SS-7 姉の闘い③
すっかり油断していた。
父の教えは確と心得ていたはずなのに。
通路から見えた部屋の中央はポッカリ空いていて。
その周囲には、黒い塊が想像以上の数、集っていた。
意表を突かれて判断が遅れる。
行動は尚更に。
その間隙に相手は動いた。
しかもこちらにではなく、背後の通路に向かって。
黒が通路を埋め尽くす。
間抜けが過ぎる!
弟君を守るはずが、危険な目に遭わせるなんて。
血の気が引きつつも、頭に血が上るという矛盾。
≪魔装化≫
頭から爪先まで、黒い鎧を纏う。
手には大剣を。
黒い群れの正体は、昆虫型の魔物であるアント。
動物型に比べて、昆虫型は表面を覆う甲殻が硬い。
剣閃は僅かも鈍らず。
全身の鎧も、身の丈ほどもある大剣も、魔力により編まれた武装。
望まぬ重さは寄越さない。
瞬断とも呼べる一閃は数体を葬ってみせる。
が、如何せん数が尋常ではない。
来た道とは反対側から止めどなく侵入して来る所為で、数は減るどころか増えていく一方。
加えて、こちらを避けるように殺到してゆく。
供給源を絶たねばジリ貧だ。
弟君たちの様子は杳として知れない。
無数のアントが発する音で、声すら届いて来ない。
焦燥。
なりふり構わず、助けに向かうべきではないのか。
迷いは時間を無慈悲に奪う。
勢いよく突破すれば、最悪、弟君たちをも巻き込みかねない。
自棄になっては駄目だ。
向こうにはブラックドッグもアルラウネも付いている。
無事で居ると信じるしかない。
通路を塞ぐアントへの攻撃の手を止め、部屋の奥を見据える。
もしも魔法が使えたならば、一瞬で葬ることもできるのだろうか。
生憎と魔法は生まれながらに持ち得なかった。
どの道、今は世界中で魔法が封じられてもいる。
無い物強請りに意味は無い。
縋るべきモノは無く、頼むべきは自身の力と技。
小癪にもつい先頃、人族が技を使って見せた。
当然、アタシにだって使える。
大剣を両手で持ち、背に隠すよう振りかぶる。
魔力を大剣に集中。
魔装の強化ではなく、そこから放つ斬撃にのせるために。
一撃にて悉くを粉砕する。
≪覇濤≫
剣技。
振り下ろしは一瞬。
床の寸前で静止した大剣から、魔力が込められた斬撃が迸る。
黒の群れを黒の波が襲う。
触れるモノ全てを粉々に。
部屋を抜け通路を抜け。
遠く、どこかの壁へとぶつかる音が聞こえた。
ごっそり魔力を消耗してしまったが、まだやるべきことが残っている。
気怠い身体を気力で動かし、室内のアントを一掃する。
そうしてようやく、弟君たちの居る通路が姿を現す。
通路のアントは既に死骸となり果てていた。
半ばまで明かりが消えている。
その先、階段があった方からは、光が漏れていて。
浮き彫りになるのは異形。
無数の棘を生やしたソレ。
アントではない。
見知った何かではない。
けれども分かる。
アレは弟君なのだと。
咄嗟に魔装化を使ったのだろう。
身を炙る焦燥が消えて行くのを感じる。
生きていてくれた。
それがただ嬉しかった。
本日の投稿は以上となります。
次回更新は来週土曜日。
お楽しみに。
【次回予告】
ダンジョン回がもう少しだけ続きます。
みんなで無事脱出できるでしょうか。
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