SS-14 姉の焦燥②
ドリアードの招きに応じ、住処まで移動した。
植物が生い茂る広間を、緑の女性に向かい駆け寄り、縋り付く。
「どうしよう……どうすればいいの……まさかこんなことになるなんて」
「――少し落ち着け。何も取って食ったりはせんじゃろう」
「そんなことしたら、アタシが母を許しはしないわよ」
「――じゃから落ち着けと言うておるに。一緒に外に出されなんだ以上、面倒を見るつもりはあるんじゃろう」
「分かったもんじゃないわよ!」
母は度が過ぎている。
相手の都合に合わせてくれなどしない。
嫌と言うほど、思い知らされているのだから。
とてもではないが、のんびりと構えてなどいられない。
「――呆れるほど信用しておらんのう」
「常識なんて持ち合わせてないのよ。全部、自分規準だし」
「――ふむ。多少、思い込みが激しいところは見受けられはしたが」
「多少ですって?」
「――そう睨み付けるでない。妾に絡んでも詮無いじゃろうが」
指摘されて、視線を切る。
ドリアードは協力してくれているのだ。
八つ当たりしても意味が無い。
けど、どうしたって焦燥に駆られてしまう。
「――其方の父とて無事に暮らしておったんじゃろう?」
「状況が違い過ぎるってば。それに、移動を妨害してるってのは、どう考えてもまともじゃないでしょ」
「――そうじゃったな。要らぬことを言うたな、済まぬ」
「いえ、アタシもキツく言い過ぎたわ。御免なさい」
「――妨害しておる術は分からぬが、やはりシルフを頼らざるを得まいて」
「でも、そっちにだって繋がらないんでしょ?」
「――まあのう。望み薄じゃが、致し方あるまいて。直接出向くまでじゃ」
「住処に入れないなら、意味ないんじゃないの?」
「――何かしらの外的要因によって繋がらぬ可能性もあろう」
「それはまぁ、そうかもしれないけど」
一度も会ったことがない風の上位精霊。
さっきも言っていたように、望み薄な気がしてならない。
けど、他の方法に見当などつかないわけで。
何でも試してみるしかないのか。
「出鼻を挫くようで悪いけど、ここから離れて大丈夫なの?」
「――長く不在にはできぬがな。住処の維持に支障をきたすしのう」
「そう…………ありがと」
「――妾の娘も同然じゃしな」
思いがけない言葉に、声も出せず見つめ返す。
人ならざる存在の表情は、とても優しかった。
「ここが、そうなの?」
「――の、はずじゃがのう」
背にするのは、世界樹の一本。
広がるのは、見渡す限りの大森林。
「どこら辺なの?」
「――分からん。元より隠れることに関しては随一じゃしな。招きも無く会うことはできぬ」
精霊の住処は、外からではそれとは分からない。
同属性ならば、ある程度接近すれば感知もできるだろうけれども。
ドリアードは世界樹の中に、母たるグノーシスは地中に。
それぞれ住処を隠している。
他の精霊に関しては、知る機会も無かった。
「これだけ植物に覆われていて、感知できないの?」
「――然しもの同胞とて、そこら中に溢れる空気には及ばぬ。隠れる場所なぞ、無数に在る」
「じゃあ、どうするつもり?」
「――こちらが見つけられずとも、早々に相手が見つけよう。世界中を監視しておるような輩じゃしな」
「そうなの?」
「――下位精霊のピクシーが世界中に放たれておる。その目を介して、住処から動かずとも、色々と知り得ておるはずじゃて」
ピクシーは姿すら消せる。
知らぬ間に見られていると思うと、良い気分はしない。
「――こうして妾が直接出向いておるのじゃ。自ずと意図は伝わっておるはず」
「その割には、動きが無いんだけど」
「――余り時間を掛けてもおれぬか。どれ、同胞たちの力を借りて探ってみよう」
ドリアードが目を閉じる。
地面の草から周囲の木々へと、何かが伝播していくのを感じた。
風も無いのに、枝葉が揺れる。
ザワザワザワザワ。
どこか、話し声にも似たそれ。
葉擦れの音が次第に数を増してゆく。
視界内の木々は全て、恐らくはもっと奥側まで揺れているらしい。
森が揺れる。
右へ左へ。
前へ後ろへ。
「――駄目じゃな」
その言葉を契機としたのか、森が鳴り止む。
「――まるで感知できぬ。が、気配だけは漂っておる」
「こちらには気が付いていて、けど、手を貸す気は無いってことかしら」
「――どうやら無駄足だったようじゃな。済まぬ」
「別に、ドリアードが悪いわけじゃないわよ。元はと言えば母の所為なんだし」
「――仕方ない。一度戻るぞ」
「ええ」
ドリアードが世界樹に手を触れ、門を開く。
もう一度だけ森を振り返り、姿を現さないシルフを探す。
が、当然、見付かるわけも無い。
失意の元、帰路に着いた。
「――残る可能性としては、グノーシスの力が弱まったときじゃろうな」
「母が? どういうこと?」
「――方法こそ分からぬが、門を妨害しておるのはグノーシスの仕業なのは間違いあるまい」
「それはそうよね」
「――魔装化での戦闘なりで消耗すれば、妨害も弱まるかもしれぬ」
確かに。
精霊の力の源は魔力。
妨害にだって、魔力を割いているのだろう。
弟君たちの頑張り次第だけど、その可能性はありそうに思える。
「けど、いつそうなるかなんて、分かりようがないわよ」
「――じゃな。つまり、門を繋ぎ続ける必要がある」
いつ訪れるかも分からない機会を待ち、ひたすら門を繋ぎ続けるですって⁉
そんな真似、魔力がいくらあっても足りやしない。
「――幸い、ここは妾の住処。妾ならば、魔力の枯渇は心配せずに済む」
「任せっきりになんて、できやしないわよ。一旦家に帰って、ありったけのエーテルを持って来るわ」
「――其方が担うと?」
「お姉ちゃんだもの、当然でしょ」
「――フゥ……言い出したら聞かぬだろうしな。ならば、準備が整うまでの間ぐらいは、妾が肩代わりしてやろう」
「ありがと。すぐ戻って来るから」
本当にこれで上手くいく保証なんて、ありはしない。
それぐらい、アタシにも、ドリアードにも分かってる。
今の弟君たちで、母に敵うとも思えない。
だけど、何もせずにはいられない。
必ず守ると、そう誓っていたのに。
どうしていつも、肝心なときにそばに居てあげられないのか。
間の悪さ、運の無さに歯噛みする。
弟君。
どうか、どうか無事でいて。
本日は、本編55話まで投稿します。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
 




