23 無職の少年、初めてのダンジョン
手渡されるのは、革製の鎧。
「服の上から着られるからね」
それも上半身だけ。
「下半身は――って、ケンタウロスの装備じゃ無理よね」
「そ。下手に全身が守られているより、危機感も覚えやすいかなってね」
「その分、危険も伴うわけじゃない。それこそワームなんか、足元から襲って来るでしょうに」
「まぁね。だからって人族の町に買いには行けないでしょ」
うわ、見た目よりもずっしりと重い。
上から誰かに押さえつけられてる感じがする。
「着れた?」
「はい、何とか」
「これ、重いし動き辛いよぉ~」
「文句言わないの。命を守る大事な防具なのよ。後はこれね」
更に手渡されたのは、こちらも革製の鞘に入った短い剣。
「えー剣なのー。弓はー?」
「連携も取れやしない内に、狭い空間で弓矢なんて使わせるはずないでしょ」
重い。
何だか気分まで重さを増した感じがする。
本当にこれから戦いに行くんだ。
血の気は引きっぱなしで。
カタカタと剣が鳴る。
「……やっぱり、いきなり過ぎるんじゃない?」
「怖がっている方がまだマシよ。無駄に変な自信がついているよりかはね」
「そんなものかしら」
「恐怖を求めるようでは問題だけどね」
「どんな異常者よ、それ」
「命懸けの戦闘に生き甲斐を見出す、みたいな」
「戦闘狂ってこと? 何かどこかで聞いたような話ね」
震える身体を後ろから抱きしめられた。
「戦いって怖いものなの。自ら望んでは駄目よ」
僕だって戦いたいわけじゃない。
ただ、赦せないんだ。
勇者だけは。
ドクン。
心臓が強く脈打つ。
「自分か相手か、他に居る誰かか。どうしたって戦いは傷つき傷つけられるもの」
抱きしめられる力が強くなる。
「できれば、守る側で居て欲しいわ」
僕には天職が無い。
他の誰よりも生まれたときから劣っている。
僕より強い人は沢山居ても、弱い人は居ないんじゃないのかな。
ずっと守られてばっかりで。
せめて姉さんだけでも守れたらって思うけど。
「それじゃあ、そろそろ出発しましょうか」
「今日中に帰れるのよね?」
「もちろんそのつもりよ。ダンジョンへの立ち入り許可は貰ってるから、帰るときに入り口を塞いでおくわ」
そうして遂に、初めてのダンジョンへと挑むことになってしまった。
遠い空にある日が頂点から傾くことしばらく。
草原の中に、明らかに不自然な建造物があった。
黒色の角ばった建物。
地上にあるのは入り口だけなのか、奥行きはまるでない。
入り口を集落の石壁と同じ物が塞いでいる。
「あらま。結構しっかり塞いであるわね」
「雑に壊すと、直すのが大変になるわよ」
「変なプレッシャーかけないでくれる?」
姉さんが正面ではなく、壁の側面へと歩み寄って行く。
「少し離れててね」
何をするつもりなのか分からない。
それでもみな、一様にその場から退く。
姉さんが壁に手で触れる。
あれ、もしかして揺れてる?
足裏から振動を感じる気がする。
ふと思い至るのは、先日の魔物。
再び恐怖が蘇って来る。
「大丈夫よ。この揺れはワームの所為じゃないわ」
ポスっと頭に添えられた手。
そのままサワサワと撫でられる。
「あーッ! 弟君を勝手に撫でるなー!」
「集中を乱さない。揺れに怯えているようだったから、落ち着かせてるだけよ」
「お姉ちゃんが後で上書きしてあげるからね!」
揺れは次第に大きくなってゆく。
もう景色自体が揺れている。
特に石壁の揺れが顕著だ。
「どっせぇーい!」
姉さんの掛け声? と共に、石壁が手前側へと傾いてくる。
え、そういうどかし方なの?
ズドーン。
草を下敷きに、壁は床になってしまった。
『酷いポー! あんまりだポー!』
真っ先に反応したのはコロポックルだった。
何だか怒っている感じ。
「ちょっと、いきなりどうしたの?」
腕に抱いているアルラウネさんが困惑している。
「何だか怒ってるみたいです」
「怒ってる? ってああ、そういうことね。この子、植物を乱暴に扱ったりすると怒るんだったわ」
「帰るときにちゃんと直すから、今は勘弁して頂戴」
『謝るコロ?』
「謝る謝る」
こちらへと歩み寄って来た姉さんが、アルラウネさんの手を払いのけ、頭を撫で始めた。
「ちょっと、払うことないでしょうが」
「弟君ったら、すぐ女性に可愛がられるんだから」
「わぁー! ダンジョンの中、緑色に光ってるよー!」
妹ちゃんの声に、視線をダンジョンへと移す。
石壁が倒され、露わとなった入り口。
内部からは淡い緑色の光が漏れ出ているのが見受けられた。
「ちゃんと機能はしているみたいね」
この中に魔物が居るのか。
ああして入り口を閉じられて、どうやって生きているのか分からないけど。
見慣れぬ光景は、どうしようもなく不気味でしかない。
本日は本編25話までとSSを1話投稿します。
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