48 無職の少年、人と精霊
出掛ける前にすべきことがあった。
食事の後片付けを終え、次にお風呂へ入る。
身体が温まったからか、単純に起きてから時間が経ったからか。
お風呂から上がると、眠気が襲う。
「ふわあぁ~」
欠伸が連続する。
「弟君、もしかして寝てないの?」
「ふわぁっ。昼間寝ていた所為か、夜は寝付けなかったので」
「やっぱり今日行くのは止めておく?」
「いえ、今から寝ても、結局ズレは戻りませんし」
「けど、寝不足で耐えられるほど、生易しいモノじゃないのよ?」
何かにつけて、行くのを取り止めようと提案してくる。
後片付けの最中も、お風呂の中でもそうだった。
何だか、つい最近までの僕と、姉さんとが入れ替わってしまったみたい。
外出を嫌がっていたのは僕の方だったのに。
今は姉さんの方が嫌がっている。
姉さんの背を押すように二階へ。
お互いに着替えを済ませて、一階へと戻って来る。
「ハァッ、今日、帰って来れるのかしら……」
言葉とは裏腹に、姉さんが完全武装してゆく。
今までで一番、念入りに装備の確認を行ってる気がする。
しかし何故、姉さんが武装しているのだろうか。
僕の訓練のはずなんだけど。
「あの、姉さん?」
「弟君は何も心配しなくていいわ。お姉ちゃんが守ってあげるからね」
やはりおかしい。
姉さんが戦う気のように思えて仕方がない。
「何でそんなに、戦う準備を整えてるんですか?」
「そりゃあ当然、戦いになるからに決まってるじゃない」
と、当然なんだ……。
少し不安が増して来たよ。
ブラックドッグを伴い、向かった先はドリアードさんの住処。
姉さんだけだと、この世界樹には帰って来られないらしい。
だから、コロポックルと一緒に行く必要があるとのこと。
誰も居ない緑で覆われた空間に、数度姉さんが呼びかけると、ほどなくドリアードさんが現れた。
「――仰々しい恰好じゃな」
「母のところに行くことになってね」
「――少年を連れてか」
「ええ。むしろそっちが主目的よ」
「――何故じゃ?」
「魔装化の訓練がしたいって、弟君からお願いされてね」
「――其方はせぬのか」
「アタシじゃ、本気で弟君とは戦えないもの」
「――ふむ。……しかし、アレは器用な質では無いと思うがのう」
「アタシもそう思うわ」
苦笑する姉さん。
「――それ故のその恰好というわけか」
「まあね」
「――妾は少年のお眼鏡には適わなかったわけじゃな」
「言われてみればそうね。経験上、母しか思い浮かべてなかったけど。ドリアードじゃ駄目なの?」
姉さんとドリアードさんの視線が注がれる。
話を振られるとは思わず、少し遅れてから答えた。
「世界樹に住まわせて貰ってますし、他にも色々とお世話にもなっているので」
「――謙虚なことじゃな。姉に似ず、良いことじゃ」
「そんなに厚かましくしてないでしょ」
「――ほう? 昔、いきなり襲い掛かって来おった娘がおったはずじゃがのう」
「あれは母が悪いんだってば! ずっと戦わせられてたから、そうするのが普通だと思い込んでたの!」
こんな姉さんの様子は初めて見たかもしれない。
いつもは僕が揶揄われてばっかりだし。
でも姉さん……。
それじゃあ、本当にドリアードさんに襲い掛かったんだね。
「――鍛えるならば、サラマンダーのところでも良さそうなものじゃがな」
「嫌よ。あっちにはオーガがいるじゃない」
「――そう言えば、兄の方がおるんじゃったな」
「弟君に下品がうつったら嫌だもの」
妹ちゃんのお兄さんのことだよね。
姉さんはあんまり好きじゃないみたい。
僕は……見た目がちょっと、ね。
「――少年よ。くれぐれも気を付けることじゃ」
ドリアードさんが唐突に告げてくる。
「――求めておる力は、己が力ではないこと。努々忘れることのないようにな」
「は、はい……?」
良く意味が理解できず、首を傾げる。
「――精霊は道具でも武器でもない。生き物じゃということじゃ」
「そうですね」
そんなの、当たり前のことだよね。
どうして、そんなことを言われたんだろう。
「――人と精霊。真の友となり得るか否か。見定めさせて貰うとするかのう」
「ちょっと! 弟君に変なプレッシャーかけないでくれない?」
「――残された一粒種。期待せぬわけにもゆかぬ」
「弟君は弟君よ。他の何かで決めつけないで」
「――評価とは得てしてそういう類じゃろうがな。まぁ、強いておるわけではない。単に妾の愉しみのようなものじゃよ」
ともって友達って意味だよね?
ブラックドッグとは、もうとっくの昔に友達になってるけど。
「――して、結局は何用で呼びつけた?」
「っとそうだったわ。帰りのためにコロポックルを連れて行きたくてね」
「――向こうにもコロポックルはおるじゃろう」
「あ」
「――間が抜けておるのう。偶には顔を見せてやることじゃな」
「冗談。そんな生傷が絶えない日常は御免被るわ」
「――同胞の様子は伝わって来るが、一応、気を配ってやってくれ」
「ええ。分かったわ」
ドリアードさんから離れて、僕の手を握る。
「じゃあ、行きましょうか。…………けど、覚悟しておいてね」
「え」
見上げた表情は、声色とは違い強張っていた。
≪門≫
期待よりも不安が勝る。
繋いだ手の震えは、果たして僕のモノか、それとも姉さんのモノか。
ドリアードさんに見送られながら、姉さんとブラックドッグと共に、空間の歪みへと入って行った。
本日は本編50話までと、SSを1話投稿します。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




