SS-11 女騎士は出立す
塔の前での警備に就く。
依然として、襲撃した魔族の行方は知れない。
聖都内は、家屋の中まで捜索済み。
それも一日に最低でも一回、多ければ三回も行っている。
もう聖都内に潜伏してはいないと思われるが、捕捉できない以上、警戒を緩めるわけにもいかない。
こうして塔の警備に就くのは、騎士団の中でも実力が高い者たちのみ。
当然、副団長代理もここに居た。
「見つからないことで、これほどの迷惑を被ることになるとは」
「私語を謹め。次の襲撃があるとすれば、相手は前回以上に手強い」
「緊張しっぱなしも消耗するだけかと思いますがね」
「聞こえなかったとは言わせんぞ?」
「失礼しました、副団長」
全く。
この男はいつもこうだ。
どうにも昔から、考え方が合わない。
歳を重ねるにつれ、ズレは大きくなってきた気もする。
なるべく一緒には居たくないと思うほどに。
失敗の処罰とは言え、離れられるのは不幸中の幸いかもしれない。
と、真っ直ぐ伸びた街路を、鎧を激しく鳴らして、騎士の一人が駆け寄って来るのが見えた。
「ふ、副団長!」
ゼエゼエと息を切らせ、騎士が声を掛けて来る。
「何だ」
「だ、団長が、ご到着、され、ました!」
「ッ⁉」
視線を街路の奥へと向け直す。
まだ距離があるのか、ここからでは視認できない。
予想より数日早い到着だ。
既に準備自体は済ませてあったが、今日この後、すぐにも壁に向け出立しなければならないとは思いも寄らなかった。
「報告ご苦労。宿舎での小休憩を許可する」
「ハッ、有難う、ござい、ます」
騎士を下がらせ、以降の予定を頭の中で整理する。
団長と引継ぎを済ませた後、自室から荷物を持ちだして。
いや、自室に向かう前に馬の用意をするべきか。
壁までは馬でゆっくり進んで10日ほどの行程。
急げば2・3日は短縮できる。
道中に宿場はあるから、飲食物は用意した分で足りるはず。
「随分とお早いお着きでしたねぇ」
口を閉じていられないらしい副団長代理をキッと睨み付ける。
視線に気付いて、肩を竦め再び黙った。
いや待て。
そう、団長の到着が早過ぎる。
如何に急いでも、7日ほどは掛かるはず。
けれども、魔族の襲撃から今日で5日しか経っていない。
知らせは早馬ではなく、狼煙により即座に伝わっただろう。
それでも、日中の移動だけでは無理だ。
まさかとは思うが、昼夜を問わず馬で駆けて来たのではなかろうか。
いやいや、だとしても馬の方が持たない、か。
「ん?」
街路の先、馬が駆けてくるのが見えた。
聖都内での騎乗は厳禁。
そもそも、門にて下馬を指導されるはず。
騎士は何故、制止しないのか。
居並ぶ騎士たちもざわつきだす。
「静まれ!」
騎士たちを諫め、次第に露わとなる相手を注視する。
騎士……ではないな。
鎧を身に付けてはいない。
タイミング的に団長かとも思ったのだが、違ったか。
どこの馬鹿だ、仕事を増やしおって。
警邏中の騎士たちにも、説教をせねばならない。
この後の予定がどんどん積み重なって行く。
「あれ、団長ですね」
「は?」
何を言っているんだコイツは?
今まさに違うと判断したばかりだというのに。
「あーなるほど。道中を急ぐため、鎧を脱いでいらしたんでしょう」
うわ、やりそう。
団長は尊敬に値する素晴らしい御方。
しかし、どうにも常識とか規則とかに縛られない気質をお持ちの方なのだ。
副団長代理の視力と推察は正しかったらしい。
すぐそばまで馬で寄せ、降りて来たのは見知った人物。
この場の誰よりも上背がある、筋骨隆々の偉丈夫。
年の頃は、確か両親と同じぐらいだったか。
一歩進み出て、勢いよく頭を下げる。
「団長。この度はワタシの失態により、遠路よりご足労をお掛けし――」
「おいおい、久々の再会だってのに、挨拶が堅苦しいぜ、嬢ちゃん」
「だ、団長。その呼び方は是非に止めていただきたい」
「プッ、クククッ」
アイツめ!
「皆も元気そうでなによりだ。詳細までは知らんが、なーに、失敗ぐらい、命があればどうとでもならーな」
そう言って、快活に笑いだす。
本当に相変わらずな御方だ。
「だがまぁ、実際のとこ不甲斐ねぇとも思ってる。オレが来たからには、鍛え直してやらねぇとなぁ」
「どうぞ厳しくお願いいたします」
「ハハハ。嬢ちゃ――っと、副団長のお墨付きを貰っちまったな。こりゃあ、次に会うときは見違えてねぇと、オレがどやされちまう」
「恐れながら団長。聖都内での騎乗は厳禁との決まり。如何に団長であれ、処罰は受けていただかねば示しがつきません」
「だろうなぁ。ま、覚悟の上だ。だがよ、咎めたのが副団長だけってのが、一番の問題な気がするわな」
「それは……」
騎士たちはお諫めしなかったのか!
「ワタシの指導不足。お叱りはワタシにも」
「オマエはすぐに壁に向かわなきゃなんねえだろうが。優先順位を間違えんなよ? ほれ、さっさと支度しねぇか」
「で、ですが」
「引継ぎやらは、代理でもできんだろ?」
「はい、お任せください。副団長はどうか、出立をお急ぎくださいませ」
何でコイツは、こういうときだけまともな応対をするんだ。
普段は嫌がらせでもしてるつもりか?
「おーい、聞いてるか? 急がねえと日が暮れちまうぞ」
「分かりました。ワタシはこれで失礼させていただきます」
「おう。お役目、キッチリこなしてきな」
再び深々と礼を返し、宿舎まで駆ける。
のを中断し、まずは馬の手配をしなければと思い至る。
「待て待て。馬の手配なら、もう済ませておいた。荷物を持って門に向かえ」
カーッと顔に熱が集まる。
「あ、有難うございます」
「気にすんな。さてとお前ら、ただ突っ立ってるだけじゃ暇だろ? その場で筋トレしとくか」
「いえあの団長。まずは引継ぎを――」
「おっと、そうだったそうだった。だが、筋トレしながらでもできんだろ」
三度、頭を下げるこちらに、ヒラヒラと手だけで応じる団長。
一生、この人にだけは敵わない気がする。
進路を宿舎に変更し、今度こそ駆け出した。
団長、結構お気に入りのキャラになりました。
当初はもっと厳格な武人を想定してましたが、これで良かったかなと。
補足としまして、団長は道中の宿場で馬を乗り換えながら昼夜通して移動して来たので、予定よりも大分早く到着できたのでした。
本日の投稿は以上となります。
次回更新は来週土曜日。
お楽しみに。
【次回予告】
狩りじゃー!
狩りの時間じゃー!
というテンションでもありませんが、そんな回です。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




