56 無職の少年、筋肉付かず
▼10秒で分かる前回までのあらすじ
是非是非、第一章をお読みいくださいませ
家以外での、姉さんとの生活。
一緒に起きて、一緒に寝て。
そこはまぁ、いつもと変わらないけど。
起きてる間の行動が異なっている。
魔装化の訓練と、身体作り。
大変なのは当然後者。
ポーションが無ければ、初日と同じ激痛に苛まれてたはず。
2日と持ちはしない。
そのどちらも、成果はあんまり。
天職の備わっていない僕では、こんなものなのだろう。
「やっぱり、環境が駄目なのかもしれないわね」
「娘よ。突然何を言い出すのだ」
草と綺麗な鉱石で溢れた場所。
疲れて倒れた頭を膝に乗せて、姉さんが唐突に話し始めた。
少し距離を空けて立つグノーシスさんが律儀に応じる。
なんのかんの言ってるけど、実は仲が良い気がする。
「食事のことよ。身体を鍛えたって、食事の量が限られてるんじゃ、身体も育たないんじゃない?」
「……娘は十二分に育ったように思うが」
「ちょっと、何処見て言ってんのよ」
「別段、他意はない」
「いや、そりゃまぁ、アタシは育ったかもしれないけど。それは精霊の性質ゆえでしょ。魔力を吸収できる分、純粋な人族とは違うわよ」
「ならばどうしろと?」
「理想的なのは、外で過ごすことなんでしょうけどね」
「身体を鍛えるだけならばともかく、戦闘は外では無理だな」
「あー、やっぱり?」
「忽ちの内に周囲が崩壊することだろう」
「個人的には、今のままの弟君が好きなんだけどねー」
サワサワ。
優しく髪を撫でつけられる。
精霊の住処や世界樹だと、食事の量は少なく済む。
けどその所為で、成長が妨げられているってことかな?
賢姉さんが小さいのは……住んでる場所が違うから別の理由か。
なら、妹ちゃんの方はどうだろう。
妹ちゃんも小さいと思うけど、お兄さんやご両親はどうだったかな。
ドクン。
思い浮かべた言葉に反応し、心臓が強く脈打って痛みを訴えてくる。
「……本当に妙な関係ではないのだろうな?」
「はあぁ⁉ 一体、何をそんなに疑ってるのよ」
「どうにも接し方が過剰ではないか?」
「姉弟なんだから、別に普通よ、ふ・つ・う」
「……そういうものか?」
「ただし、すっごく仲がいいってだけで。ねー、弟君」
ワシャワシャワシャワシャ。
髪がぐしゃぐしゃにされる。
「姉さん、痛いです」
「あ、御免御免。つい気持ちが入り過ぎちゃったわ」
力加減が元に戻る。
「世話を焼いてると言うより、迷惑を掛けているように見えるがな」
「そんなことないわよ。食事は……弟君が作ってくれるわね。掃除……もそうね。洗濯はさせてくれないし」
「娘が世話を掛けるな」
「いえ。もう慣れました」
「ちょっと⁉ アタシは……そう、弟君のお世話全般をしてるわ!」
「どうしてこうも愚かな娘になってしまったのか」
「酷くない⁉」
最初のころに比べて、姉さんたちが良く話すようになった気がする。
まだ偶に喧嘩まで発展することもあるけど。
大抵は口喧嘩未満で治まってる。
あと、グノーシスさんの態度が柔らかくなった気も――。
「休憩は終いだ。続けるぞ」
するような、しないような。
どうだろう。
食事の話が本当かは分からない。
けど、全然筋肉が付く感じがしない。
毎日毎日、こんなにも動いて、全身痛い思いをしてるのに。
緑色の泉に浸かりながら、身体を触って確かめる。
硬く……は無いね。
「どうしたの? まだ痛む?」
「いえ。筋肉が少しは付いたのかなって」
「弟君がムキムキになるのは嫌よ」
「そこまでは目指してませんけど」
すぐそばには姉さんと、頭を淵に乗せて目を細めているブラックドッグが居た。
こうして目に見える変化がまるでないと、どうにも不安が募る。
「筋肉はともかく、身体は動きに慣れてきてると思うわよ」
「そう、ですか?」
「少しずつだけどね。母は0か10かの考え方だから、ちょっと変わったぐらいじゃ、何も言わないでしょうけど」
ドクン。
言葉に反応して、心臓が強く脈打つ。
じゃあ、グノーシスさんに認められるには、姉さんみたいな身体にならないと駄目なのかな。
「? 今度はお姉ちゃんをジッと見て、どうしての?」
「いえ、道のりは険しく遠いみたいです」
「???」
筋肉の権化、は流石に言い過ぎだろうけど。
力んだ姉さんの筋肉は、石みたいに硬い。
それに比べて、僕は力んでも指が沈んでしまうほど柔らかい。
「ナニナニ? 突っついて欲しいの?」
「違います」
「じゃあ、お姉ちゃんを突っついてみたいとか?」
「それも違います」
筋肉はどうにも望み薄な気がする。
焦りと不安。
いつになれば、アイツに敵うのだろう。
もっと魔装化を上手く使えるようになれば、それだけで届くだろうか。
あの日。
もう少しで倒せたあの瞬間を、何度も何度も思い出す。
次の機会がいつ巡ってくるのか。
相手が弱くなっているはずもない。
次はもっと大変だろう。
何か、決め手が欲しい。
相手を必ず倒せる一撃が。
「姉さんは、相手を絶対倒せる一撃、みたいなのってありますか?」
「えっと、技ってこと?」
「わざ、って何ですか?」
「あれ? 教えてなかったっけ? なら、明日にでも教えてあげるわ」
「お願いします」
本日は本編60話までと、SSを2話投稿します
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




