27 無職の少年、強者の選択
せり上がった地面が、ようやくダンジョンの床まで届いてみせた。
「一旦、みんなは離れていてくれない? ダンジョンの床がしっかりしてる部分まで移動しておいて」
取り敢えずは姉さんの指示に従い、部屋から通路まで移動する。
再びの揺れ。
反射的に壁に手をつこうとするも、未だ通路は魔物の死骸と体液まみれ。
床も同様の有様なので、しゃがみ込むのも躊躇われる。
汚いし気持ちが悪い。
僕が奪った命だっていうのに、そんな風に思ってしまう。
安定を求めそばにあるモノを掴む。
「キャッ⁉ ちょっと、二人ともは支えられないわよ⁉」
同じことを思ったのか、妹ちゃんもしがみ付いていた。
アルラウネさんに。
「だってぇ~、周りばっちぃんだもん」
「ご、ごめんなさい」
滑る足元は、しがみ付く力を強めてしまう。
「あーもぅ、仕方がないわね。ならせめて両側に移動して頂戴。正面からだとバランスが取れないのよ」
アルラウネさんにしがみ付いたまま、妹ちゃんの反対側へと移動する。
そうして揺れが治まるまで耐え続けた。
「もう大丈夫よ」
何度も揺れに襲われたことで、揺れている感覚が消えない。
姉さんの声を聞くも、アルラウネさんにしがみ付きながらの移動となった。
「ちょっと、弟君に抱きつかないでよ!」
「偏見が過ぎるでしょうに。しがみ付かれてる側なんだけど」
「ほら弟君! お姉ちゃんが抱きしめてあげるわ!」
「何度も揺らしてくる姉さんは苦手です」
「はぅぁ⁉」
部屋の中では、床の穴は段差を残して塞がっているようだった。
「何で床を平らにしなかったんですか?」
「お姉ちゃんに抱きついてくれないと答えてあげない」
何か面倒臭い拗ね方をしていた。
仕方がないので、アルラウネさんから離れ、姉さんに抱きつく。
「うんうん。これが姉弟のあるべき姿よね」
「馬鹿言ってないで、答えてあげなさいな」
「えぇっとね、ダンジョンは時間を置けば自動で修繕されるのよ」
「そうなんですか?」
「だから床の厚さ分、避けて塞いだってわけ」
ダンジョンて色々と凄いんだ。
「じゃあ地下での出来事について説明して頂戴」
「なら、移動しながらにしましょうか」
そう言って姉さんが向かう先は階段側。
ではなく、何故だか部屋の奥側だった。
「何で奥に向かってるのよ。方向音痴なわけ?」
「地下への穴を全部塞がないといけないでしょ。ダンジョンの入り口が塞がってても意味が無いわ」
「じゃあ、さっきのも」
「そ。ダンジョンの外に出た魔物を放置はできないわ」
床から落ちた先は、やっぱりダンジョンの外だったのか。
でもだからって、魔物を全滅させる必要はなかったんじゃ。
姉さんから離れ、後ろに付いて行く。
部屋の奥側の通路は随分と長いらしい。
しかも明かりが点いていなかった。
通路の表面が、削ぎ落されたみたいになっている。
「魔装化も使ってたみたいだし、よく魔力が持ったわね」
「まさか。落ちる寸前にエーテルを飲んだのよ。昨日、魔力切れで酷い目に遭ったばかりだからね」
あんな一瞬の出来事で、姉さんはそんなことをしていたのか。
確か、アルラウネさんに指示も出していた気がする。
着地が無事に済んだのは、きっとアルラウネさんの伸ばした蔦のお蔭だったんだろうな。
「もう魔物は全部倒しちゃったの? ウチ、何もしてないんだけど」
「今回はまぁ仕方がないわよ。魔物なら、まだ居ると思うわ」
そうなんだ。
全部倒されちゃったのかと思った。
と、不意に嫌な予感がした。
「まさか、魔物を倒しに行くんですか?」
「残っている相手次第かしらね。母体のマザーアントは地下で倒しちゃったし」
「アントではダンジョンは壊せないわよね」
「でしょうね。マザーが残っていなければ穴を塞いで、あと、転移魔法陣も壊しておきたいわね」
「どうしてですか?」
「魔物が転移して来ちゃうからよ。ダンジョンが修復しきる前に、また外に出られたら困るわ」
「外に出ると、問題があるんですか?」
「ダンジョンの外に出るってことは、誰かが襲われるかもしれないってことよ」
それはつまり、昨日みたいなことが起こるのか。
「近場にはケンタウロスの集落だってあるんだし、危険だと知っていて放置することはできないわ」
「でも意思疎通があれば」
「残念だけど、昆虫型の魔物に意思疎通は通じないわ」
「ワームと同じように、本能で行動しているみたいなのよ」
アルラウネさんが補足してくれた。
言葉が、意思が通じないから、戦うしかなかったってこと?
「強ければ選択肢は増えるわ。けど、弱ければ選択肢すら与えられないのよ」
「意味が分かりません」
「アタシたちの魔力が切れていたら、どうなっていたと思う?」
「それは……」
きっと、魔物を倒しきれなかったと思う。
「ケンタウロスの集落だってそう。戦えない子供だっているし、不意に穴に落とされたり、地面から沢山出てきたら対処できないわ」
「オトートクンは、何で魔物を庇ってるの?」
「庇ってるわけじゃないけど」
「そもそも魔物を倒しに来たわけだよね?」
姉さんとの会話に、妹ちゃんが割り込んで来た。
来たくて来たわけじゃない。
結局、剣こそ使うことはなかったけど。
魔物をいっぱい倒しはしたわけで。
「襲って来たのを倒すのって、何か間違ってるの?」
「うぅ」
「こら、弟君を追い詰めないの」
「えぇー」
「アタシの考えは教えてあげたつもりよ。だけどそれが必ずしも正しいってわけじゃないわ」
妹ちゃんの追及を止め、姉さんが語り掛けて来る。
「弟君が正しいと思う選択をすればいいわ。ただ、そうするためには強くならないと駄目なの」
「弱いと選択肢すら無いから、ですか」
「そうよ」
「強くなるには、魔物を倒さないと駄目なんですか?」
「それは……そういうわけじゃないわね」
姉さんの答えを待つ。
けれども、いつまで経っても答えは返って来なかった。
暗い通路を連なって歩く。
本日は本編30話までと、SSを1話投稿します。
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