34 無職の少年、食後の運動
姉さんにしがみ付いたまま居間へ。
まだ妹ちゃんは帰ってはいなかった。
さっきまでの遣り取りを聞かれていたかと思うと恥ずかしい。
「大丈夫?」
妹ちゃんが声を掛ける。
けど、その相手は僕じゃなかった。
『グルジイ』
「まさか、貰って来た分、全部食べちゃったの⁉」
机の上で、パンパンに膨れて球体になっているスライム。
胃袋という器官があるようには見受けられないけど、食べ過ぎという感覚は備わっているらしい。
「忠告しておいたでしょうに」
「ウチも止めたんだけど」
『食い意地が張り過ぎなんだポー』
『愚か』
コロポックルやブラックドッグまでもが呆れている様子。
「ここに居たんじゃ、しばらくは苦しいままよ」
『ダズゲデ』
「外に行けば早く治まるとは思うけど……。さっき行って来たばかりなのに、世話の掛かる子ねぇ」
姉さんがスライムを抱きかかえる。
そばに居たコロポックルも一緒くたに。
『またお出掛けコロ?』
「そ。スライムの消化を促しにね」
相変わらず腰にしがみ付いたままの僕。
姉さんが肩越しに見下ろしてきた。
「どうする? 弟君も来る?」
コクリ。
首肯で返答する。
「えー、じゃあウチも行きたい!」
「当然、そうなるわよね。もう、のんびり過ごさせるはずだったのに」
「で、オトートクンはどしたの?」
妹ちゃんが、姉さん越しに覗き込んで来る。
視線から隠れるように、しがみ付いたまま移動する。
「今はそっとしておいてあげて。それと、付いて来るのは構わないけど、散歩するぐらいだからね」
「ジッとしてるよりはマシだよー」
「今回はアルラウネが居ないんだし、アタシから離れないようにね」
「えっと……ウチもしがみ付けばいいの?」
「そこまではしなくていいから」
≪門≫
居間の壁に歪みが生じる。
そうして今日もまた、外へと出掛けることになった。
到着した先は、見覚えのある場所。
そして、フリフリ衣装を着た巨大な石像。
「また来たデス?」
「止むを得ず、ね」
見た目にそぐわぬ可愛い声が応じて来る。
姉さんが屈みこみ、スライムを地面へと降ろす。
「ゆっくりでいいから、動いて消化なさい」
『ガンバル』
『乗っても良いコロ?』
「駄目よ。今日は鍛えに来たわけじゃないんだから。乗るならブラックドッグになさい」
『そうするポー』
姉さんの腕からフヨフヨと浮いて、ブラックドッグの背に着地する。
「ウチも! ウチも乗りたい!」
『断る』
「えー、酷いよぅ」
最初に訪れたのはつい最近のこと。
でも、あのときの緊張と恐怖はもう薄れている。
ゆっくりと這って行くスライムに合わせて。
姉さんと、しがみ付いたままの僕が続く。
「みなさん、何しに来たデス?」
そして、状況を理解できていない石像。
「そうねぇ、食後の運動かしら。ってこら、妹ちゃん、離れちゃ駄目だってば」
「そだった!」
ヒシッ。
妹ちゃんもしがみ付いてきた。
何故か僕の腰に。
「アタシの目の前で弟君に抱きついて見せるとか、良い度胸してるじゃないの」
「デンジャー、デンジャー! 脅威を検知、デス!」
「敵⁉ どこ⁉」
弛緩した空気が、一気に緊張を孕む。
「エルフさんデス!」
「……はっ倒すわよ?」
緊張はすぐさま霧散し、再び弛緩した空気が戻って来る。
「ごーれむちゃんに搭載された、素晴らしい機能なのデス」
「紛らわしいのよ、全くもう」
「今のはウチでも分かったよ。他には何ができるのー?」
「鉄拳制裁、デス」
「てっけ……、うんと、よく分かんないや」
「殴るってことよ」
「えっと……それもウチできるよ」
何だろう。
頭が痛くなってくる会話が続いている。
スライムを追い駆ける姉さんに引きずられ、僕と妹ちゃんがズルズルと続く。
隣りではブラックドッグと、上に乗ったコロポックルが歩いている。
「他にはメガトンキックもあるデス」
「何それ⁉」
「あらゆるものを粉砕する、恐るべき技デス」
「思いっきり蹴るだけでしょ」
「……それもウチできるね」
妹ちゃんの声から元気が失せていく。
どうやら期待を悉く下回っているようだ。
石像から離れることなく、スライムを追い駆け散歩らしきものは続けられる。
その間中、石像からの機能紹介も続けられるのだった。
本日は本編35話までと、SSを1話投稿します。
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