33 無職の少年、姉と弟
堪らず居間から駆け出す。
吹き抜けの我が家に引き籠れる場所は少ない。
掃除の続きをする気もおきず、トイレに閉じ籠る。
気持ち悪さと不安がごちゃ混ぜ。
今は誰にも会いたくない。
遠い昔のことなんて、知りたくもない。
当たり前の日常が、全く別物のナニカに変わってしまうようで。
怖くて、恐ろしくて。
ガチガチガチガチ。
歯が勝手に音を鳴らす。
寒いわけでもないのに。
震えが止まらない。
みんなが本当に一緒に居たいのは、出来損ないの僕なんかじゃなくて。
昔居た、誰かなんじゃないの?
天職すら持たない僕は、やっぱり何にも成れやしないんだと。
考えないようにしていたことまで、頭に浮かんでくる。
情けなくて、弱くて、惨めな自分。
自分が嫌いだ。
みんなを信じられない自分が。
何で僕はいっつも。
きつく閉じた目に熱が集まる。
溜まり溢れて、程なく零れ始めた。
激情が過ぎ去り、白けたころ。
扉越しに声が聞こえて来た。
「少しは落ち着いた?」
耳に馴染んだ姉さんの声。
嗚咽を聞かれてしまっただろうか。
途端に恥ずかしくなってくる。
「弟君が何を思ったのか、何を考えているのか。……いつかお姉ちゃんにも聞かせて頂戴」
声音は優しいような、でもどこか寂しさを感じられた。
姉さんに今すぐ抱きつきたい。
衝動を抑え込む。
いつも甘えてしまう。
一緒に居れば安心していられる。
でも。
でも、姉さんはどう思っているんだろうか。
尋ねられるわけがない。
答えを聞くのが怖い。
僕じゃない誰かを見てるんじゃないかって。
今はそう思えて仕方がない。
姉さんも、ブラックドッグも、スライムも、アルラウネさんだって。
僕から歩み寄ったわけじゃない。
みんなの方から、そばに来てくれたんだ。
その理由なんて、気にしたこともなかったのに。
「アタシは……いいえ、アタシだけじゃない。みんなだって、弟君のことが大好きなのよ」
僕の何を好きなんだろう。
僕の何が好きになって貰えるんだろう。
分からない。
分からないよ。
「可愛くて、甘えん坊で、優しくて、真面目で。笑った顔がやっぱり可愛くて。お姉ちゃんって呼んで貰えるのが何より嬉しい」
声に出したはずは無いのに、姉さんがつらつらと答えてゆく。
無性にこそばゆい。
お姉ちゃん呼びなんて、もうしてないよ。
可愛いなんて言われても、嬉しくなんてないし。
「怖がりで、自分に自信が持てなくて、変わりたいと思ってる。でも、そんな弟君も大好き」
「ッ⁉」
何で、何で、何で。
そんなこと、一度も言ってないはずなのに。
気付かれてた⁉
恥ずかしい。
僕はみんなのこと、碌に分ってやしないのに。
「他の誰でもない。弟君を好きなんだから」
いつも、いつだって、好きだって言ってくれてる。
それに対して、僕は何度応えたことがあるだろう。
照れ臭がって。
恥ずかしがって。
言葉にするのは躊躇われる。
もしかしたら、姉さんも不安なのかな?
僕が気持ちを伝えないばっかりに。
知らず知らずのうちに、悲しませているのだろうか。
だとしたら、僕は僕を許せない。
「僕だって! 僕だって姉さんが大好きだよ!」
「弟君……」
「いつも一緒に居てくれて、どれだけ嬉しいか。どれだけ感謝してると思ってるのさッ!」
一度口にしてしまえば、言葉は溢れ出してしまう。
大好きに決まってる。
姉さんだけじゃない。
みんなのことだって。
だから、どう思われてるかが、怖くて仕方がなかったんだ。
この気持ちが、もしも僕だけだったらって。
何度も。
何度も姉さんは口にしてくれてたのに。
全然、信じられていなかったんだ。
「だから、僕を置いて何処かに行かないで!」
心の弱い部分を曝け出す。
それはとても怖いこと。
誰に対してもはできやしない。
「そんなこと絶対にしないわ。だってアタシは、弟君のお姉ちゃんなんだから」
扉越しの会話。
その隔たりを取り払う。
全力でしがみ付く。
「一緒に居るわ。 ……でも、置いて行かれるのは、お姉ちゃんの方かもね」
「グスッ。ぞんなごど、ヒグッ、しないよぅ」
「泣かないで。不安にさせて御免ね」
さっき散々泣いたばかりなのに。
涙はどうしようもなく溢れて。
みっともなく泣いた。
本日は本編35話までと、SSを1話投稿します。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




