37 無職の少年、来客
姉さんが食料調達に出掛けてすぐ、玄関の扉がノックされた。
反射的に妹ちゃんかなと思ったけど、一向に扉が開かれる気配が無い。
つまりば違う来客なわけだ。
相手の見当が付く。
「どうぞ、開いてます」
「失礼。お邪魔する」
少し大きな声を掛けると、すぐに返答があった。
次いでようやく扉が開かれる。
黒いローブに、目元まで隠れた緑の無造作な髪。
予想違わず。
相手は賢姉さんだった。
掃除の手を止め、応対する。
「疑問。キミ一人?」
「いえ――」
『チガウ!』
『否定』
スライムとブラックドッグが続けざまに声ならぬ声を発する。
「失敬。同居人は不在か」
「はい。食材がもう心許なかったので」
「成程。……生憎と食材は持参してない」
「いえそんな。気にしないでください」
「提供。いつもの」
そう言って差し出されるのは、青と緑の液体が入った瓶の束。
ポーションとエーテルだ。
「あ、どうも、いつもありがとうございます」
「結構。製法が失伝せぬ、良い練習」
『クダモノ、ナイ?』
「生憎。持参してない」
『ションボリ』
どっちも気落ちしているし。
「スライムは昨日、食べ過ぎたばっかりでしょ」
『クダモノ、スキ』
いや、好きだから許されるとかないし。
「果物。必要?」
「多分、姉さんが調達して来てくれますから。気にしなくて大丈夫ですよ」
『キタイ!』
賢姉さんは、恰好や言動で損している。
本当はこんなにも優しい人なのに。
「あ、どうぞ、座ってください。今、飲み物をお出ししますから」
「感謝。お言葉に甘える」
ずっと立ち話していたことに気が付き、そう促す。
次いで、台所へと向かう。
『ダッコ、シテ』
「了承。いつでも受けて立つ」
居間からは、どこか調子のズレたような遣り取りがされているみたい。
賢姉さんの住んでる協会には、人族と魔族が共存していたはず。
魔族との付き合い方も心得ているのかも。
あの人馬の集落にもいたわけだしね。
「どうぞ」
「謝意。頂戴する」
飲み物を持ってきてみれば、賢姉さんの膝の上にスライムが乗っていた。
ブラックドッグは長椅子で丸くなっている。
相変わらず、僕以外には懐く気がないらしい。
「そう言えば、集落の門番をしていた石像は、賢姉さんが作ったんですか?」
休憩がてら、隣りの席に着く。
「否定。偉大な祖先の手による傑作」
「そうなんですか」
違ったのか。
傑作かどうかは、僕には良く分からないけど。
「やっぱり強いんですよね?」
「肯定。対魔王用と聞いてる」
「え」
ちょっとどころか、大分想定外の答えが返って来た。
それって、もしかして姉さんよりも強かったりするのかな?
『マオウサマ』
あ、スライムがまたションボリしてる。
昨日は、この話題で泣いちゃってたし。
「曲解。魔王を倒そうとはしていない」
『ホント?』
「是認。超常の存在に打ち勝つため、魔と知の結実」
『ワカラン』
「残念。説明は不得意」
スライムは泣かずに済んだみたい。
けど、賢姉さんの言葉は、僕にも難し過ぎて分からないや。
「挑戦。いつか自作したい」
沢山あっても困ると思うけど。
あーでも、何だか寂しそうだったし、もう一体いてもいいのかも。
「何だか寂しそうに見えました」
「思案。姉妹機を検討しておく」
物騒なことになってしまっただろうか。
でも、寂しいのは誰だって嫌だと思うから。
『イッパイ、ツクル?』
「困惑。作成は極めて困難」
「なら、昔の人は凄かったんですね」
「同意。至らぬ自分が口惜しい」
賢姉さんは頭がいい。
これまでも、色々と教わったことがある。
例え姉さんでも、頭では敵いはしないと思う。
その賢姉さんよりも、昔の人は優れていたってことだよね。
物凄く頭のいい人がいたんだ。
と、そう言えば、もう一つ気になることがあった。
ついでに聞いてみよう。
「あの石像って、何であんな恰好なんですか?」
「簡単。可愛い」
……え、それだけ?
可愛い、のかなぁ?
もしかして、あの衣装は賢姉さんお手製だったりとか。
も、もう尋ねるのは止めておこうかな。
本日は本編40話までと、SSを2話投稿します。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




