49 無職の少年、荒っぽい里帰り
いきなりだった。
いきなり過ぎて、何が起こったのか分からない。
ただ、気が付けば姉さんの背中が目の前にあって。
物凄い音と衝撃が伝わって来た。
「相変わらず、いきなりね」
「やはり娘か」
「やはりって……分かってたなら襲って来ないでくれる?」
「招いておらぬ相手。警戒するのは当然だ」
「対応が警戒の域を超えてるっての!」
出て来た先は、広い空間。
さっきまで居た場所に、少し様子が似ている気がする。
足元には草が生え、壁には蔦が這っている。
違いと言えば、透明な鉱石が所々にあることか。
「で? いい加減、武器を納めて欲しいんだけど」
「忘れたか? 決められるのは勝者のみ」
「あーもぅ、これだから帰って来るのは嫌なのよ、ねッ!」
姉さんが一際大きな声を発した。
金属音が響き、少し離れた場所でトサッと軽い音が聞こえる。
「弟君たちは離れてて頂戴。すぐに終わらせるから」
「抜かせ。大言が過ぎる」
「いつまで一番強いつもりでいるわけ? とっくの昔に、アタシの方が強くなってるっての」
「一度勝ちを拾った程度で粋がるな」
言われた通りに、壁伝いに距離を取る。
そうしてようやく、姉さんと対峙する相手を見ることができた。
正に瓜二つ。
相手は姉さんとそっくりな姿をしていた。
髪型も、顔も、身体つきも。
離れた位置から見る分には、本当に何もかもそっくり同じ。
ただ、格好と武器が異なっていた。
相手は胸当てと腰当を身に付けて剣を構え。
姉さんは手甲と脚甲を身に付けて棒を構えている。
「余所者まで招き入れるとは」
「そうでもないわ」
「……? 意味が分からん」
「大人しく説明を聞く気も無いくせに」
「力無きモノの言葉に、如何程の価値がある」
「こんな場所に閉じ籠ってばかりいるから、そんな偏った思考になるってのが分からないの⁉」
「責を負う身。なればこそ、軽々に動くこと能わず」
「娘と戦うことが責任ってわけ?」
「否。そのような程度の低い話ではない」
「程度が低い、ですって……?」
ビシッ。
姉さんの足元の地面が、音を立てて罅割れる。
「程度が低いですって⁉ アタシが……アタシがどんな思いで毎日過ごしてたと思ってんのよ!」
≪魔装化≫
姉さんの姿が変わる。
褐色の肌が黒い鎧で覆い隠されてゆく。
手にした棒は、見る間に身の丈ほどの大剣になった。
≪魔装化≫
相手もまた、少し遅れて姿を変え始めた。
同じく褐色の肌が、やはり同じように黒い鎧で覆われる。
手にしているのは、姉さんと同じ大剣。
今度こそ、全く同じ姿となった。
「一撃よ。それで十分でしょ」
姉さんの持つ大剣に、モヤのようなものが纏わり始めた。
と、同時に異変が生じた。
周囲に露出していた鉱石が、いきなり姉さん目掛けて伸びたのだ。
「――ッ⁉」
逃げ場が無い。
鋭利な先端が、姉さんへと迫る。
けど、姉さんの反応が鈍い。
何かしようと構えた直後だったのが災いしたのか。
「傲り逸ったな」
相手の呟きが遠い。
全てがひどくゆっくりに感じられる。
もう後僅かもせずに、姉さんが水晶の群れに貫かれてしまう。
嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ。
姉さんは来るのを拒んでいた。
それを、僕がせがんだばっかりに。
こんなことになるなんて。
綺麗で強くて格好良くて優しい、姉さん。
傷つく姿なんて見たくない。
傷つける相手を赦せるわけがない。
間延びした時間。
心臓がうるさいぐらいに鳴っている。
反面、全身の血の気が引いて、寒いぐらいだ。
何もかもが手遅れ。
伸ばす手だって届きやしない。
でも。
それでも。
助けなきゃ。
声を、言葉を紡ぐんだ。
≪魔装化≫
声に力が応じる。
ブラックドッグが黒霧と化して全身を覆う。
必要なのは速さ。
迫る鉱石よりも先んじる。
しかし、数が多い。
時間を置かず、まとめて破砕する必要がある。
最適な方法は何だ?
手は届かない。
数さえも足りはしない。
届くとすれば、声ぐらいなもの。
ならば、声に力を込めて放つまで。
災いを砕く力を。
「アアアアアァァァァァーーーーーーーーーー!!!」
叫ぶ。
あらん限りの力を込めて。
放つ先は姉さん。
その周囲の鉱石の群れ。
時の進みが戻って行く。
咆哮は鉱石を粉々にこそしたが、姉さんを壁へと吹き飛ばしていた。
「姉さん⁉」
すぐさま魔装化を解き、姉さんの元へと駆け寄る。
が、遮るように眼前に壁と見紛う大剣が振り下ろされた。
「面妖な……。人が魔装化を使うなどと」
『離れろ!』
背後、吠え声と共に意思が伝わって来た。
首を回して振り返ると、さっきまでとは大きさが異なるブラックドッグの姿が見える。
目線は自然と上へ。
大きい。
世界樹の家ぐらいはある。
「そこの獣は見覚えがあるな」
「ね、姉さんのお母さんなんですよね? 何でこんなことするんですか⁉」
ドクン。
言葉に反応して心臓が脈打つ。
「娘を倒したのは、今の一撃のように思うが」
「う……ッ⁉ で、でも、最初にそっちが襲って来たじゃないですか!」
「いつものことだ」
顔の横を凄い勢いで何かが通り抜けていった。
剣を盾のように正面に構え、相手がこちらを向いたまま遠ざかって行く。
真横に立つのは、黒色の柱。
大きくなったブラックドッグの脚だった。
『警告は既に済ませたぞ』
「単身で挑むか。もっとも、魔装化を見過ごす気も無いがな」
頭上から響く唸り声。
応じるように、遠ざかった黒い鎧が剣を構える。
っと、そうだった。
姉さんは⁉
急いで視線を移動させ、姉さんの姿を探す。
けど既に、壁に衝突したはずの姉さんの姿が無かった。
「もういいでしょ。それとも、最後までやらないと結果が分からないわけ?」
聞こえて来たのは姉さんの声。
再び視線を転じれば、いつの間にか、黒い鎧が二つになっていた。
こちらに向け、剣を構える黒い鎧。
その後ろから、首元に剣を当てている、もう一体の黒い鎧。
「迂闊だったな」
「そのようね。まさか、卑怯とは言わないでしょう?」
「戦いとは非情なモノ。勝敗は決した」
手前の黒い鎧が消えてゆく。
続く様に、後ろの鎧も消えていった。
本日は本編50話までと、SSを1話投稿します。
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