36 無職の少年、今日の予定②
▼10秒で分かる前回までのあらすじ
ダンジョンから戻り、休養に努めた……っぽい
随分と久しぶりに、姉以外と眠りに就いた
寒さを感じる朝。
何故だかいつもよりも寒い。
代わりに、妙に柔らかい感触が返る。
寝惚けつつ、薄目を開けて確認してみることに。
腕の中には、褐色の肌ではない半透明で変形した物体。
えっと…………あ、スライムか。
そう言えば、昨日は随分と久しぶりにスライムと一緒に寝たんだっけ。
風呂上がりの熱はとうの昔に失われ、ひんやりとむしろこちらの熱を奪う。
吹き抜けの天井からは、白む空が見えている。
さて、食事の用意をしないと。
スライムを離し、ベッドを脱する。
そのまま階段へと向かう途中、もう一つのベッドをチラリと見る。
如何にも寒そうに丸まっている姉さんの姿。
いつもみたく下着姿だから、余計に寒いんだよ。
理屈は良く分からないけど、高い場所ほど寒くなるらしい。
世界樹は雲より高いわけで。
多分、精霊の力で、普通よりかはマシなんだろうけど。
自分のベッドへと戻り、毛布を持つ。
そうして姉さんの方へ移動し、上から掛けてあげる。
もう一度、自分のベッドへ戻り、今度はスライムを抱きかかえて一階へ。
長椅子で丸くなるブラックドッグにスライムを預け、台所へと向かった。
「弟くぅ~ん!」
食事の準備が終わろうかという頃合い。
二階からそんな声が聞こえて来た。
「弟君、弟君、弟君、弟君、弟くぅ~ん!」
のみならず、連呼して迫って来る。
今日はやけにうるさい。
一緒に寝なかったから、何らかの疾患でも生じたのかな。
それは衝撃を伴って来た。
「弟君! もうお姉ちゃんは、目覚めの瞬間から、弟君の愛を感じずにはいられなかったわ!」
ガバッ。
興奮気味の姉さんに抱きしめられた。
「どうかしたんですか?」
「毛布、掛けてくれたんでしょ? 優しい弟君の温もりに包まれて、お姉ちゃんは朝からとっても幸せ!」
「温まったなら、抱きつかなくてもいいじゃないですか」
「ソレはソレ、コレはコレよ。愛情はいつだって別腹なんだから」
食べられるのはちょっと。
「自分の分は自分で運んでください」
「弟君が食事を持って、その弟君をアタシが運べばいいと思わない?」
「意味が分かりません」
「昨日はあんなに甘えてくれたのにぃ~」
顔に熱が込み上げて来る。
恥ずかしい。
昨日はちょっとどうかしてたんだ。
あんなにずっとしがみ付いてるなんて。
「昨日のことは忘れてください」
「無理よ。お姉ちゃんメモリーに永久保存しておいたから」
やっぱり意味が分からない。
「とにかく、配膳の邪魔なので放してください」
「シクシク」
「あと、服を着てください」
「グフッ」
「着るまでは食事は出しません」
「分かったわよぅ」
ようやく解放される。
タンタンタン。
軽い足音が数回。
もう姉さんは二階に上がっていた。
どうせなら食事も運んで欲しかったよ、姉さん。
「「いただきます」」
『イタダキマス』
椅子に二人、机の上に一体での食事。
果物はもう無いので、スライムには野菜。
『ウマウマ』
「今度は食べ過ぎないでよ?」
『ガンバル』
「いっつもそれね」
魔物や魔族の食事は、一日一回で十分なはず。
世界樹に居れば、数日に一回まで減少するはずなのに。
スライムは二日連続で食事を取っている。
本当に大丈夫なのかな?
「今日はどうしようかしらね。昨日はのんびりできたとは言い難いし」
外に行くということはつまり、また怖い思いをするわけで。
ならば、出掛けない方が安心安全だ。
「掃除がやりかけなので……」
「そうなの? なら、今日も休みにしておきましょうか」
「はい」
心なしか声が弾む。
戦うのは怖い。
それに、戦いたいわけじゃない。
ただ、倒したい相手がいるだけなのだから。
「そうだ! 弟君の洗濯物は、お姉ちゃんに任せておいて!」
「どうしてですか?」
「香りを十分堪能してから――」
「気持ち悪いです、姉さん」
姉さんが机に突っ伏して動かなくなった。
『ヘンタイ、ダナ⁉』
スライムの言葉に反応してか、カタカタ震え出す。
「スライムはどうする? 帰る?」
『ココ、イル』
「そう? でも遊べないかも」
『イッショ、ウレシイ』
そう返されてしまっては、強くも言えない。
昔からの僕の友達。
もっと遊んであげられたらいいんだけど。
「お姉ちゃんが掃除も洗濯もやっておいてあげるわよ」
身体は机に預けたまま、顔だけこちらを向いていた。
ジッと見つめ返す。
更にジーッと見つめ続ける。
「ど、どうしたの、弟君」
「姉さんは信用できません」
「酷い!」
先程の言動もある。
それに加えて、姉さんは大雑把過ぎるし。
かえって酷い有様になりそうな予感が拭い去れない。
「それより、姉さん。食材がそろそろ心許ないんですが」
「あら。ここ数日、客も来てたし、減りが早まったのね。いいわ、また貰って来てあげるから」
「お願いします」
世界樹での生活で一番困るとすれば、やっぱり食料の調達だと思う。
精霊の住処に行けば、多少の果実や野菜を貰えたりもするけど、ドリアードさんがあまり良い顔をしない。
植物への愛情が強く、食べられるのも嫌みたい。
肉なんてあるはずもなくて。
だから、姉さんが都度地上へ出向き、貰って来てくれる。
でも何故だか、僕が付いて行くのを了承してはくれない。
「今日こそは用事を手早く済ませて、弟君のそばに居てあげるからね」
「邪魔はしないでくださいね」
「お姉ちゃんの信用が低過ぎない⁉」
姉さんが居ないのは寂しい。
素直に言うと、また騒ぎ出すから言わないけど。
それに、ブラックドッグとスライムが居てくれる。
なら耐えられる。
本日は本編40話までと、SSを2話投稿します。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




