53 無職の少年、今できること
この場所に夜の訪れは無かった。
ずっとずっと明るいままで。
それもまた、ドリアードさんの住処と同じだ。
激痛を訴える身体は、眠りをも阻害してきた。
眠りたいと、これほど思ったことは無い。
せめて夢の中だけでは、日常に帰りたかった。
現実と言う名の悪夢は続く。
ブラックドッグの回復と共に、再びグノーシスさんの元へと連れて来られた。
「良し。では続きを始める」
何も良く無い。
今だって、連れて来られたはいいが、立つこともできずに地面に座り込んでいる状態なのだ。
続きなんて、やれるわけが無い。
「お願いします。休ませてください」
「ここにキサマを癒す術は無い。時間の無駄だ」
「痛みで一睡もできてないんです」
「慣れろ」
聞く耳を持ってくれる様子がない。
絶望が全身をより重くする。
「口は動かせて、身体は動かせぬのか? その状態でも魔装化はできよう」
『待て』
「……今度は獣か」
隣りに立っていたブラックドッグが、庇うように前に出る。
『何の真似だ』
「意思を伝えてくるならば、せめて意味が通ずるように心掛けろ」
『危害を加えるだけの存在ならば、排除するまで』
「危害だと? 鍛えろと言うからそうしておるまでのこと」
『言い訳は終いか?』
「フン。獣相手では正しく話にならんな」
明らかに険悪な雰囲気が漂う。
ブラックドッグからは唸り声が漏れてるし。
「魔装化でも敵わんかったろうに。単身挑むつもりか?」
返答の代わりとばかりに、動きがあった。
ブラックドッグが前足を振るう。
当然、届きはしない。
けれども、何故だか相手は剣を構えた。
ガキン。
剣に何かが当たった音が響く。
「妙な技を使うようだな」
『ガアァッ!』
今度は何もない空間に噛みつく。
ガキン。
再び音が響き渡る。
「離れた場所から攻撃を届かせ得るのは便利よな。が、如何せん威力が足りぬ」
ガキン、ガキン、ガキン。
ブラックドッグの位置は変わらずに、何かがぶつかる音が連続する。
「奇襲以外で、碌な効果は望めんぞ」
相手は剣を構えるだけで防いで見せる。
「……どうやら、手詰まりのようだな。ならば次はこちらの番」
相手が強く踏み込み、一気に距離を詰めて来る。
ブラックドッグは避けようとした。
けど、どうしてだか途中で動きを止めてしまう。
『クッ』
「察したか。避ければ後ろの者が斬られる、ぞ!」
掲げられた剣が、思い切り振り下ろされる。
僕を庇って動けないんだ。
でも、逃げようにも、身体は痛むばかりで動けもしない。
精々が、倒れ込むぐらい。
迫る剣を恐れ、後ろへと倒れ込んでしまう。
激痛。
でも、斬られたからじゃない。
背中が地面に触れたことで、痛みが走っただけだ。
剣は何も斬れなかった。
頭上を覆う、巨大な黒い体。
ブラックドッグが巨大化したことで、相手が飛び退いたのだった。
「体の大きさは自在か。しかしその分、当て易い」
相手が動く。
と同時に、頭上の体も動きを見せた。
移動ではなく霧散。
大量の黒い霧が辺りに広がる。
「霧にもなれたか。が、その姿では庇えんぞ」
相手がこちらに迫って来る。
また僕が狙われてる⁉
身体が重い。
痛むばかりで這うこともできない。
視線は剣に吸い寄せられる。
どうしてこう、何もかもが上手くいかないんだろう。
産まれたときから既に欠陥。
努力しようとも他者には及ばず。
アイツを倒せず、終わってしまうのか。
……。
…………。
………………嫌だ。
こんなところで終われない。
姉さんにだって、また会いたい。
黒い霧を裂いて迫る剣。
逃げられない。
けど、周囲は黒い霧で覆われているのだ。
ならば後は、言葉を発するだけで事足りる。
≪魔装化≫
言葉に力が応じる。
黒霧が身体へと集まって来る。
これで、防御を固めれば、剣も防げるはず。
……いや、どうだろうか。
相手だって魔装化を使えるんだ。
もしかしたら、防御を上回る攻撃が来るかもしれない。
ふと、昨日の光景が脳裏に蘇る。
動けもしない僕に、唯一できること。
声。
声に力を込め、放つ。
姉さんは咄嗟に防御したって言ってた。
なら、通用しないのかもしれない。
唯一違うのは、相手がまだ生身だっていうことぐらい。
もうすぐにも魔装化を使うかもしれない。
護るべきか攻めるべきか。
迷う時間など僅かも無い。
倒さなきゃ駄目だ。
護っても、このまま続けられるだけ。
息を吸い込む。
それほど多くは望めない。
時間も無い。
剣を迎え撃つように、全力で咆哮する。
「ガアアアアァァァァァーーーーー!!!」
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。
喉、肩、胸、背、腹。
力が加わる箇所から生じる激痛。
けど、止めない。
止めるわけにはいかない。
剣の奥、相手の目とかち合う。
冷たい目。
じゃ、ない……?
それは、いつも姉さんが向けてくる目に似ている気がした。
咆哮が相手を呑み込む。
息を吐き切り、相手の姿を探す。
仰向けの身体は、首を動かすにも激痛を寄越す。
と、斜め上へと吹き飛ばされ、壁にめり込んでいた。
避けられはしなかったらしい。
けど、直前に見た”目”が気になった。
これまでとは違う目付きだった。
まるで姉さんのようで。
もう一度確かめようと、相手の顔を窺う。
「弟くぅーん!」
聞き慣れた声。
虚しい幻聴。
「弟君!」
再び聞こえる。
より強く、大きく、はっきりと。
すぐそばに風を感じて。
「大丈夫⁉ 怪我してるの⁉」
視界一杯に姉さんの顔が見えた。
本日は、本編55話までと、SSを1話投稿します。
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