47 無職の少年、強くなるために
いつもに比べて、言葉少なげな食事を終えた。
一晩寝ずに考えたことを伝えようと、重くなった口を開く。
「姉さん。お願いしたいことがあります」
「突然どうしたの?」
「僕に魔装化の訓練をして欲しいんです」
キョトンと首を傾げていた姉さんの表情が強張る。
「お姉ちゃんは……いえ、アタシは反対よ」
こちらの言葉を待たずに、姉さんが続ける。
「魔装化は精霊の力よ。決して弟君の力じゃないわ」
「分かってます」
「いいえ、分かってないわ。魔力を糧とする精霊にとって、魔力を消費する魔装化はとても危険な行為なのよ」
「だから分かって――」
「ちゃんと聞きなさい」
決して大きな声ではなかった。
けどその真剣さと迫力により、それ以上の言葉を封じられてしまう。
「ブラックドッグは弟君の道具でも武器でもないの。弟君にブラックドッグの命を自由にする権利なんてないのよ」
「ッ⁉」
正論だった。
二の句も告げないほどに。
言われた通り、僕の身勝手な考えに過ぎない。
「弟君のためなら、力を貸してはくれるでしょうね。でも、弟君は二つの命を背負えるだけの覚悟があるの?」
覚悟なんて、あるはずない。
弱いからこそ頼るしかないのに。
「焦らずゆっくり頑張りましょう?」
けど、だけれども。
その言葉には同意できない。
「それじゃあ駄目なんです! 僕だけの力じゃ、どうしたって届くわけない」
「試しもしないで分かるわけないでしょ」
「分かりますよ! 誰にだって分かることです! だって、だって僕には天職が無いんですよ⁉ 僕より強い人はいても、弱い人なんていないじゃないですか!」
溢れ出すのは、弱くて醜い感情ばかり。
自虐なのか、劣等感なのか。
どちらにせよ、惨めな気分にしかならない。
「弟君……」
姉さんの表情が変わる。
悲しげに。
「聞いて弟君。天職に準じた分野で努力を怠った人よりも、天職にそぐわない分野で努力をした人の方が、結果を残せるものよ」
普通に生きるだけなら、そうなのかもしれない。
でもそうじゃない。
そうじゃないんだよ、姉さん。
「僕は戦わなくちゃいけないんです」
視線に力を込め。
強く強く。
姉さんを見つめ返す。
「敵は勇者なんです」
ブルッ。
全身を震えが走る。
「相手の得意とする分野で、僕は勝たなきゃいけないんです」
その強さを、偉業を。
語り継がれるほどに、強い相手。
その才を有する存在なのだから。
「僕だけの力じゃ、どう足掻いたって届きようがないんですよ」
死に物狂いで足掻いたわけじゃない。
ずっとずっと努力を重ねてきたわけでも。
それ以前の問題。
天職が無い。
最初に諦めがあったのだから。
長い沈黙が室内を満たす。
互いに視線は逸らさずに。
気持ちは伝わっただろうか。
全て言葉にできただろうか。
自分で強くなろうともせず、強い力を頼みとする。
情けなくて、浅ましい行為。
到底、胸を張れるわけもない。
それでも、この世でただ一人。
たった一人だけは、赦すことはできないんだ。
「アタシでは力になれないわ」
沈黙を破ったのは姉さんだった。
そして、期待もまた破られてしまう。
「そう……ですか……」
掠れた声が出る。
熱が急速に引いていくのを感じる。
「御免なさい…………でも、紹介ならしてあげられるかも」
しょうかい?
言葉の意味が理解できず、ただただ見つめ返すことしかできない。
「あんまりオススメはできないんだけど、ね」
妙に迂遠な言い回しばかり。
ようやくこちらの疑問が伝わったのか、姉さんが話しだした。
「アタシは母と戦うことで強くなれたわ。弟君相手に、アタシは戦えない。けど母なら、きっと容赦なく相手してくれるはずよ」
「姉さんのお母さん、ですか?」
ドクン。
心臓が強く脈打つ。
それはつまり、土の精霊様ってことだよね。
「ええ。母は厳しいわ。夫だろうが娘だろうが、子供だろうが手加減はしない」
「構いません」
「構うわよ。普通に鍛えてもいない弟君じゃ、数秒と持たないわ」
即座の否定が入る。
勧めているのか、止めているのか。
良く分からない。
「弟君が危ない目に遭うのは嫌。やっぱり、他の方法を考えましょう?」
その言い分は色々とおかしい。
魔物と戦うのだって、危険だったはず。
それに、こちら側から仕掛けるのは、やっぱり気分の良いモノではない。
「魔物とも動物とも、僕は戦いたくありません」
「うっ」
「それに、魔装化の訓練でないと意味がないんです」
「うううっ」
「姉さん」
露骨に嫌そうな顔をする。
僕を会わせたくないんじゃなくて、姉さんが会いたくないだけなんじゃ?
「お願いします」
机に額がつくように、頭を下げる。
「むー、そんなに母に会いたいの? とっても、とおぉっっっても危ないのよ?」
そんなこと言われても……。
他の当てと言えば、もうドリアードさんぐらいしか思い当たらない。
ただでさえ、お世話になりっぱなしなのに、これ以上となると及び腰になってしまう。
「普通に会ってもみたいですけど」
「お姉ちゃんは反対です」
えぇー。
「けど、そうね。母が了承するとは限らないわけだし。行くだけ行ってみる?」
「はい」
「でもやっぱり気が乗らないわー」
よっぽど会うのが嫌みたい。
お父さんの話は良く聞くけど、お母さんの話は殆ど聞いた覚えがない。
ドクンドクン。
心臓が再び強く脈打つ。
ドリアードさん以外の精霊様。
期待と不安が入り混じる。
本日は本編50話までと、SSを1話投稿します。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




