45 無職の少年、悔恨
夢を見なかったのか。
それとも覚えていないだけか。
眠る前の続きのように、記憶が鮮明のまま目覚めを迎えた。
「起きた? 気分はどう?」
そう言って頭を撫でつけられる。
寝る前も似たような遣り取りがあった。
いや、もしかして、覚えている記憶こそが夢の出来事だったのかも?
「弟君?」
返事をせぬまま、ボーっとしていたからか。
姉さんが心配そうに覗き込んできた。
「おはようございます、姉さん」
これ以上心配させないように、ゆっくりと応じる。
「おはよう、って時間でもないけどね。起きられそう?」
「はい。大丈夫だと思います」
どのぐらい寝ていたのか。
背中に痛みを覚える。
吹き抜けの空は、青から黒へと変じていた。
姉さんの手を借り、一階の居間へと移動する。
あれ? アルラウネさんが居た様な覚えがあったんだけど。
気のせいだったかな?
居間には長椅子に伏せるブラックドッグが居るのみ。
他には誰の姿も無かった。
「弟君は、ブラックドッグから離れた場所に座ってね」
「え? あ、はい。分かりました」
理由は分からないけど、取り敢えず言葉に従い、反対側の席に着く。
その間に、水の入ったコップを用意してくれた。
喉の渇きはある。
有難く、口を付ける。
そうして対面側に座った姉さんが話し始めた。
「さて、もう昨日のことになるけど、狩りのときに何があったか思い出せた?」
寝る前に、そんな会話をしたような覚えがある。
ただ、寝る前と状況は変わっていない。
「いいえ。多分、寝る前と同じです」
「そう……。もったいぶっても仕方がないから話すけど、落ち着いて聞いてね」
返事の代わりに首肯を返す。
「狩りの最中、丁度、林から獲物が出て来た辺りで、弟君が魔装化を使って暴れたのよ」
「え」
間の抜けた声が口から漏れた。
「多分だけど、ケンタウロスたちを襲おうとしてたみたい」
「な――」
何を言ってるんだ、姉さんは。
僕がどうしてそんな真似をするって言うんだよ。
でも、姉さんの表情は硬い。
「思い出せない?」
「冗談……ではないんですよね?」
「ええ」
全く覚えていない。
いや、上手く頭が回っていない。
人族の町のときとは違う。
ダンジョンのとだって。
僕が、誰かを襲った……?
「どうしてあんな真似をしたのか。その理由を知りたくて、こうして話をしようと思ったわけなんだけど」
「わ、分かりません。と言うか、思い出せません」
林に向かったことまでは、何となく思い出せる。
けどその先は、真っ黒に塗り潰されたみたいに、何も分からない。
そこで何が起きたのか。
ふと、この場に居ないみんなのことが気になった。
「みんなは……みんなはどうなったんですか?」
「■い獣と化した弟君をアタシが止めたから、みんなは無事よ。二人だけで話したくて、帰って貰ったわ」
「そうですか…………ッ⁉」
安堵の気持ちは長くは続かなかった。
つまりそれは、姉さんと戦ったってこと⁉
「弟君の何かしらの感情に反応して、ブラックドッグが魔装化に応じた。それだけは間違いないわ」
力を貸してくれようとしたのか。
それとも、守ろうとしてくれたのか。
少なくとも、僕の意思を無視して、魔装化したことは無かったはず。
「ただ、暴れ出した原因が分からないと、一緒に連れて行くのは難しいわ」
それは……どっちに対しての言葉なのだろうか。
僕を連れて行けないってことなの?
それとも、ブラックドッグを連れて行けないってこと?
「弟君にとっては辛いことなのかもしれない。けど、頑張って思い出してくれないかしら?」
ショックなことが多過ぎて、頭が上手く回らない。
ぐるぐるぐるぐる。
みんなを、姉さんを危険な目に遭わせたらしいってことが、どうしようもなく胸を苦しくさせる。
星明りだけが照らす室内。
夜を通して、話は続けられる。
長く寝ていたからか、眠気は無い。
姉さんの口から語られる一部始終。
その情景は、夢の残滓を思わせた。
あれは、夢なんかじゃなかった……?
そうしてようやく思い出す。
あの瞬間、何を思ったのかを。
「動物の親子がいたんです……。それを、槍で襲おうとしているのを見て。あの光景と重なったんです」
「そう……そうだったのね。……御免なさい。気付いてあげられなくて」
俯いた姿勢から、上目遣いに正面を窺う。
すると、姉さんもまた俯いていた。
キラリと落ちてゆくのは、もしかして涙……?
「僕のために色々として貰ったのに……。僕の方こそ御免さない」
「いいえ。悪いのはお姉ちゃんの方よ。もっと弟君の気持ちをこそ、考えてあげるべきだったのに」
僕の謝罪を打ち消すように、姉さんの謝罪が重ねられる。
「守ってあげられなくて御免ね。御免。御免なさい」
姉さんが泣いている。
止めどなく、次から次へと涙が零れ落ちてゆく。
いつだって強くて優しい姉さんが。
僕の所為で、僕が原因で涙を流しているのだ。
それが堪らなく辛い。
視界は滲み、溢れて、やがては零れだした。
けれど、謝罪される内容はどこかズレていて。
まるで違う何かに対して、謝っているようだった。
本日の投稿は以上となります。
次回更新は来週土曜日。
お楽しみに。
【次回予告】
少年は強くなるため、考えを巡らせる
果たして、どのような決断を下すのか
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
 




