51 無職の少年、現実
▼10秒で分かる前回までのあらすじ
姉の母親である土の上位精霊グノーシスの元へとやって来た
それは、少年が唯一勇者に敵うと信ずる魔装化を鍛えるため
だが、それは想像以上に過酷な選択だったのかもしれない
手荒い歓迎?を受けた後、姉と強制的に引き離されてしまい……
訓練の内容は、想像の域を大幅に超えていた。
初日で既に後悔していた。
魔力が切れるまでは、魔装化で戦闘を繰り返し。
魔力が切れたら、生身での筋力付けの運動の繰り返し。
完全に動けなくなったら、ようやくの休憩。
ずっと努力をしてこなかった。
そもそも、努力することすら諦めていたから。
天職を持たざる自分は、何を望もうとどうせ無駄なのだ、と。
心地よい疲労感が全身を包む――わけもなく。
全身は激しい痛みを訴えるばかりで。
気絶することもできはしない。
辛い。
苦しい。
涙が滲む。
だけに留まらず、何度も涙が頬を伝い落ちた。
「諦めるか?」
この言葉を掛けられるのも何度目だったか。
歪む視界の奥。
剣を地面に突き立て、柄尻に両手を添えてこちらを睥睨している、姉さんの似姿が見える。
当然、姉さんではない。
姉さんのお母さん、土の上位精霊たるグノーシスさんだ。
ドクン。
思った言葉に、心臓が痛みを返す。
「キサマの覚悟とやらはその程度か」
優しい言葉など、一度とて投げかけられることは無い。
姉さんとは違う。
姉さんにそっくりな顔で、厳しく接されるのが何よりも堪える。
何故こんな目に遭っているのか。
理由も覚悟も、とうに擦り切れ、跡形も無くなってしまったようで。
「惰弱に過ぎる。心も身体も、な」
言葉が浴びせられる。
それに対して、言葉を返せもしない。
声を出す気力すら湧いてこない。
疲れてる。
心も身体も。
何もしたくない。
この悪夢からは、いつ目覚めるのだろうか。
「倒すべき敵とやらが、キサマよりも弱いと良いがな」
聞きたくもないのに、言葉が耳に届く。
届いてしまえば、考えてしまう。
連想してしまう。
敵の姿を。
心も身体も悲鳴を上げ続けている。
だって言うのに。
金属のように重たいうつ伏せの身体を、無理矢理に起こす。
「フン……まだ動けるではないか。ならば続けろ」
上体を起こす二の腕は震えっぱなしで。
太腿や脹脛は筋肉が千切れたみたいに激痛を訴えて来る。
「泣くな。敵は同情などせん」
泣きたくて泣いてるわけじゃない。
勝手に涙が流れていくだけ。
痛みへの代償行為。
「キサマが動けずとも敵は動く。そうしてもっと痛い目に遭う」
どれだけ息を吸い込んでも、ずっと苦しいまま。
碌に動けず、それでも訓練を続ける。
少しだけ上体を起こし、またすぐ地面に倒れる。
それだけ。
もうそれだけしかできやしない。
「辛いのも苦しいのも、全ては今までのキサマの怠慢こそが原因。劣るキサマは、誰よりも努力を重ねねば、他者の落とす影にすら届きはせん」
地面が冷たい。
草や土が、身体の火照りを多少和らげてくれる。
「時を惜しめ。今まさに、敵もまた強くなるための努力を重ねているやもしれぬ。ならば、差は開いてゆくばかり」
どれだけ遠いのだろうか。
僕一人の力じゃ、どう足掻いたって届きやしない。
ブラックドッグの力を借りなければ、この努力も意味がない。
「自身を憐れむな。不幸など自慢にもならん。無駄を燃やし尽くし、動け」
身体は燃えるように熱い。
けど、中身は空っぽ。
ありったけを集めて火にくべても、足りやしない。
「動け、動け、動け。ここで動けぬ者が、敵を前に動けるものか」
姉さんが、家が恋しい。
当たり前の日常に、どうしようもなく飢えている。
浅はかな考えだったのだ。
弱い自分が強くなるのに、何がどれだけ必要なのか。
全然分かってやしなかった。
努力することも、し続けることも、こんなにも大変なことだったなんて。
これがどれだけ続く?
もう、今すぐにだって逃げ出してしまいたいのに。
いつまで経っても、この悪夢は覚めてはくれない。
本日は、本編55話までと、SSを1話投稿します。
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