SS-9 アルラウネの戸惑い
三日ぶりだか四日ぶりの精霊の住処。
やっぱりここが一番落ち着く。
思えば、随分と長い期間をドリアードたちと過ごしたものだ。
外に出たのなんて、どれぐらいぶりだったか。
「――戻ったか」
「ただいま」
植物に溢れる空間に佇む、緑色の精霊。
古い友。
いえ、最早家族も同然かしら。
態々、出迎えてくれたらしい。
蔦で編まれた椅子が姿を成す。
話がしたいようだ。
素直に対面の席に着く。
「――久々の外はどうじゃった?」
「別に。変化らしい変化は見受けられなかったわよ」
「――そうか? こことは違って、外は変化してばかりかと思うたが」
「誰が居なくなっても、変わらず世界は続いてゆくものね」
「――未だ引きずっておるのか?」
「何のことよ」
「――勇者か、その番か。親しくしておったからのう」
「アタシ、そんなに感傷的じゃないわよ」
ほんの一時、人と共に在った。
濃密な時間、ではあったのだろう。
まるで昨日のことのように思い出せる。
でも、同じ時を過ごせたのは、限られた期間でしかない。
「昔のことはいいでしょ」
「――そうじゃな。して、何かあったのか?」
「遭ったわよ。集落ではワームが襲って来るし、ダンジョンではアントが大挙して押し寄せて来るしで。もう散々だったわ」
「――どちらも容易い相手ではないか。手間取ったのならば、其方にこそ問題があろう」
「いきなり何よ」
「――魔物に手心を加えておったんじゃろう?」
「はぁ? そんなわけないでしょ」
「――大方予想は付く。止めを刺せなんだか」
言葉が何かを刺激する。
指摘の通りに、どちらも手強い相手ではなかったはずだ。
相性こそ適してなかったが、彼我の実力差は歴然なほどに。
ならばどうしたわけか。
自信の行動を思い返してみる。
するとどうだろう。
魔物を拘束したり足止めしたりはしたものの、いずれも止めを刺してはいない気がする。
何故そんな真似を仕出かしているのか。
「――敵対する魔物の命を厭うておるのじゃろうよ」
「何でそう思うわけ?」
「――知れたこと。かつて過ごした者たちに感化されておる」
「――――」
そんなはずない。
たったそれだけの言葉が口にできなかった。
「――妾たちとは異なり、其方は同胞の身ゆえ、さして不思議でもあるまい」
そう、なのだろうか。
ならば昔から、そうでなければおかしい。
「――そこに違和を覚えるならば、其方が変わったという証左に他なるまいて」
戦ったのなんて、それこそどれぐらいぶりのことか。
人に追い立てられ、ドリアードに匿われて。
以降は表立って戦った覚えも無い。
争いは都度起こったけれど、助力を請われることは無かった。
戦っていたのは、彼ら彼女らで。
アタシはただ見送るばかり。
「いつからこんな、弱くなっちゃったのかしら」
「――誰ぞ怪我は負ったのか?」
「え? いえ、そんなことはなかったと思うけど」
「――ならば問題はなかろう」
「どうしてよ」
「――守れたのであろう? 役目は果たせておるではないか」
「あ」
そんな風に考えはしなかった。
アタシが誰かを守った?
逆に、守られたような気さえするぐらいなのに。
どうしてだろう。
妙な気持ちが込み上げて来る。
「――其方は変わったとも。一番そばにおる妾の言に信が置けぬのか?」
「そうじゃない。そうじゃないけど。ちょっと混乱しちゃって」
「――あの子供はどこか危うい。これからも守ってやることじゃ」
綺麗な銀髪は、どうしても彼女を思い起こさせる。
懐かしい記憶。
同時に別れの記憶でもある。
彼女が残したモノを、失わせたくはない。
ならば、答えは一つきり。
「もちろんよ」
本日の投稿は以上となります。
次回更新は来週土曜日。
お楽しみに。
【次回予告】
もうちょっとのんびり回が続きそう
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