30 無職の少年、早朝の喧騒
目覚めたのは明け方だった。
空の色は黒から白へ。
いつも通りに姉さんを引っぺがし、ベッドを後にする。
もう一つのベッドには、アルラウネさんの姿があった。
どうやら昨日も泊まったらしい。
住処の外に出るのを嫌がっていたはずだけど。
まぁ、嫌がられていないなら良いか。
どうせベッドは一つ空いてるわけだしね。
階段を下りて一階へ。
習慣づいた行動は、無意識の内に身体を動かしてゆく。
が、そこでようやく異変に気が付いた。
物音。
場所は…………台所?
居間の長椅子には、丸くなっているブラックドッグの姿が。
二階には姉さんとアルラウネさんが居た。
そう言えば、コロポックルの姿までは確認しなかったか。
なら、物音の正体はコロポックルかな?
普段と変わらぬはずの家が、途端に不気味さを増す。
足音を忍ばせて台所へと近づいてゆく。
棚から顔を出し、台所を恐る恐る覗き込む。
『リンゴ、ウマァーーーッ!』
ビクゥッ⁉
最大級に身体を震わせた後、恐怖が霧散してゆく。
ここは世界樹の上なんだし、知らない相手が居るはずもないよね。
台所を漁っていたのは見慣れた相手。
友達のスライムだった。
「勝手に入ったうえに盗み食いなんて」
『ムシャムシャ、オハヨー』
「お土産用に取っておいた物だから食べてもいいけどさ」
『リンゴ、タマラン!』
いや、そんなこと力強く言われてもね。
いくらなんでも、これじゃあ泥棒と同じだよ。
「今度からは、明るくなってから来てね」
『ガンバル』
何を頑張るつもりなのだろう。
『モットホシイ!』
「そこにあるので全部だよ」
『ションボリ』
丸みを帯びた体が、みるみる平らになってゆく。
勝手にあるだけ食べておいて、それはないでしょ。
「またお土産に貰ってきてあげるよ」
『ホント?』
「うん」
『アリガタシ』
「でも、次にいつ行くかまでは分からないけどね」
『ナルハヤ、デ』
「う、うん。姉さんに聞いてみるよ」
体を伸ばして迫って来られるのは、ちょっと怖い。
「ボウヤ? 誰と話してるの?」
と、吹き抜けの二階から声が掛けられた。
アルラウネさんだ。
「あの、台所にスライムが居たんです」
「また勝手に住処から出て来たのね」
多分に呆れを含んだ声音。
確かに、いつの間にか居ることが多い気がする。
「何で大人しくしていられないのかしら」
階段を下りてくる足音。
すぐに台所へとアルラウネさんが姿を現した。
「で、台所で何してわけ?」
『リンゴ、タベタ』
「……当然それは、一言断りを入れてから食べたのよね?」
『アッタカラ、タベタ』
「はしたない真似しないの!」
『ビギィ⁉』
「全く、意地汚いにも程があるわ」
怒られて震えているスライム。
可哀想にも思えて来る。
僕が正直に答えず、庇ってあげれば良かったのかも。
「あ、あの、あんまり怒らないであげてください」
「ボウヤがそんな困った顔しないでいいのよ」
サワサワと頭を撫でられる。
姉さんといい、頭を撫でられる頻度が高い。
『ナンデ、イル?』
さっきまで震えていたはずなのに、もうポヨンポヨン跳びはねていた。
「アタシに聞いてるの?」
『ミドリニ、キイテル』
「緑言うな」
頭を撫でていた手が、スライムの表面をぺチンと叩いた。
痛がって……はいなさそう。
「ここ数日、泊らせて貰ってるからね」
『ズルイ!』
「狡いって何がよ」
『タクサン、タベレル』
「アンタと一緒にしないで頂戴」
ああ、今度は両手で掴み上げられて左右に引っ張られてる。
「アルラウネさん、乱暴は止めてください」
「乱暴は働いてないわ。調教を施してるだけよ」
ちょっと何言ってるか分からない。
『ハナフェー』
「口もついてない癖に、器用な演技すんな」
アルラウネさんの口調が変わってきているような……?
「ちょっとぉー、朝っぱらからうるさいんだけどぉー?」
聞こえて来たのは、間延びした姉さんの声。
この騒ぎで起こしてしまったらしい。
「アルラウネも一緒……? 弟君とイチャついてたら許さないわよ」
ダン。
力強い音と振動が響く。
姉さんが飛び降りて来たらしい。
「ちょっと⁉ また下着姿のままじゃない! 戻って服着て来なさい!」
「アンタだって似たようなもんでしょうが!」
今度は姉さんとアルラウネさんが言い争いを始めてしまった。
いつの間にか起き出したブラックドッグが足元に体を擦り付けて来る。
上を見上げれば、もう空は青みを帯びていた。
みんな起きちゃったし、食事を作らないと。
本日はあと、SSを1話投稿します。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




