えば棒を持った状態で使った場合、槍とか大剣とかにできるってことよ。ただし、武器自体を作り変えてるわけじゃないから、元々の形状より小さくすることはできないけどね」
最初から武器を持ってない方が、自由度は高いのかな?
一方で、武器を持っていれば、魔力切れでも武器は残るわけか。
結局、どっちが便利なのかよく分からないや。
「魔装化は魔力切れが致命的よ。エーテルを飲んで回復したり、念の為、武器を持ってた方がいいと思うわ」
魔力が切れれば無力になる。
それは、身をもって実感していたことでもある。
だからと言って、武器を持っていても魔装化無しじゃ敵いっこない。
「弟君はまだ身体も小さいし、実際に持つ武器は短剣ぐらいが丁度良いんじゃないかしら」
姉さんの棒や、グノーシスさんの剣は、僕には大き過ぎるかもしれない。
……短剣かぁ。
手にした短剣をマジマジと見つめる。
どう見ても、強そうではないよね。
「短剣の戦い方もだけど、手入れの仕方とかも教えてあげるからね」
そっか。
実際の武器なんだから、管理しないと駄目になっちゃうのか。
刃物はその辺りも、手間が掛かるんだね。
外出するときは、手入れの道具も持ち歩くのかな?
「もう動けるようになったのだろう? いい加減、始めるぞ」
「調子が悪いと感じたら、すぐに言ってね?」
「はい」
短剣を手に立ち上がる。
んー、でもなんで首が痛いんだろう?
短剣は、前作の秘書さんがあげた物です。
では、もう一本とは……?
本日は本編60話までと、SSを2話投稿します
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




