57 無職の少年、技
「じゃあ、説明を始めましょうか」
「突然、何事だ?」
「昨日ちょっとね。少しだけ時間を貰うわよ」
広間に用意された石造りの机と椅子。
そこで朝の食事を終え、いつもの訓練に先んじて姉さんが動く。
疑問の表情を浮かべたグノーシスさんを余所に、会話が続けられる。
「弟君は、昨日言ったこと覚えてる?」
「確か、わざ、でしたよね」
「そうそう。ちゃんと覚えてて偉いわ」
褒められてもなぁ。
いくらなんでも、こんなにすぐには忘れないよ。
「技って言うのはね、特定の動作を指す言葉よ」
「はぁ……?」
きっと攻撃する手段なのだろうとは想像していた。
けど、まだよく分からない。
「例えば、軽い力で殴るのと、強い力で殴る。これもまぁ、大雑把に言えば技と呼べるわ」
えぇっと、何だか期待していたモノとは違う感じがする。
それも残念な方向に。
「強い力で殴るって言っても、方法は色々とあるわよね。弟君なら、やってみせろって言われたらどうする?」
「うーんと」
強く殴るってことなんだし、思いっきり殴ればいいんだよね。
「腕を振りかぶってから、思いっきり殴ると思います」
「なるほどね。けど、格闘技を習ってる子なら、もっと強く殴れるでしょうね」
「それはまぁ、そうなると思います」
「単純に力が強いってだけじゃなくて、身体の動かし方が違うのよ」
姉さんが立ち上がり、実際に動きながら説明してくれる。
「殴るだけでも、腕だけ使えばいいってわけじゃないわ。踏み込み、腰の捻り、重心の移動、腕の伸ばし方、みたいにね」
最初はゆっくりと動いて見せてくれてから、一連の動作を素早くこなして見せてくれた。
そんなに色んな動きを混ぜたりするんだ。
咄嗟にできそうもないや。
「ただ殴るってだけでも、工夫によって威力は変わるわ。仮に、体格が全く同じ2人が全く同じ動作で殴り合った場合、結果はどうなるかしら?」
「全く同じなら、同じだけ怪我するんじゃないですか?」
「なら、その結果を変えるには、どうしたらいいと思う?」
「え……?」
同じ体格で同じ動作なんだよね。
なら……。
「体格を変えるか、違う動作を行えばいいと思います」
「さっすが弟君。体格を変えるって言うのが、つまり身体を鍛えること。違う動作って言うのが、工夫になるわけよね」
そう、なのかな。
あんまりよく分かってないかもだけど。
「やっぱり、最適な動作っていうものがあるわけよ。同じ動作なら、より体格の良い方が強いわけよね」
「ですかね」
想像し易いのは、子供が大人に敵わないような状況かな。
それこそ、僕と姉さんとじゃ、力の差は歴然だろう。
もちろん、姉さんと戦ったりなんてしないけど。
「そこで重要になってくるのが、スキルと魔力なの」
魔力はともかく、スキルって……。
これって、ひょっとすると僕じゃ無理な内容かもしれない。
「ここで言うスキルは、先天的に備わっているモノじゃなくて、修練を重ねることで獲得できるわ」
……え?
じゃあ、もしかして僕にもできるのかな?
「剣なら【剣術】、格闘なら【格闘術】って感じね」
僕だったら何だろう。
武器を使ってないし、格闘になるのかな。
「スキルの有無で、同じ技でも威力が段違いになるわ。それに加えて、さっき言った魔力も重要よ」
僕にもできるかもしれない。
そう思えたことで、より集中して聞くようになる。
「魔法が封じられている今、精霊以外では魔力が無駄になっているわけだけど。魔装化が使えるなら、話は変わってくるわ」
ふむふむ。
魔装化は魔力を消費して発動できるはず。
武器や鎧だけじゃなく、姿まで変えられる。
「魔装化の状態で技に魔力を込めることで、威力は跳ね上がるわ。もちろん、その分多く魔力を消費することになるけどね」
なら、人には使えないってことかな?
スキルはどうか分からないけど、魔力の方ならできそうに思える。
問題は、技っていうのを、どうやって覚えるかだけど。
「どう? 参考になったかしら」
「はい、ありがとうございます。あの、それで、技って僕でも覚えられますか?」
「一部の技を除けば、動き方みたいなモノだからね。大丈夫なはずよ」
「じゃあ!」
「ただ、お姉ちゃんが教えてあげられるのは、剣術と棒術だけよ」
剣と棒、か。
どっちも使ったことないけど。
「教えてください」
「よく考えてみてね、弟君。思ってるほど簡単なことじゃないわ。訓練だって、もっと増えることになるのよ」
「でも……でも、やらないと、強くなれないですよね?」
「今の訓練だけでも、倒れちゃうわよね」
「それは……そうですけど……」
「誤解しないでね。反対してるってわけじゃないの。ただ、弟君の体調や精神的負荷が心配なだけ」
「やってみせればいい」
今まで黙っていたグノーシスさんが口を開いた。
「ちょっと、そんな無責任なこと――」
「努力せず得られることなどあるまい。才が無いと喚く暇があるなら、倒れるまで努力しろ」
昨日までだって、薬が無かったら、倒れたまま終わってた。
これまで以上に辛い思いをすることになるのは確実。
とっても苦しいに違いない。
――けど。
「頑張ります! きっと、何度も倒れちゃうと思いますけど、それでも」
「弟君……」
「お願いします、姉さん」
「協力はしてあげるわ。けど、無理はしないで。弟君が辛いのは、お姉ちゃんも辛いわ」
「娘よ。そこで甘やかすな。相手を想えばこそ、厳しく事に当たれ」
姉さんがグノーシスさんを睨み付ける。
対して、グノーシスさんは動じる様子はない。
でもこれで。
少しだけでも、強くなれる光明が見えたかもしれない。
技の講釈に関しては、作者の独自解釈に過ぎないので、色々とツッコミどころがあるかもです。
本日は本編60話までと、SSを2話投稿します
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




