SS-6 姉の闘い②
弟君よりも小柄な身体を脇に抱え、爆走することしばし。
風景が草原から砂地に変わるころ。
洞窟と言うよりかは、地面に空いた洞穴へと辿り着いた。
「ここ?」
「肯定。……ウプッ」
「ちょっと、大丈夫?」
「否定。元凶が……厚顔にもほどが……ウプッ」
「アンタの短い足に合わせてたら、日が二度は暮れちゃうわよ」
「静黙。戯言は終い」
「そうね。中では大量にお待ちかねみたい」
地中に蠢く無数の生物。
その存在たちを確かに感じる。
「忸怩。初代勇者殿のご意思には反するが、適者生存が世の理」
「そこは弱肉強食じゃない?」
「提言。強いモノが、必ずしも生き残れるとは限らない」
「そんなものかしら」
「借問。此処から一網打尽は可能?」
「帰りを考慮しなければ、ってとこかしらね」
「む」
「サクッと帰るには、中に入って退治した方が良さそうね」
「諦念。仕方がない」
そう言うなり、先んじて穴へと近づいてゆく。
「あら、付いてくる気? 危ないわよ」
「熟考。待機した場合も、相応の危険は伴う」
なるほどね。
相変わらず言葉は少ないし、何を考えてるかも分からない。
それでも、その思考、冷静な判断力には舌を巻く。
と、穴に近づいた癖に、入ろうとはしない。
「怖気づいた?」
「困難。想定よりも深い。落下は即ち死を意味する」
「で、どうするつもり」
「要請。補助が必要」
「お願いします、って言えないの?」
「む。お、お、お願い、しま、す」
「りょーかい、っと」
「き、キャァ――――ッ⁉」
再び脇に抱え込み、底が見通せぬ闇へと身を投じる。
至近から迸る可愛らしい悲鳴が穴の中で反響したのだった。
上がる悲鳴とは対照的に、静かな着地を決める。
「抗議! 乱暴、粗暴、暴悪、暴挙――」
「よくもまぁ、悪態が次から次へと出てくるわね」
暗闇の中、ゴソゴソと音がした後に、周囲を照らす光源が生じる。
どこから取り出したのか、賢者の小さな手にはランタンが掲げられていた。
照らし出される周囲は、土で覆われている。
「用意の良いことで」
「当然。万事に於いて抜かりは無い」
「降りる手段、持ってなかったわよね」
「些末。不測の事態とは常なるもの。対応はした」
口だけは達者だった。
賢者を背後に置き、感知する地点へと移動を開始する。
「できるだけ静かに移動してよね」
声はともかく、足から伝わる振動をワームは過敏に察知してみせる。
「無論。心得ている。――アッ⁉」
ドジっ子か!
言ったそばから躓いてみせたところを、音を立てぬように抱きとめる。
「大義」
「口うるさく言いたくはないけど、お願いするとかお礼とか、ちゃんと言葉にしないと駄目よ」
「む」
人付き合いとか苦手そうよね。
世界樹の壁から東側。
魔物や魔族が蔓延る地域にて、唯一の人族の住処。
かつては魔法協会と呼ばれた、歪な塔。
そこに、この子も住んでいる。
魔法こそ使えなくなったが、便利な道具や薬なんかを作っているらしい。
また、世界樹以外で多種族が暮らす場所でもある。
そう、人族と魔族が共存してもいるのだ。
有体に言って変り者の集まり。
コミュ障の巣窟でもあるわけだ。
「そばにピクシーを連れてるのよね?」
「肯定」
「なら絶対に離れないようになさい」
風の下位精霊ピクシー。
今は姿を消して賢者に随行しているらしい。
精霊の力が無くば、ケンタウロスの集落はともかく、世界樹の集落を訪れることは不可能だ。
横穴を静かに進んで行くと、一際開けた空間に出た。
僅かな光源では見通せないものの、蠢く数多の存在は嫌でも感じられる。
「ここね」
「要望。できれば逃さぬよう」
「もちろんそのつもり」
武器の持ち合わせは無い。
だがここは地中。
土の精霊の力が使えるのだから、周囲は武器も同然。
恐らくこのワームたちは、土しか移動できないのだろう。
岩を砕いて移動したりはできないはず。
ならば、周囲の硬度を高め、逃亡を阻みつつ地中の体を圧し潰す。
特別な動作は不要。
地に身体の一部が接してさえいれば、力は行使できる。
「GYAAAAA!!!」
悲鳴が無数に生じる。
反響により、轟音となって耳を襲う。
が、声はすぐに数を減らした。
幼生体が息絶えたのだ。
想定外だったのは、成体の頑丈さ。
仕留め損なった⁉
感知できる存在は……え、まだ10体近く居る⁉
「明かりってまだあったりする?」
「否定」
「そう……」
精霊の力の行使とて、無償なわけもなく。
少なくない魔力が消費されている。
幸いにして、アタシは混血。
魔力が完全に枯渇しても、動くことはできる。
それでも力はかなり減衰するだろう。
今ので倒しきれないのなら、力を無駄遣いせず、一体ずつ確実に仕留めていく方が良い。
そのためにも、視界を確保したかったのだが。
「推察。手詰まり?」
「まさか」
「質問。残りの数は?」
「10体ってとこかしら」
「嘆息。……多い」
「悪かったわね」
「思案。問題は視認性?」
「ええ」
「提案。なら簡単。こっちに誘き寄せれば良い」
あー、まぁ、そうっちゃそうか。
何も広い場所で戦ってやる必要もないのか。
狭い通路に誘い込めれば、一気に叩ける。
咄嗟に思い付く問題は二つ。
まず、成体の大きさでは、10体全部は通路には入れない。
次に、賢者とピクシーに危険が及ぶ可能性が増す。
「分担。通路の外で待ち伏せを。陽動はこちらが請け負う」
ああ、通路の外でなら数の心配は不要か。
「いいの? 危険はあるわよ」
「承知。織り込み済み」
悲鳴は止み、今は怨嗟の咆哮のみが響く。
意思疎通に応じる知性はなくとも、子の死に怒りを感じているのかしら。
それともただ、自身への攻撃に対してのものなのか。
いずれにしろ知る術は無い。
「じゃ、できるだけ奥に逃げ込みなさいよ」
「訓告。気遣いは無用。敵に専心」
口調が変わらないようでいて、強張りを感じる。
無事に帰らないと、弟君が悲しむ。
いえ、それ以上の状態に陥るかもしれない。
そんな目には遭わせられない。
通路から伝わる爆発音と振動。
一体、何を用いたのやら。
すぐさま巨大なワームたちが殺到し始める。
容赦無く殲滅する。
≪魔装化≫
姉たるもの。
万に一つの傷も付けて帰るわけにはいかない。
全身を黒色の鎧で覆い、手には両刃の長大な剣を形成する。
魔力により生み出された剣は重さなど微塵も感じさせず、即座の切断を可能としてみせる。
都合10回。
声は途絶え、それで決着だった。
賢者の熟語に関する補足
・忸怩:深く恥じ入るさま
・借問:ちょっと尋ねてみること
・諦念:あきらめの気持ち
・訓告:いましめ告げること
本日の投稿は以上となります。
次回更新は来週土曜日。
お楽しみに。
【次回予告】
今度こそ主人公たちを鍛えるべく、魔族の集落へと向かう。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
 




