50 無職の少年、問答
場所は変わらず。
広い空間には、構造物の類いは一切ない。
ドリアードさんの住処と同じなのかな。
違うのは、所々から覗く鉱石の存在と、吹き抜けの天井か。
ただし、光こそ差し込んでいるものの、空は見えない。
芝生の地面にみんなで腰を下ろす。
ブラックドッグは元の大きさに戻り、すぐそばで身を伏せている。
「御免なさい、姉さん。助けようと思ったんですけど」
「分かってるわ。大丈夫よ、咄嗟に鎧に魔力を込めて防御したしね」
すぐ隣で、と言うかくっついて座る姉さん。
手甲を付けた手で頭を撫でつけてくる。
感触はあまり良いとは言えない。
「でも、さっきので弟君にも分かったでしょ? とっても危ないって」
危ないっていうか、事態が急展開過ぎて何が何やら。
「油断が過ぎるから、あの程度の事態に狼狽えるのだ。魔装化を使ったからといって、それ以外の攻撃が来ないとは限らん」
「……見て分かるでしょ? 今は弟君と話してるんだから、話に入って来ないで」
「そも、弟とは何だ? 産んだ覚えなぞ無い」
「うっさい!」
姉さんが睨み付けている。
と同時に、力の込められた手が、頭を鷲掴みにしてくる。
とても痛い。
「痛いです」
「あ、御免ね。ヨシヨシ」
元の力加減に戻り、頭を撫でられる。
「……難儀な娘だ」
溜息と共に、そんな言葉が漏れた。
再び反応する姉さん。
「全部、アンタの所為でしょうがーーー!」
僕の頭を支えとして、姉さんが叫びながら立ち上がる。
さっきから頭の扱いが酷い。
「親をそのように呼ばうな」
「なら、もっと親らしく振舞ってくれない⁉ いっつもいっつも戦ってばっかりじゃない!」
「子のためを思えばこそ。強さは選択肢を増やす」
ドクン。
不意の言葉に心臓が跳ねる。
何か、どっかで聞いたような気がする台詞だった。
同じことを思ったのか、姉さんの叫びが止んだ。
「して、何用だ? その子供と関係があるのか?」
「フゥ……えぇ、そうよ」
座り直してから、改めて話し始める。
「さっき見たと思うけど、弟君はブラックドッグと一緒に魔装化が使えるのよ」
「であろうな。もしやと思ったが、あのときの獣か」
「知ってるの?」
「夫と最初に会ったときにな」
「へぇ……。そっか、そのときにはもう一緒に行動してたのね」
伏せているブラックドッグに視線が注がれる。
当のブラックドッグは我関せずとばかりに、欠伸を漏らしていた。
「コホン。それで、弟君の――」
「待て。そこな子供の用向きなれば、当人が説明するのが筋。娘に語らせず、自分の口で述べるが良い」
「む……弟君、どう? 説明できる?」
「はい、大丈夫です」
改めて相手を見る。
姉さんとそっくり。
だけど、こうしてそばで相対すると、違いが見えても来る。
体格は、姉さんより一回りほども大きい。
顔付はより厳しく、向けられる視線は射抜くように鋭く強い。
どうにも緊張を強いられる。
「僕に魔装化の訓練をして欲しいんです」
「他にも相手は居よう。それとも、他ではならぬ理由でもあるのか?」
「それは……えっと……」
「アタシが――ッ⁉」
姉さんが何かを言おうとしたみたいだけど、視線だけで制されてしまった。
姉さんに頼ってばかりじゃ駄目だ。
僕が答えないと。
「最初は姉さんにお願いしたんです。けど、姉さんはアナタを推薦したので」
「ふむ……娘よ、何故、自分でやらぬ?」
「アタシじゃ、どうしたって手加減しちゃうもの」
「”弟”とやらだからか?」
「そうよ」
「理解できんな。が、人の手には余る力。知った以上、放置もできぬか」
「引き受けてくれるの?」
「意味合いは違うだろうがな」
「? どういう意味よ?」
「危険だからだ。力を過信し、扱い切れず、考え違いもしている様子。そうは思わんか?」
どうしてか、姉さんは答えない。
視線がこちらに向き直される。
「強さを求めるか?」
「はい」
視線を逸らさず答える。
「ならば、強さとは何だ?」
え……?
強さって、強いってことじゃないの?
視線が下がる。
なら、強いってことは、どうやったら説明できるんだろう。
うーん。
えっと、だから、強いってことは、何かよりも強いってことだよね。
これが答えになるのかな?
探るように視線を向け、口を開く。
「相手よりも勝っているってことだと思います」
「望みは攻めの力か」
せめのちから?
攻撃って意味かな。
倒したい相手は決まっている。
なら、間違ってはいないのかも。
「そうだと思います」
「危ういな」
「え」
予想外の答えを返され、戸惑ってしまう。
「余程に甘やかされて育ったか」
「うぐッ」
今度声を漏らしたのは、隣の姉さんだった。
「どのような関係かは知らぬが、良い影響は与えておらんらしい」
「そ、そんなことないわよ!」
「分かっておろう? 危うさを」
「まだ子供なだけよ」
「その子供相手に力を与えよと?」
「それは……」
「まぁ良い。叩き直すまでのこと」
「くれぐれも怪我させないでよ」
「阿呆めが。怪我を負わねば、怪我をせぬようになど躾けられまい」
それってつまり、確実に怪我はするってことだよね。
痛いのも苦しいのも、好きなわけがない。
けど、強くなるため。
何の才能も持たず生まれたんだ。
唯一、可能性のある力を伸ばすしかない。
「覚悟せよ。来たことをすぐにも後悔するだろう」
「ちょっと! アタシのときとは状況が違うのよ⁉」
「フゥ……どうにも娘は邪魔か。当分、ここには来るな」
「そんなわけにいかないわよ!」
「自ら手を放しておいて、何を今更。――去ね」
≪門≫
有無を言わさず。
驚く姉さんの足元に、歪みが生じる。
抗うこともできず、姉さんの姿が消えてしまった。
本日はあと、SSを1話投稿します。
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