24 無職の少年、通路の先
「先頭はアタシが。ブラックドッグ、弟君、妹ちゃん、アルラウネの順で縦に並んで行くわよ」
姉さんの掛け声と共に、隊列が組まれる。
一列に並び、向かう先は淡い光を湛えるダンジョン。
「焦らなくていいからね。ゆっくり行きましょう」
むしろできることなら帰りたい。
想像は悪い方にこそ広がってしまうわけで。
魔物の巣窟と聞いてイメージするのは、壁や床、天井に至るまで、まるで虫のようにびっしりと埋め尽くす魔物の群れの姿。
ブルッ。
脳内で描かれたおぞましい光景に身体が震える。
「オトートクン、大丈夫?」
「あんまり大丈夫じゃない、かも」
虚勢を張る余裕もない。
昨日の記憶は未だ鮮烈な印象を残している。
ただ道を歩いていただけで、命を落とすところだったのだ。
ダンジョンの中ならば当然、昨日以上に危険な場所。
怖くないわけがない。
「妹ちゃんは怖くないの?」
「んーと、ちょっとは怖いけど、でもそれ以上にダンジョンの探検が楽しみかも」
楽しみって……。
とても共感はできそうにない。
「ほら二人共、会話じゃなく周囲の状況に気を配らないと駄目よ」
姉さんから注意を受ける。
先導されるままに、遂にダンジョンの内部へと入ってしまうのだった。
入ってすぐ、地下へと続く階段が顔を覗かせる。
思った通り、地上部分には他に行ける場所が存在しなかった。
ずっと閉じられてた場所の割に、不思議と埃っぽさは無い。
「階段でありそうな罠って何かしらね」
先頭からは、緊張感の欠片もない声が届く。
不意の声にすら身体が震えてしまう。
床も壁も天井も、正方形の石が組み合わさった様な造り。
溝の部分を淡い緑色の光が走っている。
光源はあるものの、見通しはそれほど良くない。
見慣れぬ光景は、別の世界にでも迷い込んでしまった気さえしてくる。
「接敵する前に剣を鞘から出しちゃ駄目よー。自分はもちろん、仲間に怪我させちゃうからね」
「は、はい。分かりました」
「ハーイ!」
「あと、大きな声は控えなさい。敵を呼び寄せるし、物音を遮るからね」
「はぁーい」
階段の長さはどのぐらいあったのか。
薄暗く、同じ光景が続くため、距離感が掴めない。
2・3階分は下りたような気もするけど、実際はどうだろうか。
それでもようやく終わりを迎え、正面へと通路が続いている。
「ここまでは一本道で罠は無しっと。図らずも初心者向きだったかしら」
「地下ってことは、すぐには逃げられないってことよ」
「それもそうね。一応、背後にも気を付けて頂戴」
「分かってるわ」
姉さんとアルラウネさんが声を掛け合う。
どちらも武器を持ってないけど、大丈夫なのかな。
「止まって」
通路を少し進んだところで、姉さんが指示を出した。
みんな、その場で立ち止まる。
「この音、聞こえる?」
? 何のことだろう?
しばらく聴覚に集中してみる。
んんんー?
微かに何か聞こえるような気もするけど。
「カサカサいってるねぇ」
妹ちゃんは聞こえてるみたい。
「僕にはよく分かりません」
「この先に部屋があるんだけど、そこに沢山お待ちかねみたいよ」
魔物。
もうすぐそこに居る。
しかも沢山。
嫌でも頭の中で、部屋中を魔物で埋め尽くされた光景が再現されてしまう。
「戦う方法は幾つかあるわ。こちらの戦力が上回っているなら部屋に入ってもいいけど、今回は安全にいきましょう」
「どうするつもり?」
「通路に誘き寄せて迎撃しましょう」
通路は二人並んで通るのがやっとの幅。
囲まれたりはしなくて済むかも。
「アタシだけ部屋に入るから、一体ずつ通路に通すわ」
「それはもう誘き寄せるとは言わないわね」
「あら? ま、まぁ、細かいことはいいじゃない」
何の心構えもできてないのに、いきなりもう実戦なのか。
どうにも現実味が薄い。
身体の反応が鈍いような。
気が遠いと言うか、自分を少し後ろから見ているような感覚がある。
「弟君と妹ちゃんは並んで待機。通路に敵が入ったら抜剣しなさい。ブラックドッグは危ないときの補助。アルラウネは背後を警戒しておいて」
「はい」
「分かったー」
「分かったわ」
『承知』
みんなが返事をすると、姉さんが通路の先へと進み始めた。
えぇっと、まずはどうすればいいんだっけ。
戦うんだから剣が必要なんだよね。
「オトートクン。まだ剣は抜いちゃ駄目だってば」
「え、あ、ゴメン」
剣を抜くのは敵が来てからか。
あーもう、頭が上手く回らない。
「二人は横並びにならないと」
「あ、はい」
「ワクワク。ワクワク」
僕とは違って、妹ちゃんは口に出すほど楽しみらしい。
ずっと閉じ込められていて。
いきなり僕たちがやって来たわけで。
魔物だからって退治されるのは、酷い行為に思える。
昨日の魔物とは違う。
ここの魔物は襲って来たわけでもないのに。
疑問に思うのは僕だけなのかな。
みんなはそうは思わないのかな。
「え、ちょっと、これ」
すると、姉さんの戸惑った声が聞こえた。
意識を戻せば、姉さんは部屋に到達したみたい。
次の瞬間、大量の黒いナニカにより、姉さんの姿が見えなくなってしまった。
本日は本編25話までとSSを1話投稿します。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




