SS-16 オーガ妹は退屈を嫌う
いつも通りにたっぷりと寝れた。
夢の内容も覚えていない、スッキリとした目覚め。
吹き抜けの空は、もう明るい青色を湛えている。
見渡すと、二階には誰の姿も無い。
服を着替えてから、階下へと向かう。
「あら、やっと起きたの?」
「母ちゃん、おはよ」
「相変わらず、先に母さんに挨拶するんだよなぁ。父さんは悲しいぞ」
「あはは。父ちゃんもおはよー」
両親の揃った食卓。
既に食事を終えた様子。
全体的に赤いのが父ちゃん。
修行だかで居ないアニキも同じ色味をしてる。
ウチと同じく、桃色なのが母ちゃん。
どちらもオーガの夫婦。
その前の世代が、魔族と人族だったらしい。
「今日はどうするの?」
「オネーチャンのところに行ってくるー」
「あんまりご迷惑を掛けては駄目よ?」
「大丈夫~」
「いやいや、自分で言っても意味ないだろう。母さんが言ってるのは、相手がどう思ってるかってことだ」
「もう、ちゃんと分ってるってばー」
これもいつものこと。
かなりの頻度でオネーチャンのところに入り浸っているし、食事もあっちで取ることが多い。
母ちゃんのご飯が嫌いなわけじゃないんだけど。
味が……日によって当たり外れがある。
母ちゃんは甘いのが好きで、父ちゃんは辛いのが好き。
どっちかに偏るか、もしくは微妙になるか。
ウチは甘い物が好きだけど、何でもかんでも甘い味が好きってわけじゃないし。
二種類作れば済む話なのに。
そうはしたくないらしい。
「じゃあ、行ってきまーす」
いつも通りの日常。
穏やかで、少しだけ退屈な。
訪ねた先には誰も居なかった。
オネーチャンもオトートクンも、ブラックドッグだって。
グゥー。
室内に空腹を訴える音が空しく響く。
「また置いてかれたー!!!」
不在というのは珍しい。
大抵はウチを待ってくれてるのに。
もしかして、精霊の住処に行ったのかも。
グゥー。
空腹で動く気力を削がれてしまう。
仕方がないので、一旦自宅に戻ることにした。
力無く玄関の扉を開ける。
僅かな音に、まず母ちゃんが反応した。
「あら? 随分と早かったわね」
「お腹空いたー。何か作ってー」
「もしかして留守だったのか?」
「うん。また置いてかれちゃった」
まだ両親共に食卓に居た。
空いている二つの席の片方に座る。
そのまま机に突っ伏す。
「少しだけ待ってなさい」
母ちゃんが台所に移動する。
「最近は外に行くことも多くなったみたいだな」
「そだね」
「どうだった、外の世界は?」
「んーと……」
父ちゃんからの質問に、少しの間考えてみる。
ワームに襲われたケンタウロスの集落、アントがウジャウジャいたダンジョン、そしてこないだの狩り。
そのどれも、役に立ってない。
「ウチ、ダメダメだねぇー」
「あらあら、それじゃあ答えになってないわよ」
台所から、声が掛けられる。
およ?
おかしかったかな?
「何が駄目だったんだい?」
「えっとえっと……魔物に襲われても、ちゃんと戦えなくて。っていうか、何にもできなかった」
「最初はみんな、そんなもんさ。それに、この世界は平和だ。魔界なら戦いが常だったと聞いた覚えがあるしな」
「魔界かぁー」
魔物や魔族の故郷。
別に戦いたいってわけじゃないけど。
でも、そこなら退屈しなくて済むのかな。
「父ちゃんはさぁー、ここにいて退屈じゃないの?」
「退屈とは感じないな。こうして穏やかに暮らしてゆけることを、感謝しているぐらいだよ」
「そっか」
父ちゃんも母ちゃんも、ウチからすれば、のんびり屋さん。
この気持ちを共有してくれるのは、アニキだけだったのに。
勝手に修行だとかで出ていっちゃたし。
もう、ムカつく!
「……帰ってきたら、絶対ぶん殴ってやる」
「もしかして、お兄ちゃんのこと? 喧嘩しちゃ駄目よ」
良い匂いが漂って来た。
食事が机の上に置かれる。
「ありがと! いただきまーす!」
「はい、召し上がれ」
勢い良くお肉を口に運ぶ。
味は…………甘ったるい。
「お肉は甘くしなくていいよ~」
「そうかしら」
「そうだよ~」
それでも空腹には抗えず、一切れ二切れと皿から消えてゆく。
「やっぱり辛いのが一番だろ」
「辛いのは苦手だよ~」
「そうですよ、お父さん。甘い方が幸せな気持ちになるんですから」
「何でもは甘くしないで欲しいよ~」
のんびりとした両親に囲まれた、穏やかな日々。
ああ、すっごく退屈。
食事を終えて、早々に立ち上がる。
「また出掛けるのかい?」
「うん! 精霊の住処に行ってるかもだし」
「そうか。余り遅くならないように気を付けなさい」
「はーい! 行ってきまーす!」
会話もそこそこに家を出る。
お腹も膨れて、元気いっぱい。
世界樹の幹まで一気に駆け抜ける。
ほどなく到着。
オネーチャンがいれば楽なんだけど。
見よう見真似で幹に手を突く。
いーれーてー!
目をつぶって、何度も念じる。
「――何じゃ、珍しいのう」
声はすぐそばから。
少しだけ驚いて目を開ける。
「あ、入れた」
眼前から茶色い幹が消え失せ、植物に覆われた空間が広がっていた。
すぐそばに立っているのは、緑色の女性。
パッと見、アルラウネかと思うぐらい似てる。
「――遊びに来おったのか?」
「オネーチャンたち、来てない?」
「――質問に答えんところは相変わらずじゃな。生憎じゃが、ここにはおらんぞ」
「えーッ⁉ じゃあじゃあ、ウチを置いて外に行っちゃったの?」
「――向かった先はグノーシスの住処じゃ。当分は戻って来んじゃろう」
……え?
戻って来ない?
「ど、どゆこと⁉」
「――少年の望みらしい。強くなりたいそうじゃ」
アニキと同じように、オトートクンも出て行っちゃったの?
悲しみと怒りとが沸き上がり、グチャグチャに入り混じる。
「――ふむ。其方、弓を使うんじゃったか?」
「うん」
「――ならば、ケンタウロスのところで腕を磨いて来てはどうじゃ?」
「ほえ?」
「――無論、供は付けよう」
狩りは中断されちゃったし、弓を習ったのもほんの僅かだった。
戻って来るかも分からないなら、待っているだけは嫌だ。
「行く! 行きたい!」
「――アルラウネを同行させよう。一度、両親の元へ戻り、事情を話して来ることじゃな」
「分かった!」
これでようやく、退屈から解放されるだろうか。
戦いたいわけじゃないけど。
何も起きない日々は、戦いよりも嫌いだ。
本日はSSをあと5話投稿します。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




