38 無職の少年、提案
まったり休憩していると、玄関の扉が勢いよく開かれた。
「たっだいまー! 弟君、寂しくなか……った……?」
声は尻すぼみに小さくなってゆき。
視線は僕から、隣の賢姉さんへと移っていた。
「何でアンタが……ッ⁉ アタシの不在を狙ったわね!」
「冤罪。知り得るはずがない」
いきなり食って掛かる姉さん。
ひとまず、食材の入った袋を振り回さないで欲しい。
「姉さん。落ち着いてください」
「お姉ちゃん以外とイチャついちゃ駄目なんだからね!」
「どこをどう見たら、そんな勘違いをするんですか」
「逢引き現場に居合わせたお姉ちゃんの気持ちが分からないの⁉」
「そんなの分かりませんよ」
床を踏み鳴らさないで。
力加減を間違えたら、床が抜けちゃうよ。
「唖然。キミが絡むと、途端に支離滅裂」
「うっさい! で、何しに来たのよ?」
「恒例。薬を持参」
「……そりゃそうよね。ハァ、何か無駄に疲れたわ」
肩を落として脱力したまま、空いた席に身を預ける。
『リンゴ⁉』
「アンタ、今朝、食事取ったばっかりでしょうが! 駄目よ!」
『ナンタル、シウチ』
「節制。心掛けが大事」
膝の上のスライムを賢姉さんが撫でつける。
落ち着くのか、スライムが目を細めて気持ち良さそうにしてる。
「弟君が、お姉ちゃんを労ってくれないぃ~」
机に顎を乗せ、ジト目でこちらを見つめてくる。
「お疲れ様でした。いつもありがとうございます」
「エヘ、エヘヘヘヘ~」
途端に表情が崩れる。
「嘆息。最早、病気の類い」
「そうね~、弟煩いってヤツかしらねぇ~」
「閉口」
賢姉さんが呆れてしまったらしい。
取り敢えず、食材を仕舞っておかないと。
机の上の袋を手に取り、台所へと向かう。
「用事が済んだのなら、さっさと帰りなさいよー」
「提案。回答を得たら退出する所存」
「は? 何よ急に」
「質問。何故、少年を外に連れ出した」
「あれ? あの時、言わなかったかしら。もしものときのために、鍛えてあげようと思ってね」
「詳細。鍛えるとは具体的に」
「方法ってこと? そりゃあ、魔物と戦うに決まってるわ」
「無謀。段階を踏むべき」
「段階? 戦闘に段階なんてあるわけ?」
「助言。直接戦闘の前に、戦い方を見学させるべき」
「見学ねぇ……。なら、ごーれむちゃんとでも模擬戦して見せようかしら」
「却下。強者の戦闘では無意味。ケンタウロスの狩りに同行させるべき」
「今日は珍しく饒舌じゃない。まぁ、今後はどうしたものか悩んでもいたし、試してみてもいいかもね」
食材を仕舞っている間に、何やら会話が弾んでいたみたい。
あの二人の会話が長続きするのは極めて珍しい気がする。
「はい、姉さん」
飲み物を配膳する。
「ありがと~。弟君は優しい良い子だよ~」
机に突っ伏していた身体を、どうしてかこちらに向けて伸ばしてくる。
「どうしたんですか?」
「飲・ま・せ・て?」
姉さんがちょっと面倒臭い感じになっていた。
「推奨。放置が最善と判断」
そう言って、膝上のスライムを机に置き、賢姉さんが立ち上がる。
『ナデル、オワリ?』
「帰るの?」
「肯定。用事は全て完遂した」
「薬やら助言やら、あと、弟君と一緒に居てくれてありがとね」
予想外の言葉に面食らったのか。
数瞬硬直したかと思うと、ぎこちない動作で玄関の扉へと向かう。
「またいらしてくださいね」
『マタネ』
背を向けたままコクコクと頷いて、そのまま去って行った。
「相変わらずの恥ずかしがり屋ねー」
「そうなんですかね」
「目元を隠してるのも、その所為でしょ」
そうなのかな。
良い人には違いないとは思うけど。
「で、お姉ちゃんに、いつ飲ませてくれるのかしら」
「自分でどうぞ」
姉さんをあしらい、掃除の続きに取り掛かる。
居間から出ようとすると、長椅子で丸くなっていたブラックドッグが起き上がり付いて来た。
「お姉ちゃんは放置なの~?」
姉さんにそれ以上構わず、掃除に専念する。
最近は外出することも多い。
家に居る内に済ませておかないと。
居間からは、姉さんがまだ何か言ってる気がする。
今日は姉さんが構われたい日なのかも。
構えば解放されるのはいつになることか。
取り敢えずは後回しで。
付いて来るブラックドッグも、特に掃除を手伝ってくれるわけではない。
本当にただ付いて回るだけ。
姉さんみたく、邪魔しても来ない。
小さい頃は、僕の方から良く抱きついていたようにも思う。
物心ついたころから一緒にいる、何だか不思議な存在。
あんまり喋ってはくれないけど。
姉さんとはまた違った意味で安心できる。
本日は本編40話までと、SSを2話投稿します。
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