46 無職の少年、夜明け
▼10秒で分かる前回までのあらすじ
ようやく長雨が止み、ケンタウロスの狩りに同行する
しかしそこで、少年は魔装化で暴走してしまう
何とか姉により、誰も傷つけずに済んだものの……
泣き崩れて、そのまま気絶するように眠ってしまった姉さん。
僕ではベッドまで連れて行くことも叶わず、ベッドから毛布を持って来て、掛けることしかできなかった。
姉さんを泣かせてしまった。
僕が強ければ、こうはならずに済んだのだろうか。
弱い自分が嫌になる。
ずぐに誰かに頼ってしまって。
今回だってそう。
ブラックドッグの力を無意識とは言え借りてしまった。
挙句、みんなを、姉さんを襲ってしまう有様だ。
ダンジョンでは、ちゃんと制御できてたはずなのに。
■い記憶。
あれが絡むと、途端に駄目になってしまう。
消せない記憶。
癒えない傷。
赦せない相手。
そう。
全部全部全部全部全部。
全部、アイツが悪いんだ。
昏い感情が渦巻いている。
出口を求めて。
捌け口を求めて。
夜闇の中、据わった目で虚空を睨む。
長かった夜が明けてゆく。
眠気は終ぞ訪れぬままに、ずっと一人で考え続けた。
僕にはどうにも戦いやら争いやらは向いてない。
当事者としても傍観者としても。
けど、倒すべき相手がいる。
天職も備わっておらず、鍛えているわけでもなくて。
その途方もない隔たりを、埋め得る力が魔装化なのだ。
自身の力ですら無いけれど。
唯一無二の手段に思える。
結局は、自分以外の何かを頼ってしまう。
当てにしてしまう。
弱い自分。
そう、弱いのだ。
弱いのだから、仕方がないじゃないか。
簡単に強くなんてなれやしない。
例え努力をしたとしても、その努力が実を結ぶこともない。
天職が無い僕は、何にも成れやしなくて。
どうしたって誰よりも劣っているのだから。
そう言えば、朝になったんだったか。
ならば、すべきことは決まっている。
そうでなくとも、頻りにお腹が食事を要求してくる。
眠り続けていたとは言え、丸一日ほど何も食べてない。
姉さんの眠りを妨げぬよう、静かに台所へと向かう。
食事の用意に取り掛かる。
素早く手を洗い、食糧庫からお肉を多めに取り出す。
と、その手が止まる。
この肉も、元々は生きた動物。
畜産か、狩りか。
そう、狩り。
思い出すのは、つい最近の光景。
とてもではないが、お肉を食べようとは思えなくなってしまう。
きっと、これは無意味な感傷に過ぎないけど。
既に奪われた命。
元に戻らないことなど、嫌と言うほどに良く知っている。
怒りも悲しみも、見当違いなのだろう。
でもだからと言って、今は口にする気が起きない。
お肉を再び仕舞い込み、代わりに野菜と果物を多めに取り出す。
生野菜とは別に、野菜スープを作ろう。
少しでもお腹の足しになるよう工夫せねば。
後は、乾燥したパン。
食べ易いように、少し水を含ませてから軽く火にかける。
これで、多少は柔らかくなったはず。
スープに浸して食べれば、十分柔らかくなるだろう。
料理を居間へ運ぶ。
「ん~」
匂いに釣られてか、姉さんがモゾモゾと動きだしていた。
「姉さん、起きましたか?」
「うぅ~?」
いや、まだ駄目らしい。
朝に弱い姉さんが夜遅くまで起きてたんだから、仕方がないのかも。
毛布から頭だけ覗かせている姿は、別の生き物にも見えてくる。
さてと、どうしようかな。
自然に起きるのを待ってあげたいけど、スープはともかく、パンは温め直すにも限度があるし。
申し訳ないけど、起きて貰うか。
「姉さん。朝ですよ。食事にしましょう?」
ユサユサ。
毛布越しに身体を揺する。
「んむぅ~」
この程度で起きるほど、容易い相手ではない、か。
ならばと、毛布を引っぺがしにかかる。
ガバッ。
とはいかなかった。
毛布を引っ張る手が途中で止まる。
よくよく見ると、姉さんが毛布を掴んで包まっていた。
姉さんと力比べしたって、僕じゃ敵いっこない。
はぁ、これだけはやりたくなかったけど。
屈みこんで、耳元に口を寄せる。
「お姉ちゃん、起きて」
声量はほんの僅か。
囁き声。
が、効果は覿面だった。
ガバッと。
毛布を跳ねのけ、こちらに抱きついて来た。
「お姉ちゃん呼び、キタアァーーーーーッ!!!!!」
本当に寝ていたのか疑わしいほどに、元気いっぱいにこちらを揺さぶる。
「ね、姉さん。お、落ち着い、て」
「もう一回。ね、もう一回、呼んでぇ~」
ガクガク揺さぶられ。
お腹の減った身体には、ちょっと耐えられなかった。
「ちょ、気持ち、悪い、です」
「弟君? え、大丈夫⁉」
大丈夫じゃないです。
空腹と揺さぶりで消耗しきった身体を、椅子に下ろされる。
「お姉ちゃん、ちょっとはしゃぎ過ぎちゃったみたい。御免ね」
「取り敢えず、食事を、取りま、しょう」
「そ、そうね。そうしましょうか」
姉さんが台所で手洗いを済ませて、席に戻る。
「「いただきます」」
こうしてようやく、いつもの食事風景を迎えた。
けれども、姉さんの顔を見て身体を硬くする。
姉さんの目元には、まだ赤みが残っていることに気付いてしまった。
泣き腫らした痕。
忽ち気まずさが蘇って来る。
目を合わせられず、俯き気味に食事を取るのだった。
本日は本編50話までと、SSを1話投稿します。
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