55 無職の少年、一緒なら
眠りを妨げるようにして、諍いは続けられる。
「何が不覚よ! 卑怯な真似しておいて、開き直るんじゃないわよ!」
「戦いに於いて、卑怯など惰弱な言い訳に過ぎん。負けぬように戦い、勝ち得ても油断せぬ。そう心掛けよと教えたはずだが?」
「帰って来た娘に襲い掛かるのが戦いってわけ? ハッ、ふざけないでよ!」
「敵はこちらの準備が整うのを待ちはすまい」
「戦いだの敵だの、いっつもそればっかりじゃない!」
姉さんが声を張り上げる。
いや、ずっと大声を出して抗議し続けているのか。
丸一日もここで過ごしてないと思うけど、それでも凄く疲弊してしまった。
姉さんがどれぐらいこの場所で過ごしたのかは分からないけど、同じ目に遭っていたのだとしたら、やっぱり辛かったに違いあるまい。
「何が不満だ。凌げるほどに強くなれたではないか」
「望んでこうなったわけじゃないわ」
「だが、そこの子供を鍛えるために、連れて来たのだろう?」
「弟君は普通の人族なのよ。アタシと同じようには行かないわよ」
グノーシスさんの視線がこちらに向けられる。
その目に、さっき見えたと思った優しさは宿ってはいない。
鋭く冷たい眼差しが刺さる。
「普通かどうかは、疑問の余地がありそうだが」
「動けなくなるまでやる? 弟君は痛がってたし、泣いてたのよ!」
「その子供の怠慢ゆえだ。特別、厳しくなどしておらん」
「だから、その規準自体がズレてるって言ってるのよ!」
「つまり、どうしろと言うのだ?」
姉さんが一度こちらを見て、目をつぶる。
少し間を置いてから、再び正面へと向き直った。
「強くなりたいっていうのは、弟君の願い。なら、叶えてはあげたいわ」
「自らはその役を担わぬのだろう」
「アタシじゃ加減をし過ぎるし、任せっぱなしにすれば、弟君が壊れちゃうわ」
「ならばどうする」
「アタシもここに残るわ。無理だと判断したら、都度止めるために」
「娘よ。いったい何様のつもりでいるのだ」
「弟君のお姉ちゃんよ」
グノーシスさんから、何かが発せられた。
凄く怖くて息苦しい感じがする。
でも、それに対抗するように、姉さんからも何かが発せられる。
すぐさま変な感じは消えてゆく。
「そう、それだ。幾度か口にしている、その”弟”とは何のつもりだ?」
「えっと、それは……」
再び姉さんがこちらに視線を向けて来る。
今度はすぐに視線が戻された。
「今はちょっと、ね。詳しくはまた今度話すわ」
「フゥ……どこまでも自分勝手なことだ」
「そっくりそのまま、お返しするわよ」
また戦い始めそうな空気だったけど、どうにか落ち着いたみたい。
なら、そろそろ寝てもいいのかな。
眠気が、けっこう辛い。
油断すると、今にも意識が落ちてしまいそうになる。
「ふわぁっ」
「弟君、眠いの?」
「えっと、その、寝れなかったので」
ギロリ。
こちらに向き直った姉さんが、凄い勢いでグノーシスさんを睨み付けた。
「む。泉に入れれば治ると思っておったのだ」
「人族だって言ったでしょ」
「故意ではない。人を招いたのは、夫以来なのだ」
「原因も元凶も変わってないと思うけど」
「解決はした。先程用いた薬があれば、問題あるまい」
「ポーションを使わなきゃいけないぐらい、厳しくするつもり?」
「治せるなら良かろう。それぐらいせねば、魔装化はまだしも、生身では戦いにすらならん」
「それはそうかもしれないけど」
「本人の覚悟次第。どうだ? 早々に諦めて逃げ帰るか?」
視線が集まる。
欠伸を噛み殺し、一旦眠気を押しやる。
ここには強くなるために来た。
アイツを倒せる強さを。
けど、その覚悟も決意も、一日も持たず崩された。
辛かった。
苦しかった。
涙が溢れて零れるほどに。
全ては、僕が弱いから。
それでも、一人では耐え切れなかっただろう。
今は違う。
姉さんが一緒に居てくれる。
なら、頑張れる。
頑張ってみようと、そう思える。
「訓練を続けてください。お願いします」
「言うたな。撤回は聞かぬぞ」
「やり過ぎないで」
「成果次第だ。当分は苦行だろうがな」
「今度こそ、お姉ちゃんが一緒に居てあげるからね」
「はい。ありがとうございます」
「泉に入るときも、寝るときも、いつも通りに一緒ね」
「おい娘よ。今、妄言が聞こえた気がしたが」
「何がよ。あ、そうそう、弟君と一緒の部屋、用意しておいてよね」
「待て。赤子相手でもあるまいに」
「じゃ、弟君。泉で身体を綺麗にしましょう」
姉さんに手を引かれ、立ち上がる。
グノーシスさんがまだ話してる途中だけど、良いのかな。
「好き勝手振舞うな。こら待て!」
声に背を向け、姉さんが歩き出す。
手を引かれるままに、付いて行く。
今まで足元に伏せていたブラックドッグも立ち上がり、一緒に付いて来る。
「子供相手に変な真似をするでないぞ!」
「しないわよ!」
本日の投稿は以上となります。
次回更新は来週土曜日。
お楽しみに。
【次回予告】
SSのみの投稿となります。
次回更新で第一章完結。
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